第20話 庭にて

「先輩、何かここ前にも来た気がしますねぇ」

 かの裏口から外に出て早々胡桃がそんなことを言ってきた。

「そりゃ、昨日も来たからな。ボーガンの件で」

「ああ、だからですかぁ!デジャビュかと思いました」

 何言ってんだこいつ。


 捜査の継続——当然弁護士に捜査権はないが、誰も触れないでくれて助かった——という理由で庭に出たので、他の人にはなるべく同じところにいるようにと伝達しておいた。

 現場保存は大切だし、何より互いを監視しておく意味で必要だ。

「何を探すんでしたっけ、先輩」

「容器……かな?」

 実際は単なる気分転換だが。

「そう言えば、私たちの部屋って丁度現場——南雲先生の部屋——の上だったんですねぇ。ほら」

 胡桃が上を指差す。

「逆に知らんかったんか?」

「でも、何で密室だったんでしょうねぇ」

 また話が変わった。

「偶然なんちゃうか?

 仮に毒殺だった時、毒殺はその場に加害者がいなくても成し得るんだから加害者が進んで密室にする必要はない。

 自殺だった場合も意図して密室にする必要はない。

 だから、発見時あの部屋が密室だったのは単なる偶然」

「やっぱり、そうですよねぇ。残念だな。不可能犯罪かと期待したんですけど……。ほら、先生言ってたじゃないですか。『トリックで人生に幕を閉じるならそれが本望』って」

 そういやそんなことも言ってたな。

「ある意味、トリックが最大の餞なのかもしれないですね」


「あ、いたいた」

 声の方を見ると、前嶋社長がこちらに向かって走っていた。

「家政婦の三田谷さんがお茶でも飲みませんかって」

 そうだ、三田谷!ふざけたみたいな名前だった!

「現場の方には行ってませんよね?」

「嫌だな、中元さん疑ってるんですか?今は簡易的にですけど南京錠を掛けてますよ。その鍵は仲川さんが持っているし」

「なら良かったです」

「じゃぁ、ちょっと休憩しますか?」

「ええ!」

 そう言って、胡桃が早々と裏口に向かう。

「先輩、行きますよー」

「ああ……」

 そう言おうとすると、社長に呼び止められた。

 お茶を飲みに行かせて頂きたいんだが?

「あそこの鉢植えって浜元さんがなおしておいてあげたの?」

 南雲先生の部屋の窓の下に置かれている鉢植えを指差す。

 中の花は萎れてしまっているが。

「確か、昨日、中元さんが割っちゃってたよね?」

 数分後、飲むであろうお茶を口に含んでいたら私はふいていただろう。

「み、見てらしたんですか?」

「見るつもりはなかったんだけど、丁度ここに着いた時、音が聞こえたから……。つい」

 そんな覗き魔の弁明みたいな……。

 でも確かに庭から戻った時、丁度社長たちが到着してたな。

「まぁ、大丈夫。僕以外は知らないはずだから」

「はぁ」

「で、浜元さんがなおしたの?」

「いや、中元がしたんじゃないですかね」

「ふ〜ん、まぁ、行こうか」

 この事実が後にどのように関わってくるか、この頃の私たちは知っていなかった。


 お茶には温かい紅茶が出てきた。

「ほのかなスモーキーな香りと甘い香り、キームンですか?」

「ええ、先生が中国に行かれた時に……」

 みたいな感じで仲川さんが話を振ったりするが、一瞬にて沈黙と化する。

 まるで最後の晩餐。

 なるべく見せないようにはしているが、仲川さんや庄司さんにも疲れが出ている。巧君は……よく判らない。ランキングが落ちないかな〜などと考えているのでなければいいが。


 自殺か他殺か。

 容器がない、遺書もない、というのが自殺だとは断定できずにいる。容器はどっかに投げ捨てた、遺書がないこともある、と強行することも出来るが、何せ昨日の毒殺予告にボーガンの件もある。

 他殺なら、いつ、どこでワインに毒を入れた?どうしてそんな中途半端な殺害方法を選んだ?

 そんな方法を選ぶ犯人ならボーガンで1突きの方が楽だろうに。

 毒殺予告の後の毒殺。

 南雲先生は警戒していなかったのか。それとも警戒した上での……?

 もし、ワインの中に毒が仕込まれたとすればそれはいつ?

 1番疑われやすいのは仲川さんだが、考えにくい。ただ、天下の警察様が来られたら任同をかけられるのが1番であるのは違いない。

 先生が持って行った後、部屋の中か?


 今回の件にボーガンは関係しているんか?

 ボーガンで狙うという布石?ならボーガンの犯人と毒殺予告は違う人物?

 もう一回、例のドライブレコーダーを見る必要があるんか?


「う〜ん」

 やっぱり何も判らん。

「先輩、またそれ見てるんですか?よく飽きませんねぇ」

「これが、唯一犯行の瞬間を記録してるからな」

「現場も何にもありませんでしたしね」

「うん」

「あ、そういえば」

「何ですか?先輩」

「昨日、中元下の植木鉢割ったやん?」

「ちょっと何を言っているか判らないですね」

「冗談はええて。割ったやろ?」

「ええ、割りましたよ!でも滑ったんだから仕方ないじゃないですかぁ!」

 何でこいつ逆ギレしてんだ?

「その植木鉢ってどうした?違うものに変えたか?」

「いいえ。ちょっと土を掛けといたくらいですよ?」

 それがどうかしたか、みたいな顔で言ってくる。

 それがどうかしたのか、私もまだはっきりとは言いえないが、少し事件が明るくなってきた。


 ドン


 そんな時、下からそんな物が倒れる音がしてきた。


「大丈夫ですか?!」

 胡桃と慌てて下に降りるとリビングで椅子が1脚倒れていた。

「ええ、大丈夫です。少し、立つ時フラっとしてしまって」

 そう答えたのは、真波嬢。

「気をつけて下さいね……」

 そう言う私の隣で「何だ、"新たな被害者"ではなかったのか」と呟く胡桃がいた気がするがきっと気のせいだ。そんな不謹慎なことを言う弁護士志望がいる訳ないもん。

 まぁ、私も一瞬は思ったけどね。


 

 少し、事件の全容が見えてきたかな、という感じです。もし、何かの間違いでもう犯人判ったよという方がいらっしゃりましたら、下のコメント欄でどうぞお気軽に。

 最後にお知らせを。

 近況ノートの方に南雲邸の見取り図を挙げております。

 宜しければ、ご覧下さい。

https://kakuyomu.jp/users/Hanshinfan/news/16818093078173033801

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