第19話 毒

 スタスタスタとスリッパでフローリングを歩く音が聞こえる。

「どうでした?」

「近くで土砂崩れが起きたようで、到着までには時間を要するとのことでした」

 警察と一応の救急隊に電話をしていた巧君の父親、庄司さんが帰って来た。知らなかったが、医者をしているようで絢音さんと真波さんが疲労してしまっている今、何かと頼りになる。

 しっかし、土砂崩れかぁー!ザ・ミステリ。クローズド・サークルの定番。

 ま、でも電話は通じてるみたいやし、普通に昼だし、天気はいいし(何で土砂崩れが起きたんや?)……。これは多分南雲先生の死と偶然にも同時に起きた土砂崩れなんやろう。


「庄司さん、この別荘に通ずる橋なんてものはありませんでしたよね?」

「え……えぇ。ないはずですが……」

 その会話、嫌な予感がする。そしてその予感は大抵当たる。

「……だそうですよ、先輩。クローズド・サークル、閉ざされた洋館にはなりませんでした。残念です……」

 不謹慎にもそう言って、シュンとなる胡桃。

 何でこいつ微妙に私と思考が似てるんや?いつものように嫌になってくる。

「先生、現場、どうしたらいいですかね?」

 庄司さんが額の汗を拭きながら訊いてくる。決して暑いわけではないが、慣れていないことの連続で緊張もしているのだろう。

「警察はどう言ってました?」

「基本、現場保存をしておくように、と。但し、他の誰かの監視の下で出来るのなら検視をしておくように、と。なるべく、早い方がいいのでとのことでした。ああ、一応私、医者をやってまして」

 医者だということはさっきも聞いたけど。色々テンパってるんやろうな。金魚の糞をしているだけじゃダメで大変だ。

「じゃぁ、私が見ておくので、先生が視て下さい」

「わたしも見ます!」

 胡桃は勝手にしろ。


 部屋主がいなくなってしまった、南雲先生の部屋にて。

 現場写真を何枚か撮った後、庄司さんが今は亡き作家の体を倒れた椅子から離して床に横たえる。

「考えてみれば、この家には"先生"がいっぱいですね」

 突然、胡桃がそんなことを言い出した。こいつ、一瞬は南雲先生の死に落ち込んでいたが、本当に一瞬やったな。

「ん?」

「だって、まず先輩は弁護士さんだから"先生"でしょ?で、今そこにいる庄司さんがお医者さんだから"先生"。そして今はご遺体ですけど、南雲武丸"先生"」

「確かに」

「ね?そうでしょ?」

 まぁ、それがどうしたって感じやけどな。


「終わりました」

 新たにかいた額の汗を拭って、庄司さんが言う。

 私たちは、というとさっきみたいな下らない会話(主に胡桃)をしたり、一応密室だった事実を確認したりしていた。

 庭に面した窓もドアもどちらの鍵も内側からしか掛けることが出来ないタイプ。合鍵とかそういう話ではない。窓の上の小窓にも一応鍵が掛かるようだったが、発見時鍵は掛かっていなかった。でも人間が通れるかは議論する程もない。

 まぁ、でも南雲先生の体に外傷の跡は見られないから、あまり"密室"という事項は重要ではないが。だから

「どうでした?」

 この台詞、何かデジャブやな。

「死因は恐らくですが、シアン化カリウム——青酸カリの服用による青酸中毒かと思われます。死亡推定時刻は昨日の夜11時から今日の1時くらいかなと。すいません、専門じゃないんでこの程度しか絞れんです。

 ただ、青酸カリは普通の味覚じゃ不味くて飲めたもんじゃないですから、自殺かと思われるんですが、容器が近くには見当たりませんでした。

 私が言えるのはこんなものです」

「いえいえ、それだけ判っただけでも大した収穫です。お疲れでしょうにありがとうございました」

「じゃぁ、ちょっと疲れたので……」

 ふう、と言って重い足取りで医者が去る。


「青酸カリの服用。考えられるのは事故か他殺か、自殺か。でもこの場合は事故以外の二択でいいですよね」

「うん」

「自殺か、他殺か。先輩はどっちだと思いますか?」

「今の時点では何とも言えへんな。ただ、1つ言えるのは昨日の毒殺予告、あれが効いてくるのは違いない」

「それと、今日の土砂崩れ。神様はわたしたちに事件を調べろと言ってるんじゃないですか?」

 胡桃がエヘヘと笑う。こればかりは事実だから私は何とも言えない。

「中、調べてみるか」


 庄司さんの話によると、自殺の可能性が高いが、青酸カリを入れていただろう容器がないとのことだった。

 だから、どちらとも断定できない。でも、自殺なら容器は捨てる必要がない。

「先輩?容器、見つかりました?」

「いや、容器を含め、何か関係のありそうなもんすら見つからんな」

 ゴミ箱にはペットボトルと紙が数枚あったがな。なんとも地球温暖化に貢献していそうな先生である。

「しっかし、これ高そうな椅子ですね。重厚感があるというか、とにかく重そうです」

 急に話が変わるのは胡桃の専売特許。

「そうやな。テーブルとセットのもんやろうけど、両方マホガニー製か」

 床に倒れてしまっている椅子を胡桃はシゲシゲと眺める。

「きっと、遺産とかもすごいんだろうなぁ」

 不謹慎なことを堂々と言っていくのも胡桃の専売特許。

 独禁法で引っ掛かりそうやな、冗談やけど。

 

 青酸カリが入っていたと思われるのは例のワイン。これもまた、グラスが椅子の近くに落ちていた。お陰で周りが少しばかり濡れている。ワインとは、あの編集者が持ってきたやつ。でも、編集者が犯人とは考えにくいだろう。

 どれもかしこも情報が中途半端で頭がゴチャゴチャしてくる。

「なぁ、中元、気分変換がてら、外も見に行かんか?」

 もしかしたら青酸カリの容器がポロッと落ちてるかもしれない。ほぼあり得んが。

「いいですね!不肖中元胡桃、先輩の後についていきます!」

 もうちょいマシなもんに着いてきてほしいもんや。



 また、先輩に『胡桃』って呼んで貰えなかった。ぴえん。

 なんちゃって。

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