第16話 夜が更ける(2)
「なんで、脅迫犯は中身は頑張って新聞の切り貼りで作ったのに封筒の方はペンで書いたんでしょう?」
部屋に戻った後、脅迫状をペラペラしながら胡桃はそんなことを言う。
だが、胡桃が疑問に思うのも尤も。
「封筒の方に貼るのに適した大きさの『南雲武丸』が見つからなかったんとちゃうか?」
そうは言いながらも、無理がある話なのは判っている。
犯人がそんな大きさを気にすんのか?
2個目の『南雲武丸』が見つからんかったとしてもどちらか1個を入れなければいいんじゃないか?
封筒の方は宛名を書いておきたい(宛名を書いてなかったら適当なチラシと間違えられて捨てられる恐れがある——最近は『ご来店で〜〜プレゼント!』みたいなチンケなチラシもご丁寧に何も書いてない封筒に入れてきやがる。これは何だと開けさせるのが目的らしい——)としても本文の方に宛名を入れなかったら良かったんとちゃうか。
「う〜ん、それか酒鬼薔薇聖斗に何かしろ思い入れがあるか……」
真面目な顔をして考えているのはいいけど、反応に困る微妙な案をありがとう。
「で、先輩はどう思います?」
「それをさっき言ったんだが?」
「ああ、それもそうでしたねぇ」
こりゃ、だめだ。
少し経って、私がお湯を頂いた後、胡桃が風呂に行った。
短くはあるものの一人の時間となった。やったね。
適当にテレビを掛けてみると、黄色い虎の球団がやっていたが、THのマークの横に0が刻まれていたのでプチッとテレビを消した。
おい、今岡!お前は何を教えとるんじゃ!
トントントンとドアを叩く音がする。胡桃、烏の行水か?
『前嶋ですけど、今大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫です」
しまった、少し角が立った言い方になってしまったかもしれない。これもどれもどこぞの球団が負けているせい。ひいては今岡のせい。
「阪神、負けちゃってるね」
部屋に入ってきて第一声がこれ。なんや、最近は人の地雷を敢えて踏んでいくゲームが流行ってんのか?
「何で、私が阪神ファンだとご存知なんですか?」
グッジョブ私。敬語はしっかり言えてる。
「ああ、前に事務所に行った時、持ち物に阪神絡みのものが多かったから。ああ、ごめん。喧嘩を売るつもりはなかったから。僕も阪神ファンだし」
ほら、とどこからかカードを出す。
その黒い高級感あふれるカードは!『ダイヤモンドプラス会員』だと!
プラス4万くらい払わなあかんのに!これだから金持ちは!
「阪神ファンやって示したら仲良くできるかも、と思ったのに、好感度が下がってそうなのあどういうこと?」
おっと、やらかすところやった。
「ああ、すいません、私はまだ9年目でプラチナ会員なので来年からは前嶋社長と一緒だな(何が一緒だとは言ってない。私が言っているのは年数である)と思っていただけです」
「ああ、そう。良かった」
単純やな。
「会社の名前でやけど、内野に年間シート持ってるから、今度良かったらあげるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「何か、急に目が煌めき出した気がするけど」
客観的に見て、今の私は『単純やな』一言やったのやろう。
「で、阪神の話をしに来られたんですか?」
「ああ、ちゃうちゃう。ほら今回ここに来てもらってありがとう、っていうのと何か色々巻き込まれてるみたいで申し訳ないな、っていう」
何や、そんなことか。胡桃とちゃうけど愛の告白でもあるんかと思ったわ。ああ、勘違いしんといてや、期待してたわけとちゃうで。
「そんなこと、気にしないで下さい。これも仕事ですから……」
「ああ、そうか。ならいいけど……」
「まだ、何か?」
ないなら直ちに回れ右して帰って頂きたい。
ドーン!
「中元胡桃、只今帰還しました! ってあれ?前嶋社長来てらしたんですか」
相変わらず、こいつはどういうタイミングで登場してくるんや?
「うん、でも大丈夫。もう終わったから」
そう言って、社長は「じゃ」と部屋を出て行った。
「で、先輩、社長何て言ってたんですか?ついに愛の告白ですか?それとも……?」
横でギャアギャア言い続ける胡桃を尻目にやっぱり胡桃と同じ思考回路だった自分に嫌気がさす私であった。
「あれ?先輩、まだ髪乾かしてなかったんですか?」
「うん、ドライヤー持ってきてないし、借りるのも面倒」
「それに風呂上がりで髪が濡れてる方が色っぽいですしね」
クックック、と笑いながら胡桃は言ってくる。
「良かったら、後でこれ貸してあげますよ」
そう言って、胡桃はドライヤーを指差す。最近は『良かったら〜あげるよ』みたいなんが流行ってんのか?流行り多いっすね。
「○シタ電器の最新機種ナ○ケアですよ。この間、買ったんですよねぇ」
「ってか、何で持ってきてんの?」
「逆に何で持ってきてないんですか?」
「いや、荷物増えるし」
「ドライヤーの1台くらい別に変わりませんよ?」
「そりゃ、あんだけ本持って来てたら誤差になるわな!」
「ああ、そういえばなんですけど」
「何や?」
「ここの郵便受けの周囲を映しているカメラはなかったんですよね?」
ああ、脅迫状の話か。一体何の話かと思ったで。
「うん、ドライブレコーダーも防カメもな〜んにも」
「確認していたんですね!流石、先輩です!」
褒められてるようだが、胡桃に褒められるとなると逆に貶されているようにも感じる。こりゃ如何に。
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