第14話 脅迫状

 結局大して得ることが出来なかったドライブレコーダーの映像を見て少し経った頃。私と胡桃の部屋のドアがコンコンと鳴った。

「はい」

 と、私は短く応える。

「お夕食の準備が出来ました。下までお越しください」

 誰かと思えば、家政婦だった。名前はキヌとかやろうか。別に琉球語を話しているわけではないが。何せ名乗らなかったから想像するしかあるまい。

「中元、晩御飯やて」

 キヌ家政婦が出て行った後、胡桃にそう声を掛けてやる。

「はい、はい、はい!ご飯!先輩行きましょう!」

 テーブルに突っ伏していたクセに、やけに威勢よく言ってのける。

「寝てたやろ」

「ネテマセンヨ?」

「いや、寝てたやろ?」

「だから、寝てませんって」

「じゃぁ、問題や。さっき、私らを呼びに来たんは誰や?」

「ズバリ、絢音さんです!」

 ここまで堂々と引っ掛かると最早見事としか言いようがない。

「ちゃうわ。キヌじゃ、キヌ!」

「ああ、もう帰って来ていたんですね!」

 うん、後から考えてみると、何で会話が普通に成立してるんや?

「で、やっぱり寝てたんやな?」

「じゃぁ、ご飯食べに行きましょうか、先輩!」

 誤魔化されている気はするが、それより飯や飯!


 下に降りると、南雲先生、その家族……、と知らない顔が集まっていた。どうやら、私たちが最後になっているらしい。

 知らない顔は南雲先生にお世話になっている某有名出版社の編集者——仲川という—

—だと後で判った。

「ああ、先生、お誕生日おめでとうございます。これ、前に先生が仰っていた……」

 編集者ものご機嫌どりに忙しいらしい。細長い物体—きっとワインだろう—を手渡している。

 宴の場は少し長めのテーブルを2台繋げたものだった。リアルお誕生日席に先生。先生から見て右側には娘夫婦とその息子。左側には仲川さんと前嶋社長、そして私たち。

 各々が談笑している間、先生はえらく満足しているようだった。

 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていって———


 カチャカチャと食器を洗う——或いは片付ける——音がする。

 食後に、とキヌ……ちゃうくて家政婦が持ってきた珈琲を7人で飲んでいる間、当の本人は片付けに勤しんでいるようだ。

 彼らにはワインを飲む習慣がないんか……。それともまだ未成年らしい孫に遠慮したんか?どっちにしろ残念でしゃぁない。前に『メゾン・ド・ペルレ』で社長にゴチった以来飲んでいなかったワインを飲めるとばかり思っていたんだが。ま、これもタダ飯やし、愚痴るだけ罰当たりか。

 ズズと珈琲を飲む小さな音がした後、この邸宅の当主が口を開いた。

「そう言えばな」

 ここで先生はたっぷりと溜めて続ける。

「さっき、郵便受けにこんな手紙が入ってたんだがね」

 どこからか出してきた封筒をこっちに差し出してくる。私たち向きの手紙なんやろう。

「確認しても?」

「もちろん。先に相談した内容と被ってくるかもしれんし」

 封筒には『南雲岳丸様』とだけ。

 切手や差出人の名前はなく。

「声に出して読みますね?」

 先生がゆっくりと首を縦に振る。許可された、と取ってええやろう。

『南雲武丸様

 お前の悪運もここまでだ。

 クラウデイゥスの様に苦しむがいい。』

 新聞から切り抜いた文字を使った、といった古風な脅迫状。封筒の名前は筆跡が判らんように定規をあてて直線のみで書かれていたが、どうして表記方法が違うのかは不明。しかし、小さいウ——"ゥ"のこと——なんてよく探したな。

「クラウデイゥス、というのは確かかのネロ皇帝の先帝ですよね。毒草で暗殺されたという説のある」

 ネロ皇帝は自分が気に入らない相手を殺せるようにいつでも青酸カリを持ち歩いていたという。

「なんと!」

 仲川さんが大声を上げて椅子から立ち上がる。妙に演技じみているが、そういう人物なのかもしれない。

 ある者は驚嘆を顔に出し、ある者は先生に何々と言っている。

「先生はこれをいつ発見なさったんですか?」

「夕食の前、仕事が一段落して少し外に出た時に見つけた」

「何でもっと早く言わなかったのよ!ご飯も食べちゃったじゃない!」

 こう叫んだのは真波嬢。尤も、"嬢"という年齢ではないが。年に関係なく父親に冷たい様子があったが、芯では心配しているようだ。

「心配には及ばんよ、真波。仮に儂を殺すのが目的で、儂の夕食ゆうげに毒を盛ったとしてもそれが出来るのは三田谷みたたにさんだけやろ?」

 それがあの家政婦の本名ね!それにしても三田……谷か。

「その三田谷さんが毒を盛ったとすれば盛ることが出来たのは彼女しかいないのだから、すぐに特定される。儂は誰よりも早くここに来ておったからな。そうだね?」

「ええ。まだお食事の準備もそこそこの段階からこちらにいらっしゃっていました」

「ということだ。儂らミステリ作家お得意のトリックを使って違う人が盛ったという可能性はもちろん捨てきれんが、それなら大いに結構。トリックで人生に幕を閉じるならそれが本望ってもんじゃないか」

 ここで珈琲を一口飲んで

「それに、実際のところはこんなにピンシャンしておる。終わり良ければ何とやら。

 ああ、この珈琲も三田谷さんが運んできたところを一番にに取らせてもらったよ」

「お父さんがそこまで言うなら……」

 流石、ミステリ作家と言わざるを得ない理路整然たる物言いに娘も引き下がる。

 しっかし、この脅迫状は推理のピースが増えたと見るべきか。それともパズルが難解になったと見るべきか。

 どうせ、指紋がついてしまっている脅迫状をペラペラしながら私はそんなことを考えた。

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