第12話 ドライブレコーダー
「ああ、勿論」
襲われた経緯について問う私に南雲先生はそう答える。
「あれは、丁度1週間前の日曜日の朝のことじゃった」
今日は日曜日とちゃうから厳密には"丁度"とはちゃうんよな。と思うが、そんなことはおくびにも出さず、聞きに徹する。今回ばかりは、胡桃も大人しくしてくれている。やったね!
まず、私も初耳であるのだが、先生は今庭いじりにハマっているらしい。道理で邸宅の横にある新しい花壇には花が咲き誇っていたものだ。何やら、消しゴム判子(全国大会でもトップクラスらしい。そんな全国大会あったんや!)やら折り紙やら色々やってきたらしいが、そんなことは今どうでもいい。私は老人ホームに勤める介護士とちゃう。
で、問題の日曜日の朝、いつも買い付けに行っている苗屋まで車で行こうとしたところ、ボーガンの矢が飛んで来たという。矢は当たらなかったが、コケてしまい、全治1週間の傷を負ったとのこと。
「その日、先生が苗屋に行くことを知っていた人は?」
勿論、車に乗るところを狙ったのは偶然—つまり、親族以外が犯人—という可能性も捨ててはならないが、その場合ボーガンという凶器を選んだ理由がよく判らない。まずは身内犯人説を考えるべきやろう。
「2週間に1回くらいは行くから、普段一緒にいる家政婦と妻は大体想像つくと思う」
「じゃぁ、その2人が容疑者?」
「いや、そういう訳でもない。何てたって、花が趣味だって言うのは娘夫婦も知っとるし、何せ前日に言ったからな!」
と、先生は大きく笑う。何やったんや?この問答。
しかし、先生はもう1人容疑者を忘れている。
「あと、苗屋さんも知ってらしたんじゃないですか?」
2週間に1回程度行っていたのなら店主か誰かが知っていても不思議じゃない。動機?先生は無意識のうちにクレーマーをしちゃってた可能性もある。そこで恨みを買うという話はよくある。2004年北千住の『足立区牛丼店クレーマー殺人』もその1例として挙げることができるだろう。
「いや、それはないな」
フンフン。ない……。え?ない!?
「なぜ言い切れるんですか?」
胡桃が代わりに訊く。
「田淵さん—ああ、苗屋の店主をしとる人やけど—は阪神ファンだからね。阪神ファンに悪い人はいない!」
ブッちゃんとな!王貞治の14年連続本塁打王を阻止した男!第3代ミスタータイガース*と同じ苗字の上、阪神ファンともなれば仕方がない。どうやら、苗屋犯人説は邪推だったようだ。
な訳あるかぁ!流石にロジックを忘れすぎでしょ、先生!
「で、冗談を言わずに考えたら、その田淵さん犯人説はあり得るんですか?」
「あ、ああ。別に冗談を言っとった訳でもないんだけどね。
真面目に言ったらブッち、ああ田淵さんには鉄壁のアリバイがあるんよ」
今、絶対"ブッちゃん"って言おうと思ったよな?
「『多すぎるアリバイ』みたいなアリバイがあるんですか?」
と胡桃。意外と訊きたいことを訊いてくれる。
「いや、あそこまで上手いもんではないけど……」
おっと、ここで自画自賛が入りました!
「仮に、田淵さんが犯人となると時限装置のようなものでボーガンをセットしておくと言う方法がある。でも、これは有り得んやろ?
エスパーでない限り、わしがあの時間、あの場所にいることを知っているわけないから」
「本当は違うものに狙いを定めていて、先生に当たりそうになったのは偶然というのもあるんじゃないですか?」
「いや、ボーガンの矢はこの家と並行に通ったんよ」
なるほど、仮に車を狙ったのなら車は動く可能性があるから狙いを定めることはできない。となれば、残るのは家だが、家と並行に矢が通ったのなら家には絶対に当たらない。狙われたのが先生以外というのは考えにくいというわけか。
「花壇に植えられているお花を狙ったというのはないんですか?それなら花がなくなったことで苗屋さんで買う量が増えると見込んだとか」
これが某少年探偵漫画ならきっとその眼鏡は白く光っているのだろう。胡桃はコンタクトだと言うが。
「それなら、どうしてボーガンなんて凶器を使ったんだ?飛んできたのは一筋だけだったからどれだけ上手くいっても当たるのは1、2本といったところなんじゃないか?」
はい、尤もな反論。
「あ、確かにそうですね。じゃぁ、田淵さんが犯人の場合はその場にいて自分で先生を狙わないといけない訳ですか……」
「うん、そうなんやけど。田淵さんはなその日、違うところにおったんよ。
その日、軽井沢の駅前の方、ああ、そうそう『軽井沢・プリンスショッピングプラザ』のある辺り。そこにテント張って期間限定で店出してたんよ。
前に聞いてた筈やったのにすっかり忘れてたんだな、これが。つまり、店に行っても閉まってた訳だ。ハッハッハ。
わしが襲われたんが朝の9時くらい。その頃、駅前の方の仮店舗はオープンだから、田淵さんは晴れてアリバイが出来たって言うわけやな」
う〜ん、それを先に言えよ。
となると、その時、南雲邸にいた人が犯人の可能性が高いって訳か。そしてその場合、ボーガンは時限装置なり遠隔装置なり付けてセットしておかなければならない。
でも身内が犯人となると、前もってボーガンを持って来ていたのか?先生の部屋は外に面していて1階だから、外から狙う予定だったのかもしれない。この館の間取りは知っていても不思議ではないし。
「因みに、凶器となったボーガンっていうのは回収済みですか?」
「矢は木に刺さってたから回収したけど。タイマー式の場合何かの誤作動とかでまた飛んできたら危ないからあんまり見れてないし」
要は見つかっていない、と言うことか。となると、凶器を回収するのは絶望的やな。どんなアホな犯人でも凶器を回収し忘れるなんてことはないやろし。
そんなことを考えながら私は先生からボーガンの矢を受け取る。あまり持っていたい代物ではないが、やむを得ない。
「ああ、でもその襲われた時の様子を撮ったドライブレコーダーならあるよ。ほら、車に乗って苗屋に行くとこだったから。その苗屋は閉まってたんだがな!」
ふと、笑えないジョーク付きでそう言い、引き出しをゴソゴソと漁る先生。
「ほら」
ドヤ顔をしてマイクロSDを出す先生に一言。
せ〜の、
『それ、もっと早く言えよ‼︎』
注釈
*田淵幸一氏は1978年にトレードで西武ライオンズに移籍したため、ミスタータイガースの条件—選手生命を縦縞のユニフォームで終えている—に反するが、舞美はなんと言っても、3代目ミスタータイガースは田淵幸一氏だと考えている。
更新が遅くなり、申し訳ございませんでした。伏してお詫びします。
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