第3話 依頼人

「すいません、うっかり通り過ぎてしまって……」

「いや、気にすることないで。多分、俺の影が薄いだけなんやろう」

「へぇ、部長の先祖は忍者か何かだったんですか?」

「ちゃうよ、そういう意味やないで。先祖が服部半蔵って訳でも、俺自身もJACに入っている訳でもないしな」

「???」

「ちょっと古かったかな?"陰"と千葉真一を被せたんやけど」

「はぁ」

 私は、そう生半可な返事をするしかなかった。


「まぁ、ええで。

 それより、依頼人待たせてるからな。こっちやこっち。応接室ルーム1に入ってもろてるから」

「判りました……っていうか、何で部長がついてくるんですか?最近は私一人でもやってるのに」

「今回のね、依頼人はビッグやから……」


 ああ、確かにビッグだ……!

 ガチャっと扉を開けた先、椅子にどっぷりと(かと思ったら意外とちょんと座っていた)座っている男がいた。正確にはその隣に美人秘書(私基準)。別に僻みとかではないから、そこだけは勘違いしないで下さい。

「お待たせいたしました、前嶋まえじま社長」

 前嶋たすく。日本が世界に誇る前嶋総業っていうイマイチ何をしているか判らない会社の創業者にて代表取締役。前嶋総業の顧問弁護士はこの福谷法律事務所だが、ここは刑事部だ。民事以外の問題が発生したのだろう。

「お待たせいたしまして申し訳ございません。福谷法律事務所の浜本と申します」

 私が名前を名乗ってお辞儀をすると前嶋社長も

「前嶋です。今回はよろしく」

 と丁寧にお辞儀を返した。あれ?あまり思ってた人物像と違うな……。もっと、偉そうな感じなのかと思ったんだけど。

 因みに、最初に持っていた鞄はノートパソコンだけを出して入口のところに置いておいた。

 まぁ、盗まれることはないだろう。


 型通りの名刺の交換とかをして、私は本題に入った。

 ええ、いつの間にか、竹内は消えていますけど。それが何か?何か、違う案件を抱えていて、今余裕があるのは私だけだったらしい。前嶋社長も私みたいな新米じゃ不満だろうに。

 っていうか、本当になんで竹内あいつは最初、如何にも一緒にやりますよ……、みたいな態度をとってやがったんだ? 

 下らないことはさて置き。

「ご依頼内容をお聞かせ願いますか、社長?もう、竹内に一回はお話になられたと思うんですけど」

「はい」

 そう、答えたのは美人秘書。さっき太田という名前だと知った。お前に訊いているわけじゃないよ!

 そんな私の心の叫びも虚しく、太田は話し出した。

「今回、あなたに頼みたいのは他でもありません。社長の疑いを晴らして頂きたいんです。

 今朝、弊社の楠本課長が殺害されるという事件がありました。ご存知ないですか?」

 いいえ、知りません。新聞の第一面って鯨だったしね!

「そうですよね。今朝事件が発覚したばかりですから、警察発表もまだですもんね」

 この女、人のことを馬鹿にしているのか?

「で、その事件の容疑者に前嶋社長がなっているんですか?」

「ええ。厳密には社長を含んで3人。

 一人目は……」

 この女の話は少し長ったらしかったのでこちらで割愛させて頂く。

 一人目は、永井という人。殺された楠本課長の直属の部下だった人。パワハラ気味の態度を嫌がっていたらしい。(いや、誰でも嫌か)だが、死亡推定時刻と思われる午後3時から5時の間、会社のいたというアリバイがある。

 二人目は楠本課長と大学時代仲が良かったという人。この人と楠本課長は金銭トラブルがあったのではないかと思われているらしい。ただ、関係者といえども楠本課長殺害の容疑がかかっている前嶋社長はあまり事件の詳細を知らされていないらしい。

 二人目に関しては調査が必要か。

 三人目は何を隠そう社長自身。楠本課長は割と古株の方で社長と比較的対等だった。それが原因で対立することも少なくはなかった。かつ、死亡推定時刻は、下請け会社に行っていたということだが、推定時刻間ずっと誰かが一緒にいたわけでもない。

 楠本課長はハンマーのようなもので頭を殴られて殺されたようだが、殴って殺すくらい数分あれば理論上はできる。尤も、遺体には動かされた跡があったようだから、まさにどこでも殺害することはできる。

 下請け会社に行く際、秘書が同行していたそうだが、その証言もアリバイ証明にはならないし、立場が低い下請け会社のものも参考程度にしかならない。


「大体、人を殴り殺すのに数分あれば出来る、って。理論上は出来ますけど、おかしくないですか?」

 秘書はお冠のようだ。

 まぁ、確かにその通りではあるかな。

 数分で殺そうと思えば、事前に手袋をしてスパナでも何でもいいが殴打できるものを持った状態で被害者に会う。この状態だけで、被害者が警戒するには十分だが、奇跡的に警戒しなかったとする。

 「おお、この前言っていたバイクの修理をやってくれるのかー!」みたいな感じで。本当におかしいけど、現実はどんなことでも起こり得てしまう。

 それで、相手の隙を一瞬で突いて、確実に一撃で仕留める。しかも、後頭部を殴られていたようだから、「じゃぁ、直してやるから、ちょっと後ろを向いておいてくれ。驚かせたいんだ」とか言って、さっさと後ろを向いて頂く。

 また、返り血がつかないようにするのも必要。

 ことが終われば、諸々のものと遺体を隠して、秘書のところに戻る。

 これを数分で。

 うん、無理しかない。となると、社長が犯人とするなら何かしらのトリックを使ったのか?

 もう、この際社長には"アリバイ"があると考えて支障ないだろう。


 犯人が本当に三人の中にいるならどの人でも決め手に欠けそうだな……。

 あ、課長の知り合いという容疑者に方にも話を聞きに行かなきゃ。

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