本編
第1章 新しい出会い
第2話 事務所
※作中に登場する地名、人物名、会社などの団体名は現実に存在するものと一切、関わり合いはありません。
私の自己紹介をといえばこんなところだろうか?特に趣味と言えるものもないし、これ以外に何を挙げればいいのか全く想像もつかない。
仕事場の同僚からたまに合コンなるものに誘われることはあるものの、行ったところで沈黙を貫くこととなる。まさに頭数を合わせたといったところだろう。
別に結婚願望はないし、恋人が欲しいとも思わない。私のパートナーと言えるものがあるとすれば、在学中に取得した向日葵のバッチのみであろう。
とは、思っているものの、それは自分を誤魔化しているだけにすぎないと判っている。
幼い頃に出会った、一人の少年、ユイ。自分より少し年上だと思われる彼のことを私は"ゆー君"と呼んで彼は私のことを"マーちゃん"と読んだ。その名前と時折見せる太陽のような笑顔、私が知る彼はそれだけだった。
だが、あの時家に居場所がなかった私にとって彼は希望だった。
しかし、そんな彼も急に私の前から消えてしまった。
何の連絡もなく。いなくなった後、私は何回も公園に通ったが、太陽を見つけることは出来なかった。
今までの人生で一番心に傷を負った時はあの時だろうし、私が誰かを想うことを諦めたのもこの時だったのではないだろうか。
パサッ。
ボヤッとしていたら新聞を落としてしまった。
第一面には『大川に鯨、現る』とあった。
ああ、さっきニュースでやってたやつか。こんなものが一面なんて呑気な世の中だなとは思ったが、その方が良いには違いないなと思い直した。
写真が載ってたが、沢山の人が大川沿いに写っている。暇人が。
大川は名前通り流域面積が大きいが、その割に道路は狭い。人が集まれば危ないだろうが。
後のページをパラパラと捲れば、DeNAが今季加入の助っ人外国人の契約を打ち切った、とあった。マジか、こんな外国人いたんだ!
他には大したことが載っていなかった。私は仕事柄、朝出勤するまでに必ず、2誌以上は朝刊に目を通すことにしている。
ええっと、もう一つは……?
『大川の鯨 "ダイちゃん"』。
……。
平和なのはいいことだ。
「まもなく、1番線に電車が参ります。黄色の点字ブロックより内側に下がって……」
今日は早く起きたのに変にのんびりしていたせいで、いつもと同じ電車になってしまった。まぁ、遅刻さえしなければ何の問題もない。
「大阪、大阪」
相変わらず、変なところにアクセントをおくな、とアナウンスに毒づきながら私は電車を降りる。通勤ラッシュ時のJR京都本線は最悪で非常に蒸し暑い。とにかく、人人人……、おっさん、おっさん、おっさん……。本当に男女平等なのか、と疑問に思う。
そんなことはどうでもよく、私は素早く御堂筋線に乗り換える。人混みTO人混み。まぁ、ドアTO ドアみたいなものだな。ちょっと違う気がするけど。
淀屋橋駅で降りて、少しばかり歩く。
福谷ビル。最近建てられたオフィスビルの上部4階部分に福谷法律事務所は入っている。
ビルの入り口に常駐している警備員に「おはようございます」と挨拶をして、私は中に入る。
ブゥーブゥー。エレベーターに乗ろうかという時に私のスマホが着信した。
「はい。浜本です」
『ああ、浜本君?今どこにおる?』
刑事(事件)部の竹内部長だ。最初に「浜本です」って出てるんだから訊き返す必要ないだろうに。
「今、事務所のエレベーターに乗るところですが」
「丁度、良かったわ。今日朝イチで依頼人が来はったから、ちょっと急いで上がってきて」
何がちょうど良かったのだろう?家を出る前に電話がかかってきたなら、「急いで」の意味が判るのだが。「判りました」と返事をしながら、ふとそんなことを考える。
私はよく捻くれていると言われるが、こういうとこなんだろうか?
福谷ビルは下層部を貸しているから、勿論ビル内には事務所以外に人もいるが、エレベーターは事務所直通のものがある。
私はそれを使って35階に上がる。
刑事部は事務所の一番下のフロアに入っているから、一階を除いても貸しフロアは33フロアある訳だ。一体、どれだけ儲かっているんだろう、と昇るたびにそんな下世話な思いを抱いたりもする。
エレベーターから降りれば、ノーセンスな『福谷法律事務所』という文字が見える。勿論、ノーセンスだなんて誰にも言わないけどね。あれ、社長がデザインしたっていうし。ああ、私が言ってたなんて言わないでくださいよ!
そのノーセンスな文字の下には「刑事事件部はこちらです」と明らかに力を入れていないことが丸判りの張り紙がある。あれ?これ裏紙ちゃう?
事務所は一番下が刑事事件部、上3階が民事専門部になっている。
張り紙からも判る通り、一番金にならず、その上あまり依頼もない刑事部がどうして一番遠い最上階にないのか?
この事務所の2代目所長、福谷ジュニアは民事専門だが、一番上の階に部屋を持ちたいんだと。好きにしなはれ、って感じである。
刑事部に所属する私としてはちょっと気にいらないおっさんではあるが、2代目に変わって更に業績は良くなったと聞く。ジュニアにしては珍しいな。
まぁ、法に触れることをしてなかったら、何でもいいけど。潰れることだけはやめて欲しい。
「ああ、浜本君、こっちこっち」
そう、声をかけられて私は我に帰る。
その声の主、竹内部長はいつの間にか私の後方にいた。どうやら私は部長の横をいつの間にか通り過ぎていたようだった。
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