第4話 揃った条件
適当に社長との面談を切り上げた私は楠本課長の知り合いだという人の話を聞くために、警察署に向かった。
社長には、犯人でない限り任意の取り調べには応じなくて構わないと言っておいた。社長には警察と関わりたくない事情があるそうだった。まぁ、あれほどの大企業の社長ともなれば、警察となんぞ関わりたくないだろう。ましてや、容疑者としてなんて……。
第一、課長レベルの人が殺されて、会社内も大変に違いない。民事部が煩くしていた。というか、何であいつらはあんなに偉そうなんだろう?
まだ警察発表がまだだから、嗅ぎつけている記者も少ないだろうが、それも時間の問題だろう。おそらく、それまでに少なくとも社長自身の容疑だけは晴らしたい、ということなんだろう。
でも、さっさと依頼に来てもらえたのは助かった。時間が沢山あるし、変にややこしくされた後だと、尻拭いするのがより大変になってくる。
事件の初動捜査をしたのは福島警察署らしいので、社用車を借りて向かった。何で、福島警察署やねん。
いや、間違い。正確にはメトロは通っているが、御堂筋線ではなく千日前線や。因みに野田阪神駅。
事務所から車で約15分。うん、やっぱり私には右ハンドルが一番だな。国産車の排気音が心地よい。
土佐堀川を抜けると大阪市立科学館が見えた。ここではないが、昔家の近くにあった科学館にはよくゆー君と行ったものだ。あそこは子供が
宇宙とか、電気とかそういうものに夢を膨らませていたのを思い出す。
ゆー君は将来、月に行くんだ! とか言って。
私もあの時科学に興味を持ったのを思い出す。
結局、文系に進んで弁護士になったわけなんだけど……。
JR東西線沿いに車を走らすと暫くして阪神本線野田駅が見えてきた。丁度電車が着いたようで、人が降りているのが判る。
福島警察署は阪神本線野田駅が最寄り駅の筈だから、もうすぐだ。
私はあまり車に乗らないから少しばかり疲れた。
近くの駐車場に車を停めて、徒歩で向かう。
一応事前に署の方には連絡を入れておいたから少しはスムーズに行くはず。
刑事課と書かれたところで足を止め、
「すみません。連絡をしていた福谷法律事務所の浜本なんですが……」
というが、当然のことで皆さん忙しく、こっちの方を見ようともしない。
「あの……」
もう一度声をあげようとすると、
「はいはい!すみません。お待たせしてしまって……」
子犬がこっちに駆けてきた。
「えーっと、あなたが櫻井さん?」
「はい!福島警察署刑事課所属、
子犬はそう名乗った。
それにしても、櫻井しょう、ま、かと渡された名刺を見ながら私は思う。見た感じ私よりも三つ四つ下といったところだから丁度、あの世代なのか……。ご丁寧に苗字の漢字まで一緒やし。でも、名前のしょうは違うからまだマシか。
いっそのことなら櫻井和○とかにしたらよかったのに。こっちは苗字の名前が違うのか。そもそも、世代じゃないだろうし。私は好きだけど。
「では、こっちの方によろしくお願いします」
そう言って、子犬は私を会議室に通す。
子犬、子犬と連呼するのもかわいそうになってきたからこれからは名前で呼ぶことにする。
でも仕方ないやん。髪型はゆるふわな感じのマッシュ。丸い小作りの顔に愛嬌のある目鼻。高身長とは言えない背丈。何か、子犬って感じなんやもん。
所謂、子犬系男子ってやつなのだろうか。性格はよく判らんけど。
「えーっと、……」
空いていた(或いは、空けて頂いた?)会議室の椅子に腰掛けた櫻井刑事はそう喋り出した。
ほとんどが、知っていることだが、復習がてら聞いてあげよう。(これは、一応読者諸氏にも言っているんですよ〜)
「被害者の名前は楠本
死亡推定時刻は昨日の午後3時から5時までの間とされていますが、ご遺体には移動された跡があり、発見された高架下とは異なった場所で殺害されたと考えられています。ですから、アリバイ証明は非常に困難です。
その発見場所、高架下ですが、周囲に防犯カメラなどはなく、そこから遺体を遺棄した人を特定するのは無理でした。昼ならまだ、人通りもあるのですが、夜になると全くなので、遺棄犯はそのことを知っており、或いはたまたま夜に行動したと思われます。
で、容疑者の三人についてですが、え〜っと浜本さんは前嶋さんが雇われた弁護士さんってことでよかったですよね。」
櫻井刑事はそこで一旦言葉を切って私の方を向く。
「ええ。ですが、全員のことを客観的に教えていただけると助かります」
「ええ、もちろんです。ですが、まだ容疑者の段階なのに弁護士って……。まだ任意の同行すらかける前から……。なんかすごいですよね……」
確かにそうだ。普通(『相棒』とかの刑事ドラマを見た様子では)は任同かけられた取調べの最中に「おい、弁護士呼べ!」とか言うのに……。まぁ、悪いとは言わないが。
「すいません、どうでもいいことを。さっさと続き言いますね」
あれこれと考えている私に話を続ける櫻井刑事。
「一人目は楠本さんの直属の部下の……」
知っていること以外に櫻井刑事が話すことはなかったから一人目は割愛。
「二人目は……」
そら来た。これは喋ってもらおう。
*
「あの、すいません。福島署の櫻井と申しますが」
同期の玉田(これは架空)と容疑者の一人角田の工場を訪ねた俺はそう、男に声をかける。
「は〜い。お巡りさんが、何か用スか?」
だるそうな返事と共に角田は後ろを振り向く。
「大学時代の友人。楠本さんを覚えていますか?」
玉田が訊く。
「ええ、もちろん。昨日も電話したし、たまに会ったりもしますよ〜」
何だ、この態度。
犯人なら、着信履歴などから辿れることを見越してこういったのか?
「その楠本さんが今朝、何者かに殺されて発見されました」
これも玉田。
「え⁈ 」
このタイミングが一番感情が出やすい、が、驚き以外はあまり読み取れなかった。
「ご存知なかったですか?」
俺は少し、そう訊いてみる。
「ああ、昨日から整備やらなんやらで忙しくてテレビを見る暇もなかったし、なんか知らんけど、今朝は新聞も入ってなかったしよ」
柄にも合わず、角田は新聞をとっているのか……。
*
あ、ちょっと、これしんどいわ。物語風に櫻井刑事の言ったことを纏めようかと思ったけど、面倒い。同期の刑事の名前とか知らんし。尤も、同期の刑事と行ったかどうかも知らんけど。
普通に書こ。
「楠本さんの大学時代の友人という角田さん。整備工場を営む角田さんは楠本さんと金銭を巡って、トラブルがあったのではないかと思われています」
「思われているとは?」
「ああ、これが少し眉唾もんでして。整備工場の近くに住む年配の方が証言して下さったのですが、角田さんのことをあまり快く思ってないらしく度々二人の間でもトラブルがあったと他の近隣の方の証言があります。少し、ややこしいですが、取り敢えず証言の信憑性が薄いということです。角田さんに不利になるような証言をわざわざした可能性がありますから」
「なるほど、ありがとうございます」
「いえ。で、その角田さんですが、殺害推定時刻の2時間前、午後1時から午後2時半の間に取引先の会社との打ち合わせ。本来は12時半から2時の予定だったそうですが、取引先の会社の都合で急遽変わったということです。
2時半に取引先の会社を出て急いで整備工場に戻ったのが午後3時。そこから、整備が終わっていた車を近くの川沿いを走らしていたということです」
「ああ、近くの川というのは大川のことですね」
私は広げられた地図を見ながら確認する。
「ええ。そうです」
「これで、角田さんについては終わりです。
前嶋社長についてはご存知ですよね……」
「ええ、ですが、一応聞かせて頂けると。勘違いしているところや、前嶋社長が言い忘れていること、隠していることがあるかもしれませんから」
「隠していることって……。濱本さんは前嶋氏の弁護士なんですよね?」
「ですが、依頼人の全てを知っていなくては、できる弁護もできませんから」
「あ、そうですよね。すいませんでした。
では、前嶋社長について……」
やっぱり、櫻井刑事が喋ったことは知っていることと何も変わらなかったので割愛。
「これで、終わりですが、現場も見られますか?」
「ああ、最後に一つだけ」
私は杉下右京を真似して顔の前に人差し指を立てる。
「楠本課長の行動について教えて頂けますか?」
「ああ、すいません。言い忘れていました」
子犬はぽりぽりとふわふわの頭をかく。
「というか、僕たちも知りたかったのですが……」
子犬は第一人称が"僕"らしい。
「12時半に前嶋総業を出たあと足取りがよく判っていないんです」
「はぁ、そうですか。ありがとうございます」
「では、現場も見られますか?」
「ええ、一応。よろしくお願いします」
「判りました」
そう言って、櫻井刑事は会議室を出て、私を案内する。
「そう言えば、玉田刑事は大丈夫なんですか?単独行動になるんじゃ?」
「玉田?誰でしょう?
普段の僕の亀井定雄のことは気にしなくて大丈夫ですよ。いや、亀山薫の方がいいかな?」
西村京太郎でも『相棒』でもどっちでもいいが、どっちにしろ、自分が主役なんだな、櫻井刑事は。キャリア組なんかな?
「では、こっちに」
櫻井刑事に続いて私は署の外に出る。外の空気が心地いい。何で署の中ってあんなに空気が悪いんだろう。
「あ、先輩いたー!」
そう言ってこっちに突進してくるのは事務所の後輩でパラリーガルの
「なんで、こっちに来た?」
「だって〜私は普段先輩を見て勉強させてもらってるじゃないですか〜。竹内課長が、『浜本君はきっと福島署の方にいるで』っていうから〜」
あの、ジジイ。ちゃっかり教えやがって。まぁ、別にいいけど。
というか、そこの子犬!目がハートになってるぞ!まぁ、確かに同性の私から見ても胡桃は可愛いけれども。決して、後輩に変なことはするなよ!したら、その手触りが良さそうな髪の毛、全部バリカンで剃るで。
「じゃぁ、行くで、中元。櫻井刑事、よろしくお願いします」
「あ、はい」
子犬は我に戻ったようだ。
現場へは歩いていけるようで(或いは、車が出払っているのか?)櫻井刑事は車に乗ることなくサクサクと行く。後で、社用車、回収しなくちゃ。
「あ、そういえば、先輩。"大ちゃん"見ました?」
胡桃は急にそう訊いてきた。
「いや、中元は見たんか?」
「ええ、私、家が大川沿いなんですよね……。すごい人でした」
ほう、そんなに人凄かったのか。
「先輩も見に来たらよかったのに……」
そう言って胡桃は"大ちゃん"について云々と語る。
うん?何だ?今何か引っ掛かったような……?
*※**※**※*
今回は長くなってしまい、また更新時期も遅くなってしまいました。読者の皆様、すいません。どうも、上手く伏線を引くことが出来なくって。
かと言って、結末が凄くいいかって言ったらそうじゃないんですけどね。すいません。
あまり、時間を空けずに、"読者への挑戦"を入れるつもりです。
そちらに挑戦して頂ければ光栄です。
A.T.
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