第十八話:これで、最後だから
「影浦くん、来ないね~」
「メッセも既読つかないです。忘れ物したから一旦家帰るって言って、もう結構経つのに。どこほっつき歩いてるんだか」
「……」
部長さんと小波先輩は隣り合って座り、影浦先輩との連絡を取ろうとしていたが、どうやら上手くいっていないらしい。その原因に、大きく心当たりがあるけれど、私はそれを説明せずにいた。
今思い返しても、あの時、何故あんな話をしてしまったのかわからない。お母さんに見つかって、逃げて、影浦先輩に打ち明けた。影浦先輩にとってはなんら関係のない面倒事なのに、私は、自分が楽になりたくて、重荷に耐え切れなくて、独りよがりに吐きだした。影浦先輩はただじっと話を聞いてくれて、あまつさえ帰りたくないといった自分勝手な私に、結花ちゃんと連絡をつけてまで実家に泊めてくれた。
結花ちゃんも、詳しい事情を聞いたわけじゃないのに、何も聞かないで一緒の部屋に泊めてくれた。『兄さんは昔っから、ほんっと何も変わってないんだから』って夜中愚痴っぽくぼやいてたけど、全然嫌そうには聞こえなかった。ご両親も『好きなだけ泊って言ってね』『ご両親には連絡しておいたから』と、ただそれだけ。
たった二日間だけだったけど、影浦先輩の人となりを実感できた二日間だった。
でも、そんな先輩は今日、まだ来ていない。
小波先輩が言うには、今日一日中ずっと上の空で、授業中も居眠りをしていたという。そして授業が終わってすぐ忘れ物を取りに行って、それっきりということだったが、それは、私と顔を合わせないための口実ではないかと思った。
避けられて当然だ。でも、今日だけは来てほしかった。私の決心が揺らがないうちに、迷惑をかけたSA部の方々に、謝罪と、依頼の取り下げを聞いてもらって、それで、最後だから。
(でも、もう来ないよね……)
「うーん、どうしよう。時間も勿体ないし、先に始めちゃおうか」
「ですね、後から合流すればいいですし」
「あ、あの」っと、私が話を切り出そうとした時だった。
扉が勢いよく開らかれ、バシン、と甲高い音が部室に轟く。息も切れ切れといった影浦先輩が、髪の先から汗を滴らせて立っていた。
「はぁー、はぁー、ちょっ、ちょっと、ま、まって」
「影浦、あんたヤバい顔してるよ。夏真っ盛りのマラソンランナーみたいな顔」
「へ、下手な、形容、すんなっ、うぇ、横っ腹痛い……」
「ほい影浦くん、水」
「ありがとうございます」
影浦先輩は部長が冷蔵庫から取り出したペットボトルを手に取ると、真っ逆さまに煽った。のどが激しく上下し、うねりと共にペットボトルの水がどんどん減っていく。そして、十秒としないうちに飲み干してしまうと、「ぷはぁ~」とお酒を飲むサラリーマンみたいに声を上げた。
「すみません先輩、助かりました」
「それはいいんだけど、1Lペットボトルを一気に飲み干すのは身体に悪いからやめな? 飲み過ぎると低体温性になって死んじゃうよ?」
「ははは、まさかご冗談を……ってまじですか、大丈夫ですよね俺、ちょ、先輩、こっち見てください!」
(……あれ?)
なんていうか、いつも通りの影浦先輩だ。
なんで、そんな平気な顔をしていられるんだろう。
私は今日ここに来るまでの間、どんな顔をして合えばいいのか、四六時中悩んでいたのに。何をしたところで、影浦先輩が私を煙たがるのは避けられないとしても、考えずにはいられなかったのに。
(先輩にとってはその程度の事、だったってことなのかな)
でも、その方が良かった。これなら下手に気を遣うことなく打ち明けることができる。
「っと、いけないいけない。先輩、今ってとり急いで用事とかありますか?」
「ううん、特にはないよ。今日は秋野ちゃんの猫ちゃん探しを手伝うつもりだったから」
「ならよかったです。なら、先に俺の用事を済ませてもいいですか」
部長と小波先輩は首を傾げ、それに続いて私も首を傾げていると、先輩はなんとも不敵な笑みを浮かべていた。その初めてみせた表情はなんとも生き生きしていて、ドラマで見るような悪いひとだった。
「みんなに見せたいものがあります」
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