微糖Extra-②:白雪姫

 

「えーと、たしか魔女が真実の鏡に『世界で一番美しいのは誰?』って聞くと白雪姫と答えてしまい、その真実が許せなくって魔女は白雪姫を亡き者にしようと狩人に『白雪姫の心臓を持って来い』と命令します。だけど狩人は白雪姫を殺す直前になって『可哀そうだから』と逃がし、魔女には豚の心臓を代わりに差し出します。再び魔女が真実の鏡に問うと、やっぱり白雪姫が世界で一番美しいと答えるので、今度は魔術で毒リンゴを作り、自ら白雪姫を暗殺しようとします。七人の小人の住む家で暮らしていた白雪姫は毒リンゴを食べ、そのまま永遠の眠りにつき、埋葬するのが可哀そうといって小人たちは鏡の棺をつくり、その中に白雪姫を安置しました。そして、たまたま王子様がそこに通りかかり、白雪姫が眠る棺の傍に行き、小人の許しを得てキスをする。そうすると、永遠の眠りから覚め、王子様とともにお城で幸せに暮らしました、みたいな感じです」


 小波は先輩に差し出されたお茶を受け取り、喉を潤した。左手を添えるよに飲む仕草が品よく、逆に右手の小指がぴょこっと跳ねているのが、いつもの暴力的な印象も相まって愛らしく見える。


「絵本の方はかなり脚色されてるんだな。もう別物って感じがする」

「たしかにね~。でも分かりずらい部分とか、複雑な心情とか挟まないから感情移入しやすいかもね」

「そんなに違うんですか?」


 小波は話について行けず、問うように俺と先輩を交互に見た。


「まず、魔女って言うのは正確には違う。あれは白雪姫の継母、実の母親が亡くなったあとに王様と結婚した義理の母親」

「うそ!だって魔女はお婆さんで、八十歳はいってたよ。王様は熟女が好みだったってこと?」

「違う違う。さっきも言ったけど、魔女は白雪姫の次に美しいとされる人だったんだ。白雪姫を暗殺するためにお婆さんの姿に変装したんだ」

「多分、『美しさにとらわれた魔女』って設定だけ残して、継母って部分は削ったんだろうね」

「すごい、同じ話なのに全然違うんだ」


 小波は「他には、他にはどんなところが違うの?」と、驚きと好奇心に満ち満ちた様子で目を燦々と輝かせていた。まるで絵本の続きを待つ子供のように。


「そうだな、やっぱり大きく違うのは『暗殺方法』と『クライマックス』かな」

「暗殺方法?毒リンゴを使ってないってこと?」

「勿論毒リンゴは使ったよ。でもそれは最後の手段。その前に二回、魔女は白雪姫の暗殺に失敗してるんだよ。一回目は美しい胴着の締め紐を売りに行き、白雪姫に胴着を絞めてあげるといって思いっきり引っ張り窒息させる。二回目は毒のくしを作り、髪を梳かしてあげると櫛を刺して気絶させるの」

「あれホント謎ですよね。胴着の紐で窒息させる怪力とか、なぜ櫛に毒を塗って殺そうと思ったのとか」


 もしかすると、小波がスカウトされたのは『対象を胴着紐で窒息させるだけの腕力』をもっていたからかもしれない、と一瞬頭をよぎったが、正面から放たれる不穏な空気を察知してすぐに話に戻った。


「ね~。白雪姫も、小人が紐を切った瞬間息を吹き返すし、櫛を抜いたら目を覚ますし。瀕死になっても生き続けるポケ〇ンみたい」


 俺と先輩は「ね~」っと、物語の気になるところ、面白かったところを共感しあった。話せば話すほど、当時感じていた違和感や疑問が思い起こされ、つい話に熱が入ってしまう。


(家族以外でこんなにも共通の話題で盛り上がったの、初めてかもしれない)


 いつの間にか、一番話を聞きたがっていた小波を蚊帳の外に追いやってしまい、やや頬を膨らませご機嫌斜めの様子。


「それで、『クライマックス』はどう違うの」と声に荒々しい抑揚を込め聞いてきた。


「あー、えーっと、それは、ねぇ?」


 先輩はさっきまでと打って変わり、言葉にきれがない。いつもの先輩なら大抵のことにはズバッと、豊満な胸を張って意気揚々に答える。それが正しくても、時には理屈っぽい屁理屈でも。自信というか、正々堂々としているのが先輩のデフォルトだ。


(もしかして、ラストの内容を覚えていないのか?)


 なるほど、理解した。

 先輩風を吹かせたい先輩のことだ、可愛い後輩にかっこつけたいのだろう。

 

(しようがない先輩だ、ここは一肌脱いであげますか)


「白雪姫のクライマックス、一番の違いは王子のキスだ。実際は、ガラスの棺で眠る白雪姫に惚れた王子が小人に頼んで白雪姫を譲ってもらって、棺を持ち帰るため家来に運ばせようとした時に、その家来がつまずいて棺を揺らした拍子に、喉に詰まっていた毒リンゴがぽろっと取れて白雪姫が目を覚ます。そして、晴れて目を覚ました白雪姫と王子は結婚、魔女は熱した鉄の靴を履いて踊り死に至ると……あれ?」


 俺は魔女の最期を説明しようとする直前で異変に気が付いた。先輩は手で顔を覆い、両目を引き結んで硬く閉ざしている。隣に座る小波は、心ここにあらずといった様子で、目線は俺に向いているはずなのに、どこか虚空を覗いている。


「王子、キス、しないの?二人が愛し合っているから、想いあっているから、惹かれ合っているから奇跡が起きるんじゃないの?」

「いや、えっと、小波さん?」

「そっか、毒リンゴが、ぽろっと。それで目が覚めちゃうんだ……。そうだよね、粘膜接触しただけで目が覚めるとか意味わかんないもんね。リンゴが、ぽろっと。ちゃんと咀嚼してなかったんだ。まあそのおかげで助かったし、それでいいのか。でも、それにしたって、リンゴを喉に詰まらせてとか、もっと、こう」


 小波は両手をわななかせ、やるせない白雪姫への感情を呪詛の如く並べ立てた。

 

 俺はこの時ようやく、先輩が言い淀んでいた理由が解った。


 先輩は、幼少期に刻まれた『ドラマチックな恋の物語』が崩れることを危惧していたのだ、と。


 結局、その後の俺と先輩のフォローも空しく、小波は淀んだオーラを全身にまとったまま帰路についた。正門で小波と別れ、先輩と二人っきりになった後「いい影浦くん、五十鈴ちゃんは乙女なんだから、もっとデリカシーをもって扱うこと」と散々注意を受けた。

 

 安易に真実を告げること、それは時として人を傷つけてしまうこと。俺はこの日、白雪姫の物語と、純真な乙女心を持つ女子高生から学んだのだった。

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