猫の奴隷
第九話:初めての相談者
高校生活が始まって一週間が経った翌週の月曜日。
初めて部活というものに入部したにも関わらず、俺は特にやることもなく『部員だから一応顔を出すか』という義務感で部室に行き、元文芸部の残した蔵書を適当に読みふけっていた。ちなみに、小波も同様の理由で本を読んでいる。
勿論、これは部活動とは一切関係ない。例えるなら、コールセンターで一切電話がかかって来ない時のオペレーターと同じ状態だ。コールセンターと違うのは、固定電話と愛想がないことぐらいだろう。
(あったとしても、ここに電話を掛ける生徒がいるとは思えないが)
SA部。
Student Assistant と呼ばれる珍妙な部活は、良くも悪くも相談者がいなければ部活動にならない。事件が起きなければ仕事のない私立探偵同様に、困っている事がなければ部活にならないのだ。
(まあその方が平和だし、
部活動勧誘期間はあと一週間。少なくとも、あと一週間はこの状態が続くのだろう。
そんな珍妙な部活動に入部を決めた俺が、何故勧誘もせずに部室で蔵書を読み漁っているかというと……いまだに小波以外のクラスメイトとまともに話せていないからであった。
要は戦力外通告である。
(まずいまずいまずい、部活に入れば自然と交友関係も広がるし、同じクラスの生徒がいればそこからクラスに溶け込むきっかけになるかもって考えてたのに!)
同じクラスの、同じ
小波のビジュアルはクラスでも頭一つ抜けているが、ギャルな見た目と独特な存在感を放つ
当の本人は、そんなこと毛ほども気にしていないようなので、問題はないのかもしれないが、俺は違う。
(一刻も早くクラスでのポジションを確立し、最低限、クラスのSNSグループに参加しておかねば……いい加減、毎朝結花に『兄さん、もう友達はできたの』とメッセで確認されるのはしんどい。というより、本気で心配されているのがマジでしんどい。一刻も早くSNSに参加して、クラスに馴染めていると言ってやらねば)
胸中では焦りを抱いているのに、
(自分が思ってる以上に、この学校に入学できたことで気が緩んでいるのかもしれない。いかんいかん、気を引き締めなおさねば)
家に帰ったら、あの
「はいはい、みんなちゅうもーく」
部室に入ってくるなり、先輩は両手をぱんぱんと鳴らし、狭い部屋に軽快な音を響かせた。俺たちは音に釣られ顔を上げ、久しぶりに来た先輩の顔を見る。
「これから君たちに、SA部として初相談者のお悩みを解決してもらおうと思います」
「久々に部室に来たと思ったら、また急ですね」
というのも、先輩は俺たちをSA部に入部させてから、一度も部室には顔を見せなかった。『大事な用事があるので先に帰るね。部室は好きに使っていいから』と書き置きが、律儀にも毎日若干違った文面でつづられていた。
「もしかして、書き置きにあった『大事な用事』って、その相談者のことですか?」
「う~ん、まあそういう事になるかな」
少し歯切れの悪い回答だった。
(それにしても、創設して一週間しか経っていないのに、こんなすぐに相談者を見つけて来るなんて。先輩って意外に真面目、というか部活熱心なんだな)
創設の理由を知っている俺としては以外でならなかった。強制入部の縛りと、既成グループの輪に入る苦痛、それから逃れるためのホームとしてSA部を立ちあげたと言っていた先輩。それが、俺たちに内緒で密かに活動し、相談者を見つけて来るなんて。
俺は思わず涙をにじませ、先輩の前で深々と頭を下げた。
「すみません、俺先輩のこと勘違いしていました。この影浦雅人、不肖ながら全力で相談者のお悩み解決に尽力いたします」
「おお、影浦少年。そのいつにないやる気に免じて『勘違いしてた』部分は追及しないであげよう」
心臓に手を当て屹立して忠誠を誓う俺の肩に、先輩は手を置いて言った。小波は目の前で繰り広げらる茶番について行けず、ため息を漏らしている。
「それで、相談者ってのはどこにいるんですか?」とあきれ混じりに小波が聞いた。
小波は席に座ったまま、先ほど先輩が入ってきた入口の扉を覗く。俺もつられて扉の方に視線を移すが、どうも人の入ってくる気配がない。
「相談者ならもういるよ」
先輩の発言に俺と小波は目をしばたたかせ、もう一度扉の方を注視した。しかし、そこには誰もいない。部室を見回してみるが、部室には俺、小波、先輩のほかに誰もいない。
この部室は他の教室に比べてもかなり狭く、元文芸部員が残した備品がいくつもあり、人が隠れられるような場所なんてない。
俺は訳が分からず、「どこにもいないじゃないですか」と言い掛けた瞬間、天啓が降るがごとく、ある可能性が脳裏に過った。
(先輩は性格がねじ曲がっているが嘘はつかない。言葉尻を巧みに言い換えて、勘違いしやすい方向にミスリードして弄んでくる質だ。そんな先輩が『相談者はいる』と、あからさまに明言している。となれば可能性は……)
「先輩が相談者ってことですか」
「ピンポンピンポーン。すごいね影浦くん、大正解」
先輩は両手で大きな丸を作り、謎を解かれてご満悦といった様子。
なんだろう、
小波は、なぜか若干悔しそうに頬を膨らませ、その光景を眺めていた。
「そ、それで、相談っていうのは何ですか?もしかして、ここ最近言ってた『大事な用事』に関係あることですか」
「お、影浦くんは今日鋭いね。その通り、実はその『大事な用事』が上手くいってなくてさ。私一人の力じゃ難しいから、影浦くんと五十鈴ちゃんの力を貸してもらえないかなって」
先輩でも難しい、とはいったいどんなことだろう。『大事な用事』も気になるところだが、あの先輩に謙虚にされると妙に調子が狂う。いつものように人をおちょくり、傍若無人であったほうが先輩らしい。
どうやら小波も同じ気持ちのだったようで、俺たちは視線を交わし、目くばせした。
「いやいや先輩、水臭いじゃないですか。日は浅いですが、これでも俺と小波はSA部の一員ですよ。な、小波」
「そうですよ、成り行きで入った部活ですけど、入部したからには仕事はきっちりとこなすつもりです。ですから先輩、遠慮せず是非頼ってください」
「影浦くん、五十鈴ちゃん……」
先輩は袖で目元を拭う仕草をし、いかにも感涙を流しているような振舞いをして見せた。俺と小波は、『伝えた想いに二言はない』と互いに顔を見合わせるも、つい青春群像劇のようなクサイセリフを口走ったことに次第に顔が赤らみ、互いに耐え切れず、俺は口元を袖口で隠し、小波は両手で顔を覆った。
◇
「じゃあさっそく本題なんだけど」
先輩は声をやや低く落とし、仕事モードと言わんばかりに真剣な表情で会議を始めた。緊張感が部室全体に広がり、俺と小波も思わず唾を飲む。
「みんなは部活動勧誘期間がいつまでか、知ってる?」
「ええと、たしか今週の金曜日までですよね」
「その通り。とはいっても、大体の部活は初週のパレードの時に力を入れてごっそり新入部員を獲得、残りの週は消化試合みたいなもので、積極的に勧誘はせず、来たら受け入れるスタイルなんだよね。パレードには部員を一人、二人、受付係として残しておいてね」
そうだったのか。最近は朝の
「それでね、勧誘期間事態は金曜日なんだけど、入部手続きは月曜日までってことになってるの。ほとんどの部活は金曜日、またその前日にはこれ以上の部員確保は見込めないって見切りを付けて入部申請を済ませるんだけど、金曜日まで入部希望者を待って、それからまとめて手続きをしたい部のために余白期間を設けてるの」
なるほど。たいていの部活は早めに区切りをつけるけど、少しでも部員が欲しい部活はギリギリまで勧誘をしたいから、そのための一日か。
「で、ここからが重要なんだけど、今年から部活動への強制入部が必須になったでしょ。だから、月曜日の放課後には全校生徒の加入状況が解るようになる。となると、必然的に明らかになることがあるよね」
「各部活動の部員数、ってことですか?」
「五十鈴ちゃん正解!一ポイント」
見事正解を言い当てた小波は、隣に座る俺に、その慎ましやかな胸を張って勝ち誇ったように口角を上げた。どうやら、先ほど先に答えられた事をかなり根に持っていたらしい。
(というより、小波は負けず嫌いな性格なのかもしれない)
「つまり、活動を行うのに必要な最低部員数に満たない部活動は、そこで全て明らかになってしまうわけ」
「そっか、強制入部が原則化しちゃったから『後で入部予定の人がいる』って口実も使えなくなったんですね」
小波は先輩の話を真剣に聞いていた。俺はというと、今までの話からどうしても嫌な予感が脳裏について回り、話が頭に入ってこない。
『大事な用事』『あの先輩からの相談』『部活動勧誘期間と部員数の規定の説明』。
小波は先ほどの正解の愉悦の余韻が残っているせいか、この話の結末にまったく気が付いていない。
(まずい、このままだと現状考えられる中でも、最もハードルの高い面倒事を押し付けられる)
大好きなゲームの発売日だった、とでも言ってすぐにでも走り出そう。そして、あと一週間は部室に顔を出さないでおこう。
俺が椅子から腰を浮かせようとしたところで、向かいに座っていたはずの先輩が、いつのまにか俺と小波の背後に立ち、肩に手をのせていた。たいして力は込められていないのに、『逃げるな』と言霊で縛られているような圧力が掛けられている。
(悟られた!)
先輩は俺にだけ聞こえるように「感の鋭い子は嫌いじゃないけど、逃げるのはダメ」と囁いてきた。甘く、冷たい囁きに背筋が震え、身動きができない。
「影浦くんと五十鈴ちゃんにお願いしたいのはね」
ごくり。
「来週の月曜日までに、最低一人の新入部員を獲得してくること」
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