第十話:足りないステータスは社交性


「はっきり言って、このままではSA部が無くなります。どころか創設できません」


 最近分かってきた。


 先輩が胸を張る時、それは大抵自信をもって言うべきことではない事の裏返しであるのだと。


 本当に、本当に胸を張って言える事ではない。


「ちょっと待ってください!そもそも部活自体がまだないってどういう事ですか」

「そりゃそうでしょ、だって今年新設するんだから」


 当然でしょ?みたいな体で首を傾げた。何故この人は悪びれないのだろう。


「じゃあこの部室は何なんですか。部活動として認められていないのに、部室がもらえるわけないじゃないですか」

「それはコネってやつだよ~。『絶対部員集めて新設届出から、部室頂戴』って約束して。担保はわ・た・し♡」


 人差し指をくねりくねりと遊ばせて言った。


(それは、あれか、もし部活動を創設できなければ、先輩が生徒会の人間に、か、身体で支払う的な。『どうせHな事をするんでしょ、同人誌みたいに!』みたいな展開が待っているのか。なんて羨まし、もとい如何わしくて破廉恥で下卑た奴らだ生徒会!)


 隣に座る小波から、たっぷり五秒ほどため息が聞こえる。表情は、まあ、見なくてもわかった。


「どうしよう影浦、私この部活に入ったことを早速後悔してる」

「大丈夫だ小波、そもそもまだ部活になっていない」


 小波の気持ちが痛いほどよくわかるが、入部届を書いてしまった以上、先輩の奇行は目をつむるしかない。天災に文句をいったところで徒労に終わるだけ。なら、飼い犬に噛まれたぐらいの心持ちでいた方がいささか楽だろう。


「それでどうするんですか、今からでも勧誘パレードに席を置いて募集をかけるんですか?」


 先輩の話では、勧誘パレードは初週がかき入れ時。今から呼びかけても効果のほどは知れているだろうが、やらないよりはマシだろう。


「いや~それがね、私が変装して部員勧誘をしてるのが生徒会にバレちゃって。パレード出禁になっちゃった」

「「なにやってるんですか!!」」


 俺と小波の声が共鳴し、耳鳴りを及ぼすほどの怒声となって部室を駆け巡る。


「ちょっと、耳キーンってなったじゃん。抑えて抑えて、どうどう」

「なに悠長なこと言ってんですか!」

「というか、変装して勧誘って何ですか!先輩そんなことしてたんですか」

「五十鈴ちゃんには言ってなかったね。実はかくかくしかじかで~」


 俺と小波は矢継ぎ早に問い詰める。

 

 聞けば聞くほど事態は切迫しているのに、隠し事の積み重ねが一気になだれ込んできて、今にも埋もれてしまいそうだ。


「つまり、生徒会には前もって部活動創設を宣言しておいて、実のところ最低部員数を確保できておらず、その上勧誘ルールを破っていたことがバレて、勧誘の場であるパレードへの出禁を命じられたと」


 言っていてなんだが、よくもまあこれほどの失態を呼吸をするように量産できるものだと、悪い意味で関心してしまった。


「おお、ここまでの経緯を簡潔に一言でまとめるなんて……。影浦くん、君をSA部の書記に任命しよう」

「ありがとうございます、謹んで辞退いたします」

「影浦、こんな状況でよく冷静でいられるわね」

「初日に強烈なのを経験しているからな、これぐらいでテンパってたら先輩とはやっていけない」

「おーい、それどういう意味?影浦くん、おーい」


 俺と小波の先輩へ向ける眼差しは、『部活の先輩』から『手のかかる先輩』に変わっていた。


「でも意外です、先輩ならいくらでも部員なんて集められそうじゃないですか。弱みとか握って」

「影浦くん、言葉に棘がないかい……」


 先輩はすっかり覇気が衰え、しょんぼりとしいる。

 棘程度で済んでいるのだから感謝して欲しい。


「まあそれは最終手段かな。流石に弱みを握ってる張本人と同じ部活って嫌じゃない?。少なくとも私は嫌。それに、全員どこかの部活に所属しちゃってるから、無理に引き抜くのは良心が痛むってものだよ」


 半分冗談だったのに、本当に弱みを握っていた。

 

(良心が痛むなら最終手段にも入れてやるなよ……)


「でもどうして私と影浦に頼むんですか?先輩は中等部からの進学組ですよね。私たちなんかよりも下級生との繋がりは多いだろうし、正直、勧誘パレードの制限があったとしても、私たちが先輩よりもお役に立てるとは思えません」


 俺は小波の意見に同意する形で頷いた。


 俺と小波が下手に勧誘をするよりも、先輩の恐喝最終手段を使った方が手っ取り早く、効率的だ。受験組の、しかもクラスメイトとすらろくに会話できていない俺と小波ぼっちーずに任せるよりずっとましだろう。


「ふふふ、勘違いしているよ五十鈴ちゃん」と先輩は指を振って言った。


「確かに人脈は重要だよ。だけどそれは、あくまで『勧誘』において。もっと大事なのはその先『誰と部活をしたいか』だよ」

「誰と、ですか」

「そう。例えスポーツ推薦を取れるぐらい好きな競技があって、その部活以外は入らないって決めてる人でも、できれば尊敬する先輩や顧問、仲のいい人がいる所で部活をしたいって思うでしょ。言い方は悪いけど、私たちみたいに『どこに入部してもいい』人達にとっては特にそう」


 俺と小波は黙って頷く。


「私はね、影浦くんと五十鈴ちゃんと『一緒に部活をやりたい』と思ったから誘ったの。半ば強引に入部させちゃったけど、『この人と部活ができて良かった』って思われる先輩になれるよう、部長として頑張るつもりだよ。でもね、これはあくまでも私の我儘わがままだから。もし二人が他の部に行きたいって言うのであればしょうがないと思ってる。だけど、もし二人が、ここで部活をしてもいいって思えてくれているなら、二人にも『この人となら一緒に部活をしたい』って人を見つけてほしいの。そして『この人と部活ができて良かった』と思わせるぐらいに成長して欲しい。その方がさ、私が卒業した後も楽しく部活動ができるでしょ?」


 先輩は作り笑いを浮かべて言った。


「ほんと、あっという間だからね……」


 消えいるような声でぽつりと呟いた言葉の真意が、俺には分からなかった。寂しそうで、それでいて遠い日の記憶を懐かしむ横顔が、瞼に焼き付いて離れない。


 吹き曝しの窓から流れ込む風を受け、先輩は赤茶色の髪を手で押さえる。脆く、崩れ落ちてしまいそうな姿に、思わず扇情的な感情が沸き上がるのを止められなかった。何て声を掛けたらいいか分からない。それほど、今の彼女は魅力的だった。


「先輩っ、わたし、がんばります!ぜっだい、絶対部員集めて、三年間部活を続けましょう!」

「いやいや、それだと私留年しちゃってるからね」


 小波は先輩の座る席に駆け寄り、決意表明とばかりに宣言すると、先輩は頭を撫でてそれに答えた。


 小波が先に動いてくれたおかげで俺は冷静さを取り戻したが、さっきの先輩の笑みには、それほど感情を揺さぶる何かがあった。小波もそれを感じ取ったから、何もせずにはいられなかったのだろう。


 それを知ってしまうこと、知りたいと思うことが正しいのかは分からない。それでも、『この人と部活ができてよかった』と思われる先輩になるという言葉に、嘘はなかった。


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