第七話-②:裏腹
「か、影浦、くん、君、天才っ、吉〇新喜劇とかドッ〇リグランプリとか出れるよ」
「笑い事じゃないんですよ!」
先輩は「ごめんごめんっ」と片合掌するが、片腹痛いとお腹を抱えているせいで誠意を感じない。
(くそぅ、やらかしてしまった自覚はあったけど、こんな盛大に笑われるとは思わなかった)
「OK!それじゃちょちょいと仲直りさせて、五十鈴ちゃんをSA部に入部させよう」
「え、なんでそんな話になるんですか」
「だって部員もっと欲しいし、五十鈴ちゃん可愛いし」
教室でもそうだったが、やけに『可愛い』を強調してくる。
「可愛いってそんなに重要なんですか?」
「重要だよ~、何事にも華はあったほうがいいし、影浦くんと二人きりってのもつまんないし」
さらっとつまんない奴認定された。
まあ、小波さんが可愛いくて、俺より華があるのは認める。
「で、どうやって仲直りすればいいですか」
「うーん、まずは影浦くんが無害ってことを知ってもらうところからじゃないかな。そもそもの原因は五十鈴ちゃんにコーラをぶっかけて、あまつさえす、スカートの、染み抜きに、勤しんだわけでしょ、ふふっ」
「思い出し笑いしないでください!」とかなり強めに牽制をいれる。
「つまり、昨日の事件は故意ではなかった。影浦くんはそんなことを画策する人間じゃないことを証明すればいいんだよ。そのうえで、昨日の謝罪を誠心誠意すること。そうすれば、よほど性格の悪い人でない限り許してくれるよ。」
「な、なるほど」
まあ、理にはかなってる気がする。
ただ、『故意ではない』と伝える方法が全く思いつかない。
「先輩、ちなみにどうすれば証明すればいいんでしょう?」
「簡単だよ、君の思う『人畜無害で品行方正』なところを五十鈴ちゃんに伝えればいい」
おお、今ばかりは先輩がとてもたのもしいメシアのように見えてきた。
(俺の思う『人畜無害で品行方正』な部分……)
「五十鈴ちゃん、ちょっとこっち来てもらっていい?影浦くんが五十鈴ちゃんに、伝えたいことがあるんだって」
「え、ちょっと!」
「伝えたいこと?」
小波さんは立ち上がり、俺の前までくると「何か用事?」と首を傾げた。
(まてまてまてまて、まだ方法を聞いただけで何一つ形になっていないのに!)
俺は脳内のリソースを全て回し、『人畜無害で品行方正』に該当する行いを全速力で検索した。焼き切れてショート寸前の回路を必死でつなぎ止め、それでもお構いなしにとチカチカ白んでいく視界の中を逡巡した。
「お、」
「お?」
「俺は、」
「俺は?」
苦しい、痛い、小波さんが何を考えているか分からくて怖い。
それでも、彼女に伝えるんだ。
あれが故意でなかったと。
そして謝るんだ。
そのために、証明しろ、影浦雅人が『人畜無害で品行方正』かを。
「毎日ちゃんと歯を磨きます!」
………………
「そう、偉いね」と小波さんが答える。
目をしばたたかせ、頬を掻き、首を傾げたままだ。
(駄目だ、まだ伝わっていないらしい)
「それから、家事全般自分でこなします。学校に遅刻したこともないし、宿題を忘れたこともないです。ごみはちゃんと分別するし、恵方巻は干支を向いて食べるし、豆は年の数しか食べないし、妹からの義理チョコにも三倍返しするし、エイプリルフールには嘘をつくし、誕生日や父の日母の日には必ずおくりものをするし、あとあと」
「す、ストップ!」
気が付けば、小波さんはこめかみに手を当て、何やらとても真剣に考え込んでしまっていた。
先輩は部室の隅っこでうずくまり、ぷるぷると肩を震わせている。
「えーと影浦、だよね。名前」
「あ、はい」
「今のはなんの説明、というか声明?」
「その、俺が昨日、小波さんにコーラを渡して、それが噴き出しちゃったから、それがワザとじゃなくて、それで謝りたかったんだけど、すごい機嫌悪そうだったから、まずはその誤解から解こうと思いまして、それで……」
鼓動が高鳴る。
頭が焼けるように熱い。
ちゃんと説明しようと言葉を尽くすほど、理路整然から遠く離れてしまっていることが解る。
(駄目だ、何が言いたいんだっけ、俺)
視線は小波さんから次第に床へ移っていき、とうとう言葉も途切れてしまった。
(また、やってしまった)
そう思った時だった。
「っふ」
小波さんは口元を隠すように手を当て、肩を震わせた。
「なにそれ、おっかしっ」
「え、え?」
小波さんは目尻に溜まった雫をぬぐう。
教室の空気が弛緩し、俺はようやく息をすることができた。
「そもそも、影浦は勘違いしてる。私、怒ってないよ。それどころか、謝りたいと思っていたのはこっちのほう」
「いや、なんで、小波さんは何もしてないじゃん」
「いやいや、保健室送りって、結構ヤバいと思うんだけど」
「でも、あれは正当防衛で」
「ねえ、不思議に思わなかった?いくら全力で鞄を振り下ろしたからって、男子高校生を女子高生が気絶させられると思う?」
言われて、確かにそうだと思った。
あの時は必死だったし、保健室に着いてからはどう状況を打開すればいいかばかり考えていたから、自分が何故気絶したのかなんて考えもしていなかった。
小波さんはパイプ椅子横に置いた自分の鞄を持ち、俺に差し出した。
「もってみ」
俺は言われるがまま鞄の紐に手を通し、それを見た小波さんが握っていた紐から手を離す。
鞄は重力に従い落下。
このまま落下すれば、俺の手のひらに真上にちょうど鞄の紐が乗り、それを掴んで持ち上げるところまでイメージができていた。
しかし、手に引っかかるはずだったそれは、自重でするりと指から滑り降ち、床にぶつかると鈍い音を立てた。
「え、え?」
俺は訳が分からないと、落下した鞄と小波さんとを交互に見比べる。
「理由はこれ」
小波さんが取り出したそれは、まごう事なき鉄板だった。
「……(パクパク)」
女子高生の鞄からは想像もつかない
「いやわかるよ、影浦が言いたいことは良く解る。なんで
小波さんは指をさし、こてっと可愛らしく首を傾げてみせた。
並みの男子高校生なら、この小悪魔的笑顔に全ての失態を許してしまうだろう。下手をすればお金だって望むがままに渡してしまうかもしれない。
しかし、俺の
「コレ、じゃねーよ!なんてもんで叩いてんだ!あやうく保健室じゃなくて三途の川に行くところだったじゃねーか!それになんだ、わざわざ重り持ち歩く習慣のある奴って、どこの亀〇流だ!」
俺は小波に詰め寄り、できたこぶを指して捲くし立てた。
「は、はぁ!?誰が亀〇流よ、あの人の悪口を言うことは絶対に許さないから!あれは武器にもなりトレーニングもできる、一粒で二度おいしい画期的な方法なの護身方なの」
小波も負けじと威勢よく、鉄板の効能について語りだす。
「危うくその一撃で二人の人生を棒に振るかもしれなかったんだぞ!」
「そもそも、あんたが私にコーラを渡して、あまつさえ噴きこぼれさせたうえに、スカートの中に、その、て、手を入れてまさぐったのが悪いんでしょ!」
「言い方!言い方に悪意があるぞ。あとその件については誠に申し訳ございませんでした」
それからしばらくの間押し問答が続き、俺と小波との言い争いは苛烈を極めた。
先輩が「もう、もうやめて、苦しい、笑い死ぬっ」と、お腹を抱えながら仲介に入ったおかげで、その場は事なきを得た。
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