第八話:新入部員
俺と小波はひとまず落ち着きを取り戻し、良好とはいえないまでも『クラスメイト』として最低限の関係性に落ち着いた。
「とりあえず、互いに遺恨は残さない、この件に関しては和解したってことでいいかな。えっと、小波さん?」
「小波でいいよ。つか同い年じゃん」
「もしかして浪人生?」と確認してきたので、手を振って否定した。
「あと敬語っぽいのもやめない?なんか気持ち悪いし、さっきまで散々ため口で言い争ってたじゃん」
「いや、流石に感情的になりすぎたと反省しておりまして」
「いいから、次から普通に喋って。そっちのが良い」
その透き通った翠の瞳にまっすぐな感情をのせられると、こちらも従うしかなかった。
「わ、分かった。善処する」
「ん、それで良し」
彼女の不意にほころんだ微笑は、これまでの関係性を一歩、いや半歩前進させる証明になった。それが無性に嬉しくて、ついゆるみそうな頬を口を丸めて誤魔化す。
「よーし、それじゃ五十鈴ちゃん。ここからが本題なんだけど」
先輩は俺と小波との間に割って入り、まるで遠慮のない政治報道の新聞記者のようにエアマイクを突き立てた。
「五十鈴ちゃん、中学で部活やってた?」
「い、いいえ」
「じゃあまだ部活は決まってない?」
「は、はい」
「じゃあさ、そんな五十鈴ちゃんにとってオススメの部活があるんだけど、入らない?」
矢継ぎ早に質問を繰り返し、小波は『はい』と『いいえ』で回答するのがいっぱいいっぱいといった様子。考える間を与えないあたりが何ともいやらしい。
だが、流石に最後の質問は冷静に受け取り、小波は逆に質問を重ねる。
「それは、先輩の所属している部活に私を勧誘しているって意味で合ってますか?」
「そう、話が早くて助かるよ」
「えっと、先輩は何の部活に所属しているんですか」
「SA部」
「そうですか、SA……、SA?」
「Student Assistant、略してSA。生徒の悩み、学校生活や教育、養育上の問題など、さまざまな相談に対応。いじめや暴力、不登校などの問題や、発達の課題、家庭環境や親子関係の課題など、児童・生徒が抱えるさまざまな課題について真摯にご相談承ります。相談には電話による相談と、来所をしての継続した相談があります」
先輩は今朝俺に説明した内容を、そのままコピペして、自動音声で読み上げたように一言一句違わず説明した。
小波はつらつらと並びたてられる言葉を理解するのに必死で、「えっと、つまり?」と当惑しているのが分かり易く見て取れる。
(今朝の俺も、こんな感じでやりこめられてたんだろうな……)
部活動勧誘をしているだけなのに、なぜだろう、マルチ商法の被害者を作りだしてしまった気分は。
俺は良心が痛むので、先輩には悪いが小波に助け舟を出すことにした。
「つまり、学生相談室みたいなことを部活動でやろうって感じ、らしい。部活動としてなら相談しにくる生徒の心理的なハードルも下がるだろうからってことなんだと思う、多分」
「さっきから不確定な情報しか伝わってこないんですけど。影浦はここの部員なんじゃないの?」
「そんなこと言われても、こっちだって今朝入部を決めた新入部員(仮)なんだ。というか、こっちが詳しく聞きたいぐらいだ」
「あんた、なんでそんな部活に入ろうと思ったのよ」
ごもっともだった。
美人になら騙されてもいいと思った、とは言わないでおこう。
多分、蔑んだ目で見られそうだから。
「お願い五十鈴ちゃん!。部活は絶対に加入しないといけないし、この部活が忙しいのは依頼人が来た時だけ、普段は空き教室みたいに使ってもらってOK!。ここなら部員以外は入れないし、静かに本を読みたいとか、自習したいとき図書館が混んでいる時なんかに持って来いだよ!。どうどう、五十鈴ちゃん、五十鈴ちゃんにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「まあ、たしかにそうですね」
「五十鈴ちゃんみたいに可愛くて、華がある女子がいると部活にも活気が出るってもんだよ!このままだと私と影浦君、二人だけの寂しい部活になっちゃう」
遠回しに華のない人間呼ばわりされた気がする。
先輩はしきりに拝み倒し、餌をねだる子犬みたいにつぶらな瞳と輝きでなし崩しに来た。
「~~~!!」
小波は思わず伸ばしてしまいそうな手を、撫でてしまいたくなる衝動を、右手首を握りしめることで必死に抑える。先輩のくせっけで、少し跳ねた髪の毛がまた母性本能を刺激する。
「~っ、はぁ、分かりました。特に部活も決めていなかったし、私もSA部?に入部します」
小波は葛藤の末、全身全霊の誠意に屈し、先輩の頭を撫でると共に入部を決心した。先輩もまんざらでもなさそうに、気持ちよく撫でられている。ちょっとそこ変わって欲しい。
「本当によかったのか?」
部員が増えることは嬉しいことだが、兼部が許されていない以上、この決断が後々の高校生活にどんな影響を及ぼすかわからない。
小波は第一印象とは異なり人情に厚いようなので、なし崩しで決断を下したことに後悔しないだろうか。
「いいよ、本当に入りたい部活とかなかったし。それに私、案外先輩のこと嫌いじゃないかも。あんたも悪い奴じゃなさそうだしね」
「うう、五十鈴ちゃん、やっぱりいい子だよ~」と先輩が小波にしがみつき、それに応えるように「よしよし」と頭を撫でた。これではどちらが年上か分からない。
小波の俺に対する評価は『悪い奴じゃない』にとどまったらしい。俺としては関係修復を測れたので、とりあえず及第点といったところだろう。
(それはそれとして、女子生徒が密着し合っているのをまじかで見るのは、なんか、こう、背徳感があるのは何故だろう)
百合は介入するのではなく、ただひたすら無機物となって傍観すべし。
その戒律を破っているからこその背徳だろうか。
俺は頭を振るい、煩悩を払い落とした。
「じゃあ改めてよろしく、小波」
「こっちこそ、よろしく影浦」
和解ではなく、友好を深めるための握手。
握手という一歩目を踏み出した俺たちの間には、これまで険悪だったのが嘘のように、その影は微塵も残っていなかった。
そこにあるのは、先輩の髪の毛をわしゃわしゃしていたせいで妙に生暖かいなと感じながら、必死にその煩悩を押し殺す一人の男子高校生と、そんなこととは微塵も思っていない二人の女子高生がいるだけであった。
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