第七話-①:裏腹
「ささ、入って入って~」と扉を抑える先輩の前を通り、俺と小波さんは順々に部室にはいっていく。
壁際にはスチール製の本棚が佇んでおり、そこには様々な作家の小説や文芸誌が整然と並べられている。ミステリーから恋愛小説まで、本の背表紙には様々な色彩が映える。
部室の広さは普通の教室の半分程度。中央には幅広の長机が据えられ、奥にはひじ掛け椅子とデスクトップPCが配置されていた。PCモニターの横には、『部長席』と書かれた卓上アクリルプレートが、いやに目につくような配置で置かれている。
部室の両サイドには使い込まれた黒板。入口付近にはハンガーラックとホワイトボード。奥の壁際には冷蔵庫が備えられ、その横の棚には仕舞われた雑貨が見え隠れしている。
(なんか、ものすごい生活感がある……)
先輩の話が本当なら、SA部は今年設立(予定)の部活動のはず。
部室があることも驚きだが、これだけの備品が備わっているなんて不思議でならない。
「先輩、ここって本当にSA部の部室なんですか?あまりにも綺麗すぎるというか」
「ああそれはね、ここは去年まで文芸部が活動していた部室だったんだよ」
先輩は本棚に向かって指をさす。
「あの本も、去年まで活動していた文芸部たちの本がそのまま残ってるの。まあ読まなくなった本の置き場になってるだけだけどね。ほら、あそこに『青春』って文集が置いてあるでしょ。いわゆる活動実績ってやつだね」
令和四年度のものから平成、昭和に至るまで、数多くの文集が並べられている。真っ白なページのものから色褪せてしまったものまで、確かに引き継がれて今に至る。
「これだけしっかりと活動をしていたのに、なぜ廃部になってしまったんですか?」と小波さんが聞いた。
俺も同じような疑問を抱いていたため、先輩の答えを待つ。
「少し前まではちゃんとしてたんだよ。でも去年の部長になったひとがオタクだったみたいでね。本棚をライトノベルや漫画で埋め尽くすやら、文集作成用のPCでギャルゲーをやっていたりだとか、天井のモニターを使ってアニメ鑑賞会をやったりとか。散々だったらしいよ」
「……絵にかいたような転落劇ですね」
先輩は「まだまだあるよ~」と、前年度の文芸部黒歴史を指折り唱えながら語ってくれたが、『文集の半分以上を、自作のラブコメ小説で埋めた』のを聞いたあたりでお腹いっぱいになり、聞くのをやめた。
歴代の文芸部が積み重ねてきた実績が、たった一人の人間によって水の泡と化してしまった。なんとあっけない幕引きだろう。OBOGも報われない。
「こんな感じで色々やらかして、最終的には『AI搭載の美少女ロボット』を作りだしてしまい、『本来の活動方針を明らかに逸脱している』と前生徒会長直々に廃部を言い渡されたわけ」
「この学校、有名な進学校だと思ってたんですけど
「一応、苦し紛れに実装した『過去の名作小説を、美少女の声で再生できる機能』が備わってて、『ドグラ・マグラ』とか朗読してくれたんだけど、まあ余計悪印象を植え付けたよね」
うへぇっと、俺は思わず苦虫をかみつぶした表情を向けてしまう。小波さんはというと、そもそも『ドグラ・マグラ』を知らないのか、頭に疑問符を乗せていた。
「チョイス最悪ですね……。あれで
「お、影浦くんよく知ってるね。なんでもその部長、妹属性があったらしいよ。私あの語りパート聞いちゃったんだよね」
「ホント怖かった~」と先輩は寒気をこらえるように腕を抱き寄せて摩った。
それはそうだろう。作中でも※『虚空につるし上げる程のモノスゴイ純情の叫び』と称されるほどだ。
文字通り、つるし上げを食らったのは部長だった訳だけど。
「先輩、先輩、ちょっと」
俺は先輩を部室の奥に連れて行き、小波さんに聞かれないよう声を抑えて本題を問うた。
「結局、小波さんを連れてきた理由はなんなんですか?」
先輩は「そりゃあ、ねぇ」ともったいつけるような、いたずらを楽しんでいるような表情で指をそわそわさせている。
俺が眉間に皺をよせたのに気づいてか、ようやく答えてくれた。
「それはね、先輩として初めてできた部活の後輩のために、『恋のキューピット』になってあげようと思ってさ」
人差し指を重ね、ゆっくりと弧を描く。その形が何なのか、『恋のキューピット』の発言から何となく推察できた。ハートマークだ。
ぽかんと口を開いていると、先輩が続けざまに言った。
「影浦くん、五十鈴ちゃんの事が気になってるんでしょ?」
「ちっがいますよ!」
せっかくひそひそと声を抑えていたのに、反射的に大声が出てしまった。
パイプ椅子に座っていた小波さんは驚きのあまり席を立ち、俺は「な。何でもないから」と席に落ち着けた。
「何勘違いしてるんですか!」と思わず拳に力が入る。
「あれ?違うの。教室でちらちら五十鈴ちゃんのこと見てたし、五十鈴ちゃん可愛から、影浦くんのきょどり方からして絶対そうだと思ったんだけどな~」
「検討違いもいいところですよ!いいですか、あれはですね……」
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※夢野久作著
『ドグラマグラ』(青空文庫 kindle version)
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