第十六話-①:金曜日
「見つからないな……」
「はい……」
俺と秋野は二人で大福捜索へと繰り出し、住宅街を練り歩いていた。水曜日から捜索を始め今日で三日目の放課後。大福と仲良くなるどころか、お目にかかることもなく今週が終わろうとしている。
(部活動勧誘期間も今日で終わりか……)
秋野の依頼を任されてから、先輩の近況報告は一つもない。こっちから何度かメッセージを送ってみたが、既読もつかないまま。あの先輩が、このまま何も手を打たないとは考えにくいが、もしも進捗が芳しくなかった場合、月曜日の放課後をタイムリミットにSA部は無くなる。
勿論、秋野にはそのことについて一切情報を明かしていない。もし部活が無くなったとしても、この依頼だけは最後まで続けるつもりだが、どうしても気になってしまう。
そんな焦る気持ちを悟られないよう、俺は秋野に話を持ち掛けた。
「小波も、タイミング悪いよな」
「しょうがないです。『風邪は百病のもと』と呼ばれるぐらいですから、どれだけ気を付けていても、かかるときはかかります」
そう、小波は今日に限って病欠。
本人は張ってでも行くつもりだとメッセージがきたので、悪化されても困る、と丁重にお断りをした。
正直、捜索に関していえば小波はあまり戦力にならないので問題ないが、秋野と二人きりの時間が、こう、とてつもなくぎこちない感じになってしまい、困っている。
(女子中学生との雑談って何を話せばいいんだ? もう天気と今日あった学校の話は済んじゃったし、ネタがない……)
普段結花と話すときも、だいたい結花が話の起点を作ってくれるし、俺から話しかける時は用事がある時がほとんどだから役に立たない。
(こういう時に先輩がいると、ホント楽なんだけどな)
頼りにしたい時にいない先輩である。
(それにしても、今日に限って『一緒に探しに行きましょう』ってどうしたんだ?)
本当なら、今日も別々に行動し、範囲を広げて大福の捜索をするつもりだったのだが、急遽秋野の提案により一緒に捜索をすることになった。理由聞こうとしたが、物憂げに、とても後ろめたい表情をしながら言う秋野を前にして、追及をすることはできなかった。
「影浦先輩」
「ど、どうした」
思考するのに夢中で、隣を歩く秋野の事がすっぽり抜けていた。もしかして、機嫌が悪いように映っただろうか。俺は秋野の言葉を待つ。
「正直言って、私の事、どう思いますか」
「どうって……え、え?」
意図が、解らなかった。
(それは、もしかして、一般的な意見としての評価を聞いているのか? それとも俺個人に対して恋愛対象になるかどうかを聞いているのか? いやいや、そもそもどうしてこんな会話の流れでそんな話をぶっこんでくるんだ!)
もしかして、秋野が『一緒に探しに行きましょう』と提案したのは、この質問をするため、二人きりの状況を作りたかったからなのか。
予想外の方向から質問を投げつけられ、まとまった言葉が出てこない。喋ろうとしても、一言二言、喉に詰まらせたように言葉が引っ掛かって、空気に触れると同時にもう霧散し届かない。
「すみません、変なこと聞いてしまって。いいんです、自分が一番よく分かってますから。私が、自分勝手で、卑しいやつだって」
秋野は歩みを止めた。俺は自分の考えがくるっと正反対を向いていたことに気が付いて、すぐさま話に集中する。
「知ってますか先輩、猫って人間よりも人の本質を見抜く力が優れているんです。どれだけ人前で愛想を振りまいたって、どれほど周りからの評判が良くたって、その人の本質が『悪』なら、猫から好かれることはありません。猫は自分にとって善人か悪人か、それを見抜いて、近づく人間を選びます。私が大福に嫌われているのも、そういう事、なんだと思います」
「いや、いやいや、それはおかしいだろ。大福は野良猫なんだから、もともと警戒心は人一倍強いわけで、そもそも秋野が嫌われていると決まったわけじゃない」
「そうでしょうか。私はもう何度も大福に仲良くなりたいと近づいて、逃げられるか踏み台にされるかしています。最近は、これだけ手伝って探しても見つかりもしない。きっと、大福に見破られたんです、私がどんな人間かどうか」
秋野は自嘲気味に口角を上げてみせたが、そこには隠しきれない悲しみの念が見える。報われないものだと諦めようとして、それでも大福への想いが反発している。諦めようとしている実、俺たちに頼んだ手前もあって踏ん切りが付かずにいるのだろう。それどこか、最後の審判を他人に委ねようとしていた。
(なんだ、それ。そんなんで納得できるのか)
あいつは、大福が好きなんだろう。誰にも話せない秘密を、リスクを覚悟で一歩踏み出したんだろう。それなのに、たった数日見つからなかっただけで、あきらめてしまうのか。その程度のものだったのか。
(俺には、理解できない。例え俺が『お前は猫には好かれない、卑しい人間だ』と言ったとして、そんな他人の言葉で納得して諦められるのか?)
俺と同じであって欲しいなんて微塵も思ってはいないけれど、秋野の想いは真っすぐで純粋だ。卑しい、なんて卑下していいはずがない。
俺は秋野に、大福との関係を諦めてほしくない。尽くせるだけの全てを尽くして、それでも無理ならまた考えればいい。好きなら、全てを賭けたって後悔しないはずだ。
(ただ、それをなんて伝えればいいんだ)
一方的な押し付けをしたいわけじゃない。間違っていないことを伝えて、でもあきらめてほしくもなくて、でも、それは結局押し付ける事と同義なわけで。
俺がうだうだと考えているうちに、気付けば初めて秋野と大福に出会った石垣の小道に辿り着いていた。
「あっ」
秋野が不意に声を漏らすのが聞こえ、俺は下がった視線を上に持ち上げる。
「大福……」
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