第十四話:まだ水曜日


「これより、秋野ちゃんと大福の親密度を爆上げしよう作戦を開始します。準備はいい影浦、今回は大事な大事な初日だからね。気合い入れてやるわよ。SA部のため、なにより秋野ちゃんの願いを叶えるため!」


 清々しい朝の陽気に似つかわしくない、それはそれは大きな声で高らかに鼓舞する小波。俺と秋野はやや離れた位置、正確には知り合いと他人の境界線ギリギリの距離に立ち、石垣の角から人が歩いてこないかを気にしていた。


(こんなにもイキイキした小波は、入学してから初めて見た気がする。こいつ、秋野の事になると他が見えなくなるな)


 俺たちは昨日の放課後、秋野の相談内容を聞き終えると、早朝によく大福が現れるという、石垣に挟まれるようにしてできた小道へと集合することにして、その日は解散した。


 本当なら、秋野から大福の性格を聞いたり、これまで実行してきた仲良し作戦の全貌を聞いて、今日の日に備えた作戦会議をする予定だったのに、小波が、秋野のような小動物系美少女に対しての免疫が皆無だったため『これでは作戦にも支障がでる』という先輩の立案の下『小波を秋野に慣れさせる』ことを優先させた結果、下校時間ギリギリまで時間を使ってしまった。


「ご、ご趣味は?」、「好きな食べ物は?」、「お休みの日は何を?」など、恋愛のれの字も知らない生娘がお見合いする光景を延々見せられた挙句、スマホゲームで遊んでいた俺に『目が見られないから、秋野の表情を逐一伝えて欲しい』とお願いされ、もっとも無意味な仲介を経験する羽目になった。


(大福のことをしゃべるとき以外、秋野はあまり表情を変えないから説明に困る。秋野も秋野で、自分の表情を実況されているようなもんだから、居心地悪そうだし、嫌な板挟みだった……)


 あんな板挟みは二度と御免だ。


 昨日の放課後から今日までの約半日の間に、これまで見たことのない小波の素顔を幾度となく目撃することとなった。意外な一面を知れた、といえば聞こえはいいが、悪癖を目撃してもスキャンダルでしかない。


 しかしその苦労の甲斐あってか、小波は時折目を合わせ、ひと一人分の距離を保った状態であれば、日常会話ができる程度の免疫を獲得した。そのため、三人で並んで歩く時の並びは必然、小波、俺、秋野の順番。両手に華なんて男性冥利につきるはずなのに、使われ方としては物差し定規なので素直に喜べない。


「影浦先輩、小波先輩はどうして、その、あんな感じなんでしょうか?」


 俺のを袖を摘み、秋野が言う。


 俺と同様に、秋野にとっても初めての経験、というか初めて遭遇する人種なのだろう。小波の状態を『あんな感じ』としか形容できていない当たり、困惑しているのが伺える。


「すまん秋野、許してやってくれ。これまで後輩というものに縁がなかったから舞い上がってるんだ」

 

 これでも部活仲間のよしみだ、多少は尊厳を守ってやらねば。


「そう、なんですか。先輩は、舞い上がらないんですか?」


 なんか、それだと空高く飛び上がる意味に聞こえる。


 そういえば、あまり深く考えたことがなかったが、言われてみれば俺にとっても秋野は初めて関わりのできた後輩だ。夢にまで見た、同じ学校に通う、後輩女子。


 だというのに、なぜだろう、出会い方が特殊過ぎたせいもあるだろうけど、結花と同学年とあって、女子生徒というよりも妹と接している感覚だ。


 未だ同学年の、小波を除く女子生徒とは挨拶しか交わせていないのに、秋野とは出会ってからごく自然に、下手に敬語を使うことなく会話が成立しているのがその証拠だった。


 そのおかげで、というべきか、そのせいで、というべきか。『甘々ハイスクールライフ』の恋人候補からは、無意識に外してしまっている気がする。


(おかげでコミュ障な先輩ってバレずにすんでるから、良しとするか)


「俺は、まあ、舞い上がるとは違うかな。少しだけ、わくわくしてるって感じ」

「わくわく、ですか?。大福に会えるから?」

「いや、そっちは特に興味が……って嘘嘘、めっちゃ会いたい!だからそんな凄むなって!」


 表情こそ変化ないのに、どすぐろい感情の流布が、今にも反猫信者を取り込もうと立ち込めてきたので急いでなだめる。想い続け、重くなり過ぎた愛の片鱗を覗いてしまった気分だった。


「実は、部活動をするのが初めてなんだ。中学の時は、その、趣味に没頭してたから。だからこういう、みんなで協力して何かに取り組むっていうのが、思ってたよりも楽しみなのかもな。年甲斐もなく、わくわくしてるんだよ」

「そういう、ものですか」

「秋野は部活、やったことないのか?」

「……はい。友達に誘われたこともあったんですけど、全部断ったんです」

「どうして?」

「みんな運動部なんですけど、私、運動音痴だから」

「あー、それはなんというか……」


 微妙、辛い、しんどい。


 考えあぐねた末、後に続く言葉は出てこなかった。そのせいで、なんだか気まずいことを聞いてしまった空気になる。

 

(こういう時、なんて言って返すのが正解なんだろう)


 自分の経験したこと、知っていることならすぐにでも答えられる。だが、理解できないこと、共感できていないことを、あたかもそうしているように振る舞うことが、俺にはできない。


 だって、それは、いい加減に振る舞う事だから。その人のことを無下に扱うのと同義だから。


 もしかしたらこの話に大した意味なんてないのかもしれない。友達は形式上誘っただけかもしれないし、秋野は全然気にしていなくて、ただの雑談のつもりだったかもしれない。


 隣をちらりと覗いてみるが、表情はいつもと同じで、冷戦沈着が似合う秋野澄玲だった。


「二人とも何ぼさっとしてるの。大福が近くに来てるかも知れないんだから、もっと静かに」


 そんな事を考えている間も、小波は一人、大福の捜索に取り組んでいた。そこだけを切り取ってみれば、人一倍部活熱心な先輩に見えるのに、携帯用の折りたたみ虫網を片手に持っているせいで『時季外れの虫取り少女』感がすごい。


「小波先輩って、かわいいですよね」

「一様聞くけど、それって容姿を褒めてるわけじゃないよな」

「さぁ、どっちでしょう」と、秋野は引き結んだ口角をほんの少しだけ吊り上げて、微笑んだ。


 秋野が小波のもとへ駆け出す。


 俺は一瞬間をあけて、後を追った。


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