第五話②:日本人の九割はラグビーとアメフトの違いをよくわかってない

 

 『SA部 入部希望届』


 ……なんだこれ。


「何ですかこれ」

「Student Assistant、略してSA。生徒の悩み、学校生活や教育、養育上の問題など、さまざまな相談に対応。いじめや暴力、不登校などの問題や、発達の課題、家庭環境や親子関係の課題など、児童・生徒が抱えるさまざまな課題について真摯にご相談承ります。相談には電話による相談と、来所をしての継続した相談があります」

「……どこかのスクールカウンセラーが使ってる紹介文句をそのままコピペしたみたいな文章ですね」

「すごい!さすがだねワトスンくん。今なら助手の席があいているから、是非一緒に私立探偵を目指さないか」

「本当にコピペだったんですか!というかあなたはホームズじゃないでしょうアイリーン」

「おっと、そうだった。魅力的な提案だと思ったけど仕方ない、部活の先輩後輩という関係に落ち着くとしようか」

「いや、まだ入るなんて一言も言ってないんですけど……」


 駄目だ、このままでは先輩のペースに引き込まれて『綺麗なお姉さんについていったらいつの間にか200万円の肖像画を買わされていた』なんてことになりかねない。俺なら、十二分にある。


(世の中にはぼったくりバーよろしく、こういった美人局つつもたせのような手法はごまんとあるというのだから、人間は恐ろしく欲深い)


「それにさ、君って受験組でしょ?」

「はい、そうですけど……」


 あれ、受験組だってこと言ったかな?


「やっぱり。君、この部活動勧誘をみてすごく驚いてたでしょ。中等部から通っていれば見慣れた光景だからね。だったらさ、やっぱり君は私の部活に入るべきだとおもうんだよね」

「な、なんでですか」

江路南うちってさ、去年から『部活動の強制加入』が義務付けれたから、家庭の事情とかを除いて何かしらの部活に入らないといけないんだよ」

「マジですか」


 いきなりの初耳情報。まあどっちにしろ関係ない。


 そもそも部活は最初から始める気だったし、なんなら複数の部活を掛け持ちするつもりでいた。


 やはり部活動イベントは、出会いを求めるものとしては欠かせないファクター。アルバイトだってするつもりだし、スポーツ漫画のような全国大会でも目指している部活を選ばなければ両立は難しくない。


「それに、大抵の人は中学から付き合いがあるわけ。先輩もほとんど顔ぶれ一緒。そんな『既に出来上がったグループ』を前に、君は割って入っていくことができるのかな?」

「ぐはぁ!」


 た、確かに厳しい。非常に厳しい!


 それは昨日、嫌というほど舐めさせらえれた辛酸の記憶。


 同じクラスに知り合いゼロ、周りは同郷同士で固まるグループばかり、唯一見つけた試験組の人間には寝込みを狙われる始末。


 とてもじゃないが一朝一夕でどうこうできる問題じゃない。


「ま、まあ、部活には入るつもりでいましたから、別に、先輩の部活にも入ってあげないこともないですよ?他の部活に顔を出さないときとか、ちょこっと暇になったらとかでよければですけど?」

「あれ、もしかして知らない?うちって兼部も駄目なんだよ。前に部活動の予算を多くしてもらうと、実績もろくに作れてないくせに部員数を多くして口実を作ろとした歴代野球部主将の磯貝勝男いそがいかつお君がいてね。公式戦にでるのもやっとなくせに、部員数50人とか書いてよこしてきて。ホント困った勝男くんだったよ」

「やけに具体的な事例が出てきましたね」


 そしてなんてこざかしいことを考えそうな名前の主将なんだ。

 俺はどんどん外堀を埋められて行き、なかなか抜け出す糸口が見いだせずにいた。


「あれ、でもさっきの先輩の話でいけば、先輩の部活にだって既にグループが出来上がっていることになりませんか?」

「おや、分からんのかねワトスンくん」

「もうそういうのいいんで、はやく教えてください」

「冷たいな~、いいけど。それはSA部が、今年初めて創設される部活だからだよ」


 彼女は一層大きく、声か高らかに言ってのけた。

 腰に手を当てるタイミング、合っているのだろうか。その豊満な胸と一緒にしまっておいた方が世のためな気がする。


「私も去年までは帰宅部だったんだけどさ~、『部活動の強制加入』が始まって、未所属だった二年生も対象になっちゃったんだよ。流石に三年生は受験もあるから免除されたけど。それでもさ、今から新しく部活に入るって、さっきも言ったけど微妙じゃん?みんな仲いいグループできてるし、空気乱すのも嫌だし。だから重い腰を上げて、いっちょ新しい場所作っちゃりますか!って一念発起したわけ」


『部活動の強制加入』


 誰が取り決めた施策か知らないが、話を聞く限り、一番影響が出ているのは現二年生の未所属だった生徒のようだ。考えてみれば当然で、今まで帰宅部だった生徒にはクラス内でのコミュニティが全て。人間関係を構築する二大要素は『物理的距離』と『時間』。その『時間』に一年ものハンデを背負って馴染むには、相当な覚悟が必要だろう。


 しかし、今、俺の頭をもんもんと埋め尽くしているのは、そんな先輩への同情心などではなく、男子高校生の純情をくすぐる一つの事実だった。


「じゃあ、なんですか、もしかしてまだ部員って……」

「そう、君と私の二人だけ」


 先輩は人差し指を交互に刺し、読唇でも読み取れそうなほどハッキリと、艶やかな唇と動かした。


 二人、だけ。


 その一言は、影浦雅人の脳内に幾星霜いくせいそうにも及ぶ妄想の流星群を降って沸かせた。


(性格、いや人間性?に多少の難はあれど、こんなに美人でたわわな先輩と、二人だけの部活動。部室で一緒におしゃべりしたり、途中まで一緒に下校したり、いづれ先輩後輩という関係に収まりきらない、二人だけの特別な関係、『恋人』へ発展。先に卒業する先輩を追いかけ難関校に挑み、キャンパスライフを共にする中で『一緒に暮らさないか』と指輪代わりのペアリングを……)


「おーい、聞いてる~」


 老後に孫と膝に乗せ、蜜柑みかんを食べるまでのサクセスストーリを思い浮かべていると、先輩の手がぶんぶんと妄想をかき消していく。


 いけないいけない、捗ってしまった。


(いい、想像以上に甘美な響きだ『二人きり』。『甘々ハイスクールライフ』実現に向けて大きな一歩だぞ!)


「分かりました先輩。俺、この何かよく分からない部活に入ります!一緒に深く、甘い時を刻んでいきましょう!」と俺が握手を求め手を差し出すと、先輩はすぐさま握り返してくれた。

「うん、SA部ね。よしよし、お姉さんも嬉しいよ。はいこれ入部届ね、クラスと名前だけ書いたら入部動機はこっちで筆跡真似て書いておくから」


 俺は言われるがまま、その場で入部届に名前を記載した。


 あの時、高額な肖像画を買わされるだろうビジョンが一瞬見え隠れしたが、『美人になら騙されてもいい』という新しい見地に足を踏み入れた瞬間だったのかもしれない。

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