第五話①:日本人の九割はラグビーとアメフトの違いをよくわかってない
「今サッカー部に入部すると、もれなく部活後には果汁100%スムージーが付いてくる特典付き!男子は若干名、女子マネージャーはどしどし募集中でーす!」
「野球部では、夏の期間中に汗制スプレーや汗拭きシート、冬場は保湿クリームなどの化粧品を無料提供します!こちらは全て女子部員の入部特典となっております!」
「何だこれは……」
正門前が、とても地域性を感じるリオのサンバカーニバルみたいく、お祭り状態になっていた。
パレードの先頭を牛耳るラグビー部とアメフト部の、実に肉々しい入り口から始まり、ユニフォームを着た生徒が立ち並ぶ運動部集団、後続には各々の部活を象徴する備品を持った文芸部集団。
中でも動物メイクを施し、全身を虎柄の衣装で着飾った仮装集団は一際目を引いた。
昨日、ギャルさんが持ってきてくれたプリントの中にあった『部活動勧誘解禁のお知らせ』。適当に読み流してしまったが、いやはや、想像の三倍は賑やか、というよりやかましい催しだったようである。
どうやら入学式の翌日から正門前を陣取って、新入生の部活動勧誘を行うことが慣例行事となっているらしい。遠くからでもその活気に当てられ、体温がふつふつと上がっていくようだ。
ロケ撮影でみるような物々しい機材を抱え、生徒にマイクを向け取材を行っているアナウンサーらしき人もおり、どうやらこの行事は地域一帯でかなり有名なものらしい。
「あれに飛び込んでいくとか絶対に嫌なんだが」
正門より少し離れたわき道から、石垣の影に隠れてかれこれ十分近く傍観していた。既に数グループの生徒があのヘル・ゲートに入っていったが、みな楽しそうに、まるで物見遊山にでも来ている観光客のように素通りしていった。
他にもチラシだけ貰って通りすぎたり、ヘッドホンをしてさも興味がないアピールをしたり、みな一様に持ち前のスルースキルを発揮してはパレードを通過している。
「意味が解らない……イマドキ現代っ子はあんなにもふてぶてしく、図太い精神が
俺は駅前で配られるポケットティッシュは必ず貰うし、献血をお願いされればすぐに血を提供する。街頭アンケートを依頼されれば、本名と電話番号まできっちり書いてしまう。そのせいで、知らない電話番号から電話がかかってきたこともあったし、何度着拒してもまた別の電話番号からかかってくる。
後で調べたら『イマカワ!今、変われない君に価値はない』とかいう怪しい自己啓発セミナーの会員入会を迫るものだったらしい。ネット掲示板には、アンケートで書いた情報をネタに
あの時ほど、人を心から怖いと思ったこともないかもしれない。
「あの時は本当に困った」
「何がそんなに困ったの?」
「いや、そのあとも街頭インタビューの時に……」
「時に?」
会話が成立していることに違和感を覚え、言葉を途切る。
振り返るとそこには、わずか数センチといった距離に女性の顔があった。
「”#$%&¥”#$%&|!!(言葉にならない声)」
「うわっ、なになにびっくりした~」
「だ、だ、だ、誰ですか!?」
俺はしりもちをつき、何とも締まらない態勢のまま質問した。
「私?私は、そうだな……アイリーン・アドラーとでも名乗っておこうかな」と、胸に手のひらを当てて答える。
(あ、この人変な人だ。)
さっきまでの、驚くほど緊張していたのが嘘のように冷静になった。
アイリーンを名乗る女は腰に手をあて、二本に束ねたおさげ髪の一方を、まるで長髪をなびかせるように払う。豊満な胸に収まらない程の自信と活気が満ちているようで、見た目との印象が激しくちぐはぐだった。いままで出会ったことのないタイプの文学少女だが、どこか違和感がぬぐえない。
「じゃああなたの事を話題に出すときは『あの女子生徒』って言えばいいですかね」
「お、君、推理小説を嗜む口かい?」
アイリーン・アドラー。
アーサー・コナン・ドイル原作の『シャーロック・ホームズシリーズ』に登場する女性キャラクターの一人。
どんな難事件も鋭い観察眼と柔軟な発想、常識に囚われない仮説によって解決してきた名探偵ホームズを、唯一出し抜いた頭の切れる女性。ホームズがアイリーンのことを語る際「あの
「まあ、これまで落としてきた女性の中に、推理小説好きな文学少女も結構いたので、その影響でね」
「そっか、そっか。まあそれはどうでもいいんだけど」
そう言って彼女は一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。
「入部届……って、まさかの勧誘!ここにまで魔の手が迫っていたのか」
「いやいや魔の手って。健全な部活動勧誘だよ~」と自称アイリーンは手を振って否定した。
「あれ、でも部活動勧誘ってみんな正門前でやってるけど、ここで勧誘してもいいのか?」
「駄目だよ」
「全然健全じゃない!」
なんだろう、いちいち疲れる人だな。
ブレザーの襟にとめられたピンバッジの校章の色は青、つまり同学年。同い年とは思えないほどの社交性、いや干渉能力、悪くいえば不躾な人間だった。
「もしかして、もう入部が決まってる人って以外に多いのか?」
一年である彼女がここで勧誘をしているということは、既に部活動に入部し、勧誘を命じられたということ。新入部員に非合法勧誘をやらせる辺り、ろくな部活ではないのだろうけど。
「そんなことはないんじゃないかな。部活動勧誘期間中は入部できない決まりだからね。それに、せっかくなら別の部活に入りたいって人は結構いるよ。私のクラスの子にも、中学でテニスだったけど高校ではバドミントン部に入ったこもいるし、もともとソフトボール部だったけどスカウトされて陸上部に入った子もいたしね」
なるほど。
確かに中学と同じ部活を選択するかは人それぞれか。
「いや、でも……ア、アイリーンは部活に入ってるんだろ」
「……誰?」
「あんたがそう名乗ったんだろ!」
「あはは、君は面白いね~。ちゃんと面倒臭がらずに突っ込んでくれる。ぜひとも欲しい人材だ」
一瞬、碧い瞳の奥から放たれる気に身体が射すくめられる。たった一瞬の事だったのに、それまで弛緩していた空気に緩急をつけた分、鼓動が落ち着かない。
(なんか、嫌な感じだ)
俺は努めて冷静に振る舞おうと、適当な話題に話をふった。
「もしかして、
「ないない、私お笑いって嫌いだし。何となく大声と変顔と勢いで押し切ればいけると思ってる人は特に嫌い。あ、あと意味もなく裸になって笑いが取れると思ってる人も嫌い」
何やら地雷を踏んでしまったようだ。先ほどの震撼させる瞳と違い、にっこにこで『嫌い』と言われるとゾクゾク……いや本当に嫌いなんだろうって思う。
「でもそれなら、なんで部活勧誘なんてやってるんだ。正式な部員じゃないんだろ?」
「いいや、私は部員だよ」
「いや、だから、要は仮部員ってことで、一年生の正式な入部はまだできないって」
「私、二年生だもん」
自称アイリーンは左手で自分を指さしながら、右手でピースサインを向けてくる。
自分の頭が可笑しくなってしまったのかと疑ったが、彼女の校章はやはり青色に輝いている。
「だって、それ……」
「ああ、これ《校章》?演劇部の備品から借りたの。『部活動勧誘は正門前で行う事』ってルールがあって、というのも昔、正門前以外の場所で勧誘する部活動が多発しちゃってね。鬱陶しいから禁止にしちゃったの。だから、ここらへんでうろついてる上級生がいるとすぐに生徒会に通報されて、所属している部活は連帯責任で部費減額、最悪、活動休止勧告までされちゃうかもしれないんだよ」
「そんなタブーとされている事してるんですから、ほんと健全じゃないですよね」
「いや~照れますぜ」
何一つ褒めてないのに……
それにしたって、何故こんなにも危険な事をしてまで部活動勧誘なんてやるのだろうか。もしかして『おさげ女子
俺は入部届に一瞥した。
『SA部 入部希望届』
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