第十三話①:ホントの相談者


 かくかく、しかじか。


「と、いうわけなんだ。わかってもらえただろうか?」

「はい、おおむね」


 彼女、秋野澄玲あきのすみれは静かにうなずく。


 あの後、迷走した俺と小波の戦いを目の当たりにした秋野を連れ戻し、小波と先輩にはこれ以上話をややこしくさせないため給仕係を命じ、俺と秋野の一対一で誤解を解く場をセッティングした。


 案の定、『なぜ鉄板を持った女子生徒と、ポスターを抱きかかえた先輩が対峙しているのか』という質問が投げられ、先ほどのポスター議論と小波の鉄板所持に至った憧れの人とのエピソードを、脚色したうえにオブラートを包んで説明した。


 俺は部室での騒動の誤解を、必要最低限にまとめ説明し終え、喉を潤そうと紙コップに手を付ける。


「ちょっと、ちょっと影浦くん、こっち来て!」


 給仕係をお願いした二人は、なぜか飲み物を出し終えてからも椅子に座ることなく、何やら背後でこそこそしていたらしい。俺は二人の輪に加わり、秋野を背に密談を始める。


「なんですか」

「なんですか、じゃないよ。藪から棒に新しい女の子連れこんで」

「ちょっと、如何わしい言い方やめてください」


 連れ込むどころか、強引に頭下げて懇願したんだぞ。


「もしかして、影浦くんが新しく勧誘してきてくれたの?」

「残念ながら違います。話せば長くなるんですが……」


 俺は秋野と出会った今朝方の出来事を二人に説明した。彼女が猫に変装し、猫耳やら猫尻尾やら肉球グローブやらを所持していた箇所だけ省いて。


「ふ~ん、じゃあ澄玲ちゃんは、改めて影浦くんにお礼を言いに来たってとこかな」

「そうなんですかね」

「だってこの部活の事は説明してないんでしょ?。それ以外に、わざわざ部室までくる理由なんてないんじゃないかな」


 一応、保健室を出る間際にお礼は言ってもらった。俺としても、今朝の事を恩に着せるつもりもないし、ポスターの掲示でとんとんにしたつもりだった。


(しかし、これはチャンスかもしれない)


 秋野が今朝の件を恩に感じてくれていたのだとすれば、部員不足の件を話し、入部にこぎつけられるかもしれない。


(人の優しさに漬け込むあたり、やってることは俺俺詐欺と同じだな……)


 SA部に、いや、先輩に影響を受けてか、そんなテクニックだけ身についてしまった。俺は頭を振り、今は目の前の問題に集中せねばと、雑念を払った。


「……やばい、どうしよう」

「ど、どうした小波?」


 さっきから一言も発さず、ちらちらと秋野の方に視線を送っていた小波。ようやく会話に加わったかと思えば、落ち着きなく、秋野と視線が合う度、輪に逃げ込むように顔を伏せ、また視線を送る。さっきからこれの繰り返しだ。


(本当に、今日はどうしたんだ?)


「小波、さっきから何をきょろきょろ」と言い掛けた時だった。






「……めっっっっっっちゃ可愛いんだけど、秋野ちゃん!」






 きょろきょろして…………なんて?






「どうしよ影浦、秋野ちゃんめっちゃタイプなんだけど。なにあのお人形みたいに小さくて、髪サラサラで、瞳も宝石みたいにキラキラ透き通ってて、しかも声がめっちゃ可愛い!。あーもう本当にどうしたらいいんだろ、いきなり頭を撫でたりしたら嫌われちゃうかな?。髪の毛溶かしてあげるっていえば合法的に触れるかも。あ!でも今日ブラシ持ってきてない、どうしよう……」


 小波は一人、恋する乙女のような舞い上がり方をしている。


 先輩は「ね~、澄玲ちゃん可愛いよね~」と寄り添い、適当に相槌を打っている。


 俺も秋野が可愛い方に分類されることには納得だが、小波の反応は過剰すぎて、正直引く。


「影浦!」

「は、はい」

「なんとしても、秋野ちゃんをうちの部活に入部させなさい」

「は、はい?。何でおれが」

「私が行ったらどうにかなっちゃうでしょ!私が!。今、秋野ちゃんを至近距離に捉えて、自分を抑えられる自信がないの。だからお願い、いや命令よ。ぜっっっっったいに入部させてきて!」


 何の自慢にもなっていない。他力本願どころか命令だ。


「いい影浦、もし秋野ちゃんを無事入部させることができたら、何でも一ついうことを聞いてあげる」

「な、なんでも……」


 ごくり、と思わず唾を飲む。それは、思春期真っただ中の男子高校生には魅惑の言葉だった。


(小波のやつ、どういう意味か解って言ってるのか)


 『何でも』とは、そう、『何でも』ということだ。


 女子生徒に対し、男子高校生の考える『何でも』なんて、ほとんどピンクに近い、でもほんの少しだけ良心の呵責の色を付けたサーモンピンクのような『何でも』だ。


 すごいのは、これだけ千差万別の『何でも』が思い浮かぶのに、小波五十鈴という人間をその対象に当てはめた途端、最後には物理的に昇天するイメージしか沸いてこないこと。『何でも』が叶えられたが最後も最期、人生のエンディングに向かうことは必至だった。


 今、小波は間違いなく錯乱している。この約束すら、明日には熱と共に忘れてしまうだろう勢いだ。


「五十鈴ちゃん、どうどう。まずは澄玲ちゃんの来た目的を聞いてみないと」


「ね?」と先輩はウインクし、小波をなだめた。こういう時、一本場を絞めてみせるあたり、流石上級生。


 俺は先輩が小波の暴走を抑えている間に、秋野の向かいの椅子へと腰を下ろす。秋野は後ろのちらちら気にしている様子だったが、触れられても説明に困るので強引に話を切り替える。


「それで、秋野はどうしてわざわざうちの部室へ?」


 警戒心の強い猫をなだめるように、言った。


「……相談を、お願いしたいことがあって、来ました」

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