第十二話:ロゴピカソ


「うん、没」


 先輩は無邪気な笑顔のまま、漫画家のネームをはたきおとす勢いで断言した。


「え、ちょっと待ってください。何がダメなんですか」


 俺は慌てて立ち上がってしまい、座っていたパイプ椅子を倒してしまう。だが甲高い金属音などお構いなしに、正面に座る先輩に迫った。


 真剣も真剣のはず。


 昨日突発的とはいえ、部員勧誘のために描いてきたポスターが没を食らい、百枚ものポスターが紙切れになり果てようとしているのだ。


「まずね、この『S』の字のところ。なんか大量の机と椅子、それに人間が鎖みたいになって螺旋らせんを描いているのはなんで?。それに比べて『A』の文字は凄くシンプル。陰影とか工夫して立体的に描写してるけど」

「ふっふっふっ、よくぞ気が付きましたね。流石先輩です、美術的感性をお持ちと見た」

「いや、誰が見たって解るでしょ」と隣に座る小波の野次などお構いなしに話を進める。


「まず『この部活に入りたい』と思わせるようなポスターとはどんなものだと思う。はい小波」


 いきなりのことにビクっと体を震わせたが、小波はすぐに答える。


「そりゃあ、目に留まるようなインパクトのある、こう、迫力のあるイラストとか?」

「それだと半分だ。目に留まるだけで『この部活に入りたい』とまではいかない。大切なのはこの部活の『顔』がどんなものなのか、みただけでイメージできることだ」

「顔?」


 小波は首を傾げ、訳が分からないといった様子だが、先輩は言葉の意味を理解したのか、手を打って答えを言い当てる。


「つまり、これは『ロゴ』を描いたってこと?」

「その通りです」


 俺は背後の黒板の前に立ち、白のチョークを滑らせる。


「いいですか、運動部にありがちな『きたれ!○○部』なんて陳腐な文言と、ユニフォームや道具を描いただけのポスターで入部する人間なんていません。入ったとしても、それはスポーツの知名度にあやかっているに過ぎません」

「影浦くん、急に運動部アンチみたいになったね」

「我々SA部は今年創設予定。しかもその実態は謎に包まれ、唯一明かされているのは胡散臭いコピペ文章のような活動内容のみ」

「こんどはSA部アンチになりましたね」


 いちいち鬱陶しいな。

 俺はわざとらしく咳ばらいをし、野次を黙らせる。

 

「例えばクロネコ〇マトの宅急便のロゴは知っているでしょう」

「あの黒猫親子のイラストよね」

「そう、あれは『親猫が子猫を運ぶように丁寧に荷物を運ぶ』といった意味の『想い』が込められている」


 小波は驚嘆の声を漏らし、先輩はうんうんと頷いている。


「そして!今回俺の書いてきたロゴにも、見た人がどんな部活動かわかる『想い』が込められています」


 俺は二人に是非答えてくれと、手のひらで回答を促した。


諸行無常しょぎょうむじょう?」

輪廻転生りんねてんせい、かな?」

「なんでそんな仏教用語ばっかり出てくるんですか。答えは『どんなお悩みでも答えに導く』です」

「「絶対に違うでしょ!!」」


 二人は阿吽の呼吸で声をそろえ、同時に立ち上がり、やいのやいのと説明を求めた。


「いいですか、これは『SとA』の頭文字を使ったメタファーなんです。このSはSpiral、螺旋です。複雑に絡み合った悩み事を、机と椅子と人間の螺旋で表現しています。そしてA、これはAnswer、答えです。Sとは対照的にシンプルなデザインを描くことで、お悩みを無事解決できた相談者のスッキリとした心情を表している。どうです、『どんなお悩みでも答えに導く』の想いを込めた、シンプルかつ強烈なインパクトのあるポスター、行き交うひとの目に留まること間違いなしです!というわけで、校舎にある、ありとあらゆる掲示板にポスターを貼ってきます」

「ストップ影浦くん!そんなの掲示したら誰も近寄らないって、本当に部活が無くなっちゃう!お願い五十鈴ちゃん止めて!」

「はい!」


 俺はオリジナル収納手提げバックを抱え扉に向かおうとするが、立ちふさがるように小波は道を塞いだ。手に持っているのは、あの時俺を三途の川へ送りかけた、鞄にすっぽり収まるサイズの鉄板。

 

「いい機会だ。あの時のトラウマを、ここで克服する!」

「先輩の部活を、潰させはしない!」


 俺たちは間合いを測り、居合を構える武士の如く真剣で、喉がわずかに上下する動作さえも手に取るように伝わってくる。


コンコンコン。


 そんな緊張の糸を破ったのは、静かに扉をたたく音。ゆっくりと扉が開いていき、俺はその尋ね人に目がいった。


「失礼、します。あの、SA部って……」


 猫耳も猫尻尾も肉球グローブも身に着けてはいなかったが、灰色がかった長い髪、赤いスカーフを胸におろす姿は保健室で別れた女の子だった。


 彼女は部室見回し、俺と小波の一触即発な場面を視界にとらえて、固まっていた。


「ここ……じゃないですね。失礼しました」






ガラガラガラ、トン。






「ストップ、お願いストープ!」


 俺は急いで彼女を追いかけ、さっきのが部活動の一環であることを必死に説明し、納得半分、疑心半分といった具合で了承させ、部室に引き戻したのだった。

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