第二話:出鼻って、くじかれるためにあるよね?
結花の協力もあり、俺は高校生活初日を無事遅刻することなく迎えることができた。結花は早々に自分の教室へと行ってしまい、俺は一人で高等部の玄関口に張り出されたクラス表を確認しに行く。
「1-2組か。にぃ、しぃ、ろ、や、と……、一クラス四十人ちょっとで全七クラスか」
江路南高等学校は中等部からのエスカレーター組がほとんどを占めており、俺のような高校受験組は珍しい。もともと受験枠も少なく、有名進学校の名に恥じない難関試験校であることは有名で、大学進学でも見越している人間でなければまず受けないだろう。
そんな学校を選んだのには二つの理由がある。
一つは『中等部が存在する』ということ。
調べによると、この学校は中等部と高等部が合同で部活動をすることが認められているらしい。(野球部のように軟式は中等部、硬式は高等部と完全に分離している場合を除く。)
文科系の、特に少数しか人数が集まらないマイノリティな部活は部員を集めるのに苦労するから、そのためだろう。
勿論、俺は新しく部活を作ろうなどとは考えていない。
重要なのはそう、『後輩』だ。
美少女ゲームのヒロインのうち、必ずといってよいほどド定番なポジション『後輩』。ゲームによっては主人公が高校二年生からスタートする、また中学の頃の後輩が押しかけるなどあるが、生憎、俺は高校一年生だし中学は部活動未所属どころかボッチだったので、友達も後輩もいない。
二年生になれば自動的に後輩もできるが、その一年だって時間がもったいない。高校生活は三年間しかないのだ。
そして二つ目の理由、それは『リセット』だ。
何度でも言うが、中学生の俺はボッチだった。誰一人友達を作らず孤高の存在である自分に酔ってすらいた。ひたすら陰で努力し、いつか手にする『甘々ハイスクールライフ』を夢見て、雑談や惰眠で消費する連中を蔑んですらいた。今思えば、そうすることで精神の安定を無意識にはかっていたのかもしれない。
そんな灰色中学生を送ってきたこともあり、ボッチだった『影浦雅人』の存在を知る人間がいると何かと都合が悪い。
高校一年生がするテンプレ会話その一は、『お前どこ中?』だ。
そうなれば、俺のもといた学校が
『え、影浦くんってあの?悪い人ではなかったよ、うん……、悪い人じゃない。』
『影浦?誰だっけ?そんなやついた?』
『ああ、あのボッチのこと』
となることは明白。高校デビューしてきたことも白日の下にさらされてしまう!
(『良い人だった』じゃなくて『悪い人じゃなかった』って言う当たり、真実味があって嫌だな。)
そのため、ここいらでもっとも偏差値が高く、毎年の試験難易度が頭一つ抜けて高い江路南高等学校を受験した。中学のエスカレーター組は当然『影浦雅人』を知らないし、クラス表を見ても同郷の名前はなさそうだった。
「今朝方はどうなることかと思ったが、順調順調。ほぼほぼ計画通りと言っても過言じゃない」
何もかもが上手くいっている、自分の先見性が恐ろしい。
俺は記念にとクラス表を写真に収め、その場を後にした。
すぐに訪れる、絶望に気付くこともせずに。
◇
「あれ、お前同じクラスなん?これで四年連続同じクラスじゃーん、最悪~」
「いや、それ俺のセリフだってw」
「え、うそうそ!私たちまた同じクラス!めっちゃ運命じゃん、やっば!」
「ね、ね!ホント、私もクラス見た時超運命感じた!」
一年二組の教室は
そんな中、影浦雅人は何をしていたかというと……
持病のボッチが発症し机の上でふせっていた。
(まずいまずいまずい、会話に入れる隙がない。どこもかしこも昔馴染みで集まって、一人でいるやつがほとんどいない!)
『前日に夜更かしをして眠そうな男子生徒』を演じながらも、腕の中では焦りと緊張を持て余し、貧乏にゆすりだしそうな膝を落ち着けるのに必死だった。
俺以外に受験組っていないのか、と思い聞き耳を立てていると
「いや~、マジで知り合い一人もいなかったから心細かったわ」
「受験組ってそこんとこしんどいよな」
「ほんとほんと、いやマジで。話合うやついて助かった~」と聞こえてくる。
(まじかよ…関係構築が住んでいるグループに自ら突っ込んでいったのか?部の悪い賭けが嫌いじゃないのか。ボッチを避けるためには必要不可欠とはいえ、グループの傾向を確かめずに特攻することはかなりリスキーな行為だぞ。一度入ったグループから抜けることは早々できないし、自分を曲げてグループに溶け込もうとすれば必ず不協和音が生ずる。『なんか楽しくなさそうだよね』とか『無理して合わせなくてもいいんだけど』とか、合わせていることに気が付いているくせに、一切歩み寄ってくれない人間が、心ない言葉を浴びせてくる。)
受験組が少ないのは知っていた。だが一人もいないわけじゃない。
手始めにそいつを手懐け、段々とグループ間の交流の輪を作り、次第に人脈を形成し、ゆくゆくは女子グループとも関係を築いていくプランが、さっそく
そもそも席順も悪い。窓際の一番後ろとか、隣接する席が二つしかないじゃないか。自分から席を立って話掛けに行くとか、デビューしたての新人高校生には荷が重い。アイドルがデビューソロライブで東京ドーム満員の中歌うぐらい荷が重い。天才アイドルじゃないんだぞ、こっちは。
既に前席と、斜め前の席は話に花を咲かせている。
残りは隣席だけなんだけど…
「………」
ギャルがいた。
腰まで届きそうなほど長い髪は灰色にも見える微かな色合いを帯び、その髪は触れることすらもためらわせるような、彼女独特の神秘的な雰囲気を纏っていた。
頭頂から細い触覚ヘアを垂らし、
肘を付いた指先には繊細に整えられたネイルが並び、画面を見下ろすようにスマホをたぷたぷしている。やや釣りあがった翠の瞳が、彼女の内に秘められた退屈の心を覗かせている。
(ど、どうする影浦雅人、相手はギャルだ、それも飛びぬけてビジュアルのいい原石のようなギャル。幸い、だれも彼女に話しかけてこないところを見るに、俺と同じ受験組かボッチだ。いや、ギャルは群れを成すもの、ボッチの可能性はないな。となると、たまたま同じクラスに知り合いのがいなかった進級組ってところか。)
彼女の纏う雰囲気は、常人が気安く触れるのをためらうタイプのそれだ。要は『私は好きで一人でいるんだから、話しかけんな』というロンリーウルフなタイプ。
この場合、安定策は勿論様子見。最初に縁を結ぶ相手はとても重要になる。だが、時間が経てばたつほどグループ間の関係は深く結びつき、他が入る隙を埋めてしまう。
(どうするどうする影浦雅人!ビッチなギャルは童貞に優しいっていうし…いやそれは二次元の世界での話だ。そもそも、ビッチなギャルが童貞に優しいんじゃなくて、優しい人がたまたまギャルだっただけの話であり、それを都合よく曲解解釈したのが都市伝説にまで昇華されただけであって、彼女はそもそもビッチである確証はなく、って違う!今はそんなことはどうでもよくて……)
キーンコーンカーンコーン
無情にも予鈴が鳴り、始業式の時間となってしまった。
担任の先生が現れ、「それではみなさん、名簿番号の順番で男女二列に整列してください。体育館の座席には名簿番号が書かれたテープが張ってありますから、その順番通りに着席していてください」といって出て行ってしまった。
皆段々と会話を切り上げ、順々に列をなしていく。
俺は誰一人とも友達を作ることができず、前後から聞こえる談笑に押しつぶさるようにして体育館に移動した。
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