来たぜ、俺のハイスクールライフ!

第一話:初めの一歩


 「とうとうこの日が来た」


 姿見の前に映る自分を見つめる。

 思わずこぼれる笑みを抑えきれず、口角が吊り上がる。


 今日から通う江路南こうろみなみ高等学校の制服に袖を通した自分を、かれこれ十回は見直した。


 この日のために鍛えた体は制服にジャストフィットし、前日に行った美容院で髪型もイマドキ風に仕上がっている。ネットで評判のメンズワックスとヘアスプレーをバッチリ決め、今か今かとその時を待つ。


「俺としたことが、今日という日が楽しみ過ぎて朝六時に準備を済ませてしまった。おかげで鏡を見つめなおし、完璧な状態の自分を確認できるのはいいことだけど。流石にこれじゃナルシストっぽいかな」


 俺は父親譲りの真っ白い歯をキリっと鏡に見せつけ、気持ちが前のめりになっているのを自覚する。気恥ずかしさも当然あるが、それよりも高揚が勝ってしまい、自分を抑えることができない。


「まあ仕方ないか。この四年間、全ての時間をステータス上げに費やしてきたんだ。通信講座でありとあらゆる趣味、特技に繋がりそうなことは片っ端から試し、世間の流行においていかれないようクラスで話題になっている番組やアイドル、アーティストは必ずチェックした。この一年は中高一貫校である難関進学校、江路南高校の受験勉強のため連日徹夜の猛勉強。そしていついかなる日も『甘々ハイスクールライフ』実現のため、理想の恋愛を研鑽するべく、美少女ゲームは毎日かかすことなくプレイしてきた!」


 おかげで中学はひたすら机に突っ伏して聞き耳を立てる始末。通信講座を受講するため部活には所属せず、修学旅行の班決めでは担任に「えー、影浦君だけまだ班が決まっていません。誰か、影浦君が入ってもいいよって班は挙手してください」と言われる始末。おかげで『松浦』って苗字を見かける度、一瞬鋭い頭痛に襲われる体質になってしまった。


 思えば長かった。

 あの日、輝かしい虚構に触れ、告白を経験し、美少女との恋愛に魅入られてから俺の人生は変わった。

 『甘々ハイスクールライフ』を夢みて、ひたすら走り続けてきた。


 当時小学六年生の俺が美少女ゲームをプレイするにはいくつもの壁、とりわけ『お金』の問題が常に付きまとった。


 初めに『プログラミングの勉強がしたい』と称して父さんにノートパソコンを買ってもらい、父さんのコレクションからこっそり美少女ゲームをプレイした。フルプライス作品は基本中古やネットオークションで安値で仕入れ、どうしても発売日にプレイしたい作品は、テストで高得点を取ることでご褒美としてお小遣いを上げてもらった。


 同時に、余ったお金をやりくりしてステータス向上にも費やした。


 ランニング、空手、タップダンスにブレイクダンス、実用ボールペン講座、色彩検定、ルービックキューブ、数独にフラッシュ暗算、資格はないがひよこの雄雌鑑定等々、特技に繋がりそうなありとあらゆる物事に手を出した。


 挫折しそうな時も勿論あった。兆しの見えない深く暗いトンネルの中を、ひたすら突き進むような胆力が求められ、くじけそうになる度にをプレイし、理想を脳裏に焼き付けては鼓舞し続けた。


 そして、ようやく、今日、全ての下積みを以って目的を達成しに行くときがきた。


「さあ、そろそろ時間だ」 


 リュックを背負い、最後にもう一度姿見を確認していると、玄関のほうから扉の開く音が聞こえる。この部屋の合鍵を渡している人物は一人しかいないため、おのずと来訪者の顔が浮かぶ。


結花ゆか、家に入る時はせめて声をかけてからにしてくれ。もし風呂上りだったらどうするんだ」


 影浦結花かげうらゆか。旧姓は日向ひなた結花。中学一年生の頃に父が再婚しできた義妹で、同じ江路南に通う中学二年生。


 結花とはつい最近まで同じ家で暮らしており、俺だけアパートに引っ越す形で今は別々に暮らしている。実家から通える距離であったのに、俺が無理を言って一人暮らしをさせてもらった。


 勿論、『甘々なハイスクールライフ』をより近い現実とするため、お隣さんイベントの可能性を上げる必要があったのだ。


(未だ誰とも顔を合わせたことはないけれど)


 俺が一人暮らしをする条件として与えられたのが『結花に合鍵を渡す』といったもの。結花は身内の目から見てもしっかり者で、両親から信頼もされている。俺も妥当な条件であることは納得しているのだが。


(過保護というか、妙に世話焼きなんだよな)


 母子家庭、父子家庭にありがちだが、家事全般はそれなりにやり慣れている。俺も父さんがいない時に一通りの家事スキルは身に着けているから、男の一人暮らしだからと過剰に心配されることはない。


 だというのに、結花は隙あらば合鍵を使って部屋に訪れる。気が付くと冷蔵庫に結花の手料理が冷蔵されているので、カップラーメンもほとんど食べる機会がなかった。


 時刻はまだ八時前。

 

 アパートから学校まで徒歩圏内で通えるため、時間には大分余裕がある。


「別に、兄さんのお風呂上り見たって何とも思わないよ」


 玄関から聞こえる声は次第に大きくなり、小さく床を踏みしめる音が聞こえてくる。


「私はお父さんに、兄さんの事をよろしくってお願いされて来てるんだから、感謝してよ……」と、結花の言葉がそこで途切れた。


 肩に下げられたスクールバックが滑り落ち、両腕はだらしなく垂れ下がり脱力している。目を白黒に見開き、ある一部分に視線を向け、震える指をその一点に差し向けた。


「に、兄さん、なに、その頭」

「頭…あ、もしかしてゴミ付いちゃってる?。ワックス付けたから細かい埃とか付きやすくなってるんだよ。どこどこ、とってとって」

「いやいや、いやいやいや、ゴミが付いてるとかいうレベルじゃないって!ゴミそのものだって!何そのテッカテカの頭は、カラメルでも塗りたくったの?それになんでそんなツンツンい尖らせてるの!それに髪も金髪に染めて意味わかんない!」


 結花はブロンドのツインテールを振り乱しながら、俺の髪形が如何にダメダメかを説いた。


「何考えてるの!金髪でツンツンとか、ドラ〇ンボールの主人公にでもなりたいの、今日はコミケでも何でもないんだよ!そんな恰好で外で歩いたらSNSに拡散されて『江路南高校にサ〇ヤ人いたw』ですぐにトレンド入りだよ!」

「おいおい結花、お兄ちゃんを揶揄からかっちゃいけないぞ。この髪型は人気男性ファッション誌『MEN'S ME・MEN'S』の中で紹介されていたやつなんだ」


 ほら、と特集ページに付けた付箋のページをめくり、結花に見せる。

 結花は乱暴にひったくると食い入るように、隅から隅まで雑誌を凝視した。


「……兄さん、これ『コスプレ特集』のページだよ」


 結花はページの右上を指差した。そこには小さく黒字で『特別編・有名コスプレイヤーに聞いたファッションの極意』と書かれており、写真に大きく写っているのは普段着ではなく、コミケ参加した時に来ていた衣装写真であると、小さく明記されている。


 ちなみに、普段着は非常に前衛的で、一言で言うと理解に苦しむものだった。毒々しい骸骨がプリントされたTシャツに、メタリックな装飾品をいたるところに飾っている、前時代の中二病ファッションに身を包んでいた。これが同一人物だというのだから、コスプレは怖い。


「そうか、どうりでF〇7のクラ〇ドみたいに尖った肩パッドしているなーと思ったら、そのコスプレだったのか…」

「いや気づきなよ!こんな恥ずかしい格好で街中で歩ている人なんて、ハロウィンの渋谷くらいでしか見かけないって」

「まてまて、流石にお兄ちゃんだってこのファッションセンスはどうかと思ったぞ。いくらなんでもノースリーブに肩パッドは攻めすぎだって」

「髪型だって十分攻めすぎだよ、ホストだってこんな尖ってないよ!」


 結花は何かに迫られるようにスマホの時計を見た。


「シャワーを浴びてワックスを落として、カラースプレーで黒く染めてまたスタイリング。カッチカチになったワックスがどのくらいで落ちるかわかんないけど、幸いまだ時間に余裕はある」

「ゆ、結花、別にお兄ちゃんはこれでも」

「兄さんは黙ってて」


 結花の目は恐ろしく冷酷な人間の、凍てつく目をしていた。「カラースプレーなんて持ってないし、お兄ちゃん買ってこようかな~」と冗談で言ったら殺気を込めた視線で射抜かれてしまった。


「じゃあ必要なもの急いで買ってくるから、兄さんはできる限りそのテッカテカの髪をもとに戻すようシャンプーで洗い流して。あと、絶対に外を歩かないで。約束破ったら、私兄さんとの縁を切るから」

「ら、らじゃぁ……」


 バタン、といつもより怒気を含んだ扉を閉める音が響く。

 俺はもう一度姿見の前に立ち、自分の髪形を確認した。


「かっこいいと思うんだけどなぁ」


 結花と姉弟の縁は切りたくないので、素直にお風呂場に行きシャンプーをする。

 二時間前から固めたワックスは執拗に髪の繊維にへばりついており、途中で戻ってきた結花と二人がかりで洗い落したのだった。


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ここまで読んでいただきありがとうございます!


カクヨムコン9のラブコメ(ライトノベル)として参加しております。




すでに10万字書き終えておりますので、順次公開していきます。

更新日は毎週木曜、17:30頃に各1~2話ずつを考えております。

※都合により、週二更新であったりする場合もあります。

 ご了承ください。



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これからも「美少女ゲームに魅せられた俺は、『甘々ハイスクールライフ』目指す。」をよろしくお願いいたします。

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