美少女ゲームに魅せられた俺は、『甘々ハイスクールライフ』目指す。

黒神

プロローグ

プロローグ


 きっかけは、仕事でいない父の部屋で、美少女ゲームを遊んでいた時だった。





 影浦かげうら家に生を授かり、父の和人かずひと、母のみやびの名前から一文字をもらい、雅人まさひとと名付けられ、一人っ子だった俺は乳飲み子の時から両親の愛情を一身に受けてきた。

 決して裕福とは呼べない家だったが、毎日が幸せとあたたかさに満ち溢れる、世界で一番の両親をもった息子に違いなかった。


 俺が箸をもって食事ができるようになったころ、「まーくんの好きな絵柄のお箸を買ってあげるね」と近所のショッピングモールにいった帰り。





 母が交通事故に巻き込まれて息を引き取った。即死だったらしい。





 俺は母に抱きしめられるように庇われたおかげで、命に別状はなかった。母は俺の身代わりになるように、ひとり息を引き取った。


 俺は泣けなった。厳密には、泣くタイミングを失った。


 母が亡くなったあと、俺は病室のベットの上で昏睡状態となっており、回復して歩けるようになってからも検査入院のため通院していた。その間、父から母の訃報話どころか、母の事を一切話題にしようとしなかった。あの、母を愛していた父が。


 一度だけ、同じ病院に入院しているはずの母に会いたいといった事がある。父は、自慢の真っ白な歯を見せつけるように「元気になったら、一緒に会いに行こう」と笑顔で言って、それっきりだった。


 今思えば、ぐしゃぐしゃになりそうな顔を、裏で必死に噛み殺していたんだと思う。





 そこで気が付いてしまった。あ、もういないんだって。





 しばらくして体調が無事回復し、小学校にも通えるようになったころ、初めて父に母の訃報を聞かされた。


 泣くことはできなかった。


 悲しくなかったわけじゃない。ひた隠しにしてきた父を恨んだりもしていない。夜な夜な仕事から帰宅しては、一緒の布団の中で小さく泣きはらす父の背中を見てきたから。俺の前では決して涙を見せなかったから。子供ながらに、そんな父を困らせてはいけないと、戒律のように縛っていたのかもしれない。


 それを察してかは知らないが、父は一層子煩悩になっていった。俺は母のいない寂しさなど感じる事のないくらい、父の過剰な寵愛を受けて育ち、周りの家庭と変わりのない生活を送っていたと思う。


 母のいない日常が当たり前となり、父と二人きりの生活に慣れてきたころ、俺は掃除をするために父の部屋を訪れた。システムエンジニアとして勤務する父の部屋には、IT関連の参考書や技術書が本棚一杯に並べられており、それを見るだけでどこか誇らしげだった。


 端から端へ掃除機をかけていくと、コンセントの入り組んだところにノズルを引っかけてしまい、どこかのケーブルを引っこ抜いてしまった。慌てて刺しなおそうとケーブルの先を手繰っていくと、それは父のノートパソコンへと繋がっており、ケーブルを刺しなおしたことで電源が入ったのか、画面はパスワードの待機画面になっている。


「どうしよう、強制シャットダウンもできるけど、壊れたりしないかな?でもお父さんのアカウントのパスワード知らないし、でもこのままスリープ状態にしておくのも勿体ないな……」


 俺は悪いと思いながらも、父の誕生日を入力してみることにした。

 

「駄目か」


 他にも誕生日をつなげて二回入力してみたが失敗。

 エンジニアだし、その辺のセキュリティ意識は高いのかもと、あきらめて画面を閉じようとした。

 

「いや、お父さんなら、もしかして」


 0101、0910


 パソコンの画面がかに星雲の画像に切り替わる。

 子煩悩で愛妻家だった父らしい暗証番号に、思わず苦笑する。

 あの父が、母の事を忘れるはずないと解っていても、こんな些細なことで母と、俺を近くに感じてくれていることに、たまらず嬉しくなる。

 

「あれ、でも何かひらいてる。」


 これは……ゲーム?


 しっとりとしたオルゴールの音色と、ほのかに頬を赤らめ、朝顔の浴衣に身を包んだ女の子。真剣にこちらを見つめる様子は、なにやら物語の終わりを想起させるような、そんな雰囲気のある場面であった。


 今までゲームと言えばポケ〇ン、マ〇オ、星の〇ービィしか遊んでこなかった俺は、その画面に映る光景に目を惹かれた。クリックするとテキストが変わり、これで話が進行するのだとすぐ理解できた。


『先輩にとって私は、まだ子供っぽいただの後輩?』


 透き通るような声にドキリとした。画面の向こう側にいる女の子が話しかけてくる。クリックする度コロコロと表情を変え、時には意地悪そうに、時には強がったり、時には目尻に涙を浮かべた。


 小さく入る吐息の音、息をのむ音が、すぐそこで聞こえてくるようだった。


 多分女の子も、画面に見えない男の子も、互いを好き合っていた。互いに好き合っているのに、互いを想いあっているからこそ、心の内側にある本音を言い出せずにいる。

 

 俺は電源を切るという当初の目的を忘れ、食い入るように画面のテキストを目で追い、マウスに置いた人差し指に自然と力が入る。


『好きだよ』

『……っ!』

『先輩後輩としてじゃなく、一人の女性として、お前が好きだ』


 男の子が告白した次の瞬間、画面がゆっくりと切り替わり、色とりどりの花火と、花火によって照らし出された女の子の、あでやかできらびやかな泣き笑顔。頬には花火の光が優しく触れ、魔法のような美しさに心奪われた。


 夜空に咲き誇る花火の輝きが、心の暗闇を引き裂くように彩り、俺は一人、花火に照らされた女の子に没頭していた。


「いいな……」


 思えばこの時既に、俺の中には強い憧れと硬い決心が生まれていたんだと思う。年齢も、性格も、好きな食べ物も家族構成も、どんな軌跡を辿ったかも知らない二人の告白をみて、強く、魅せられてしまったのだと。


 この日、人生の道しるべを得て、初めての精通へと導いた美少女ゲームとの出会いは、影浦雅人かげうらまさひとの人生を大きく変えた。

 

 彼がこれから生涯をかけて愛すべき女性と出会い、ゲームのような『甘々ハイスクールライフ』を送るのは、また先のお話である。

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