第13話  困惑する宰相補佐

 ペネロペとのお茶会の数日後、アンドレスは大股で歩きながらロザリア姫に与えられた離宮へと移動をした。


 確かにアンドレスはイスベル妃にギャフンと言わせるためなら何でもやれというつもりでペネロペに全てを丸投げしたのだが、彼女はとんでもない手に打って出たわけだ。


「まあ!まあ!宰相補佐様!そんなに真っ赤なお顔でどうされたのですか?外はそれほどまでに暑かったでしょうか?」


 離宮で侍女のお仕着せを着たペネロペに出迎えられたアンドレスは、額に血管を浮き上がらせながら言い出した。

「とりあえず二人で話がしたい」

「まあ!だったら私も同席するわよ!」


 侍女のマリーを引き連れてこちらの方まで歩いてきたロザリア姫は、意地悪そうな笑みをアンドレスに向けながら、

「だって私にも関わり合いがある話ですからね、三人で心ゆくまで話しましょう!」

 と、十歳の姫様は言い出した。


 離宮のティールームにはすでにお茶の準備がされており、

「そろそろ来るかなと思っていたんですよ」

 と、王女を席に座らせながらペネロペが言い出した。


 モザイクで装飾がされた美しいテーブルには、フルーツを盛り合わせたクリームたっぷりのプリンが用意されている。


「宰相補佐様も、甘いものでも食べて少しは落ち着いた方が良いですよ」

 姫の隣に座ったペネロペが笑顔を浮かべてそう言うので、いつまでも子供じみた様子で怒っているのも馬鹿らしい。


 姫が与えられた離宮のティーサロンで、三人が椅子に座って笑みを浮かべると、紅茶を淹れたマリーが扉の前に控えるようにして下がった。


「それで?今回の噂は姫様もご存知のことなのでしょうか?」

 アンドレスの問いに、

「ご存じというか、そもそもあの話を作ったのは私なのよ」

 ロザリア姫は細い肩を小さくすくめながら言い出した。


「知っての通り、私は母に放置された状態でこの離宮で生活していたわ。周りの侍女たちは入れ替わり立ち替わりで変わっていったわけだけど、みんながみんな、こう言っていたのよ。姫様は本当に国王陛下の子供なのかってね?」


 十歳の姫はそう言ってスプーンでプリンを掬うと、美味しそうに食べながら言い出した。


「母が近衛部隊長と浮気をしているのも知っているし、私が近衛部隊長の子供じゃないかっていう話も知っている。私の世話をしていたのは近衛部隊長の娘であり、最後まで残ったのは私を監視する意味もあったのでしょう。宝石を盗まれていたのは腹立たしいことではあるけれど、彼女たちが無罪となるのであれば、物語は案外簡単に作れるのよ」


 ロザリア姫は金色の王家の瞳を持っているため、不義の子供ではないだろうと思われる。だがしかし、人は面白おかしく自分たちの都合の良いように話を捏造するものなのだ。


 離宮で囁かれていた噂が、たまたま外に流れ出ただけ。


「噂の出所は決して分からないようになっているけれど、離宮で働いていた人間が流した噂だろうと思うでしょうね。私は王家の瞳を持っているから、母は自分の娘が不義の子であるとは思わない。簡単に否定できると考えているでしょう。ですけどね、私は成人前でまだ公務の一つすらやっていない引きこもりの姫なのよ?誰もが何を信じるか、簡単に想像が出来るから楽しいのよ」


 ロザリア姫は今まで、虚構の権力と彼女の作り出す嘘を使って身を守ってきたわけだ。彼女は息を吸って吐き出すように嘘を作り出す。


「君は・・それで良いのか?」

 ロザリアの嘘にペネロペは胸を痛めていたはずなのだが、肝心のペネロペはケロリとした様子で言い出した。

「元々、離宮の人間が囁いていた噂なのですもの。それを利用しないでどうするんですか?」


「ハーーーッ」


 ため息を吐き出して項垂れるアンドレスを見つめたペネロペとロザリア姫は、何かがあったのだろうと判断した。


「それで?一体何があったというの?」

「教えてくださいよ」


 顔を上げたアンドレスは、何とも言えない表情を浮かべながら言い出した。


「君たちが王宮中に流した噂だが、陛下の耳に入ることになったのだ」

「「おおお〜!」」


 陛下の耳にまで届くかどうかは賭けだった。本当のことを言うと、陛下の耳に届けるのは宰相様を使えば簡単に出来ることなのだが、噂が陛下の周囲、つまりは大臣クラスにまで広がった末に、陛下の耳にまで届くという過程が重要だったのだ。


「近衛第二部隊長だったロドリゴ・エトゥラは更迭され、釈放されていた姫の元専属侍女たちも、全員が身柄を拘束された」


「それで、お母様はどうなったの?」

「今現在、奥宮に蟄居を言い渡されている」


「それで、最終的にはどうなるんですか?」

 ペネロペの質問に、

「不義密通を理由に正妃と第二部隊長は処分を受けることになるだろう」

 と、アンドレスは厳しい眼差しをペネロペとロザリアに向けながら言い出した。


「姫様、ご自分の母君が処分されることになるのですが、それでも宜しいのでしょうか?」

「覚悟の上よ」


 まっすぐとした目で姫に見つめられたアンドレスは、彼らしくもなく、自分の髪の毛をバリバリと掻きむしりながら言い出した。


「今度の騒動が隣国のボルゴーニャ王国まで流れたようで、姫の婚約者候補となっているアルフォンソ王子がやってくることになりそうだ」


「今この状態で?」


「ボルゴーニャ王国は我が国の次の王に帝国の血が流れるハビエル王子に就いてもらいたくない。婚約を進めているような状態だった為、悲しみに暮れているであろう姫の見舞いをしたいと言って来ているのだが、シドニア公とアルフォンソ王子が何を仕掛けるか分からない」


「私、自分のこの目を引き摺り出してやりたいわ」

 姫の瞳は、王家の証とも言える金の瞳。

「姫様、そんなことは言わないでください」

 ペネロペはロザリアの手を握り締めながら言い出した。


「また悪知恵を働かせば何とでもなりますよ!どうすれば最善かを一緒に考えていきましょう!」

「君らだけで最善の策とやらを導き出すのはやめてくれ!」


 噂一つでここまで世論を動かしたのだ、それでボルゴーニャ王国の王子様まで引っ張り出して来たのだから末恐ろしい。


「二人の話し合いには絶対に私も参加する」

「「えーー!」」

「ペネロペ、特に君とはきっちりと話をつけたい」

「えー!」


 ペネロペは婚約者からの説教が決まったと覚悟を決めた。

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