第14話  嘘の種類

 ペネロペは説教が嫌いだ。

 厄介で面倒な問題を丸投げしたくせに、結局、ペネロペを悪者にして文句を言おうとしているところが気に食わない。


 宰相補佐のアンドレスの後には宰相のガスパール、更にその後には国王陛下も居るのだろう。正妃イスベルの暴挙を止めるために、盗難事件を摘発したいという理由だけでペネロペを起用したのは貴方達ではないかと声を大にして言いたい。


 アンドレスが使用する執務室の隣にある応接室へと移動した、彼の第一声がこれだった。


「嘘を見破ると豪語する君だから、嘘なんか大嫌いな人間なのだと思っていたのだがな」


 一応、自分の婚約者を接待するつもりはあるようで、テーブルの上には王都で有名な菓子店で売られているチョコレート菓子が用意されているし、秘書官は二人の前に紅茶を置くと、一礼をして部屋から出ていった。


 ため息まじりにアンドレスがソファの背に体を預けた為、ペネロペは形の良い眉をクイと引き上げて言い出した。


「私自身、嘘が嫌いだから嘘をつかない等とは一言も言っていやしませんよ」

 ペネロペは胸を張って言い出した。


「社交では嘘が武器ですもの。たとえ似合っていないドレスを着ていたとしても『似合っていますわ!素敵なドレスですね!』なんてことも言いますし、面白くもない自慢話を聞かされた状態で『本当に素敵ですね!憧れちゃいます〜!』くらいのことは言います。社交界は嘘と欺瞞で満ち満ちているので、嘘がつけなければこの世界で生きてなんていけないのですわ!」


 『嘘』についてのペネロペ談義が始まったので、疲れたアンドレスが黙ったままで居ると、ペネロペは調子に乗った様子で言い出した。


「私は嘘が嫌いです。特に、女性を裏切っている男性が自己都合、自己保身のためにつく嘘が大嫌いです。そして、相手に甚大な被害をもたらす嘘も嫌いです。世の中には良い嘘、悪い嘘、普通の嘘と三種類あると思うのですけれど、私は悪い嘘が大嫌いなだけで、全ての嘘を否定しているわけではないのです」


「悪い嘘は、まあ、何となく想像できる。しかしだな、良い嘘というのはどういう嘘なのだ?想像が出来ないのだが?」


 ソファに背を預けてだらしない姿のままアンドレスが問いかけても、全く頓着しない様子でペネロペは胸を張って答える。


「良い嘘とは『お母様、お母様は年齢よりもとってもお若く見えますわ!』とか『若くて美しいお母様は私の憧れのお母様ですもの!』とか、人を気分良くさせるのが良い嘘なのだと思います」


「ちなみに、君の母上は年齢よりも若くて美しいのか?」

「いいえ、年齢相応の体型をしていますし、容姿も一般的で普通な母ですがなにか?」


 軍務大臣は頭頂部が禿げてきているし、自分自身でもかなり気にしているのだが、禿は指摘せずに周囲のふさふさの髪の毛を指摘して誤魔化しているのだが・・


「ようするにあれか、軍務大臣からやたらと髪の毛の量を問われることがあるのだが『閣下はいつでもふさふさで羨ましいですよ!』と言うのと同じことか」


「そうです!そうです!相手を傷つけずに、気分を良くさせる嘘が私は『良い嘘』なのだと思います」


「それでは、似合っていないドレスを『似合っている!』と言うのも良い嘘になるのだな」

「そうとも言えないですね」


 ペネロペは形の良い眉を顰めながら言い出した。


「ドレスが明らかに似合っていないのに指摘しないのですから、その令嬢は、次に着るドレスも似合っていないものを選ぶでしょう。だったら指摘したほうが親切なようにも思えますけど、それほど仲が良くないのに指摘して不興を買うのもバカらしいですものね」


「だとすると、令嬢の似合っていないドレスを『似合っている!』と言うのは何の嘘になるんだ?」

「普通の嘘ですかね」

「へーーー」


「ドレスについての指摘は、本来、家族や婚約者がするべきことでしょう。それに、今は似合っていないと考えていたとしても、そのうちそのドレス姿が流行となるかもしれません。自分の趣味じゃなかったとしても、後々大当たりをするかもしれないんですから、似合っていようが、似合っていなかろうが『似合っている!』一択で良いと思いますもの」


「へーー」


 世の中は嘘や欺瞞で溢れかえっているのは知っているけれど、瑣末なことにまで追求をすれば、嘘で埋もれている現実に直面することになるだろう。その嘘を、良い嘘、悪い嘘、普通の嘘で分類するという発想が今までアンドレスにはなかったのだが・・


「それでは、姫が不義の子かもしれないという噂を流すのは、悪い嘘の蔓延に繋がるわけだよな?」


 ペネロペは、姫の父親が国王陛下ではなく、近衛隊に所属するロドリゴ・エトゥラではないかという噂をばら撒くことによって、ロザリア姫に『不義の子ではないか?』というレッテルを貼り付けることにしたのだ。


 嘘の称号を掲げることになったロザリア姫の今後は、決して明るいものとはならないだろう。これが『悪い嘘』じゃなかったら何だと言うのだろうか?そんな思いでアンドレスがペネロペの年齢よりも年若く見える可愛らしい顔を見上げると、ペネロペはにこりと笑って言い出した。


「閣下、これは『悪い嘘』ではなく、あくまでも『策略』『計略』のうちの一つでございますよ」

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