第12話  噂、噂、噂

 ペネロペは一瞬、渡されたプレゼントに感動を覚えたのだが、その後にアンドレスに言われた言葉で一気に冷静になったのだ。


 そのことにはアンドレス自身も気が付いた様子で、何度か咳払いをすると、

「話は後でも良いから、まずは指輪を右手の薬指に付けて欲しい」

 と、言い出した。


ペネロペが言われた通りに右手の薬指に指輪を嵌めると、指輪に魔力が通るような感覚を覚えた。


「その指輪は私の指輪と対になっている。もしも君が緊急事態に陥ったら、この指輪に魔力を注ぎ込むと良い。私が即座に君の元に転移が出来るようになっている」


 指輪には呪術刻印が刻まれている。これはアルンヘム王国でのみ使われる特殊な技法であり、莫大な費用が掛かるものであるということをペネロペは理解していた。


「宰相補佐様、初回のプレゼントにしてはえげつない程に高額な品過ぎますよ」


 この指輪一つでバルデム伯爵家のタウンハウスを三つくらいは余裕で買えるかもしれない。あまりの高額な品にペネロペが震え上がっていると、アンドレスは追加するようにして言い出した。


「君は婚約クラッシャーとして数々の恨みを買っている状態だというのに、君が言うところの『結婚したい男ランキング』で常に上位に君臨するという私の婚約者となったのだ。妬みや嫉みは大変なことになるだろうから、身の安全のために常に指輪は着けていて欲しい。万が一にも危機に直面したら指輪に魔力を即流せ。ちなみに、夜這い希望という理由で指輪に魔力を流すことなどは許さない」


 アンドレスのムードもへったくれもないドライ過ぎる発言を聞いて、

『夜這い目的で私が魔力を流すか!』

 と、口には出さずに、強烈な眼力(睨みつけているとも言う)で訴えたペネロペは、指輪を即座に返却しようとしたのだが、

「ぬ・・抜けない・・」

 と、震える声で言い出した。


「もちろん高額な品ゆえに盗難防止の魔法もかかっている、購入者の許可なしではもちろん外せない」


 そう言ってにっこりと笑うアンドレスを見つめたペネロペは、ため息を吐き出し、とりあえず目の前に用意された最高級品のケーキを食べることにした。


 とにかく、イスベル妃のやりようにはペネロペも怒りを感じてはいたのだ。それも、怒髪天を突くといった程度には怒っている。


 アンドレスからのプレゼントは高額だ。魔術刻印入りの品物はそれだけの価値があるということになるのだけれど、それだけの仕事をしろとペネロペに対して暗に含めて言っているのに違いない。


 今回の騒動によってたとえペネロペが窮地に陥ったとしても、自分が絶対に助けると彼はこの指輪を通して主張しているわけだ。


「わかりました。ですが、途中経過でしのごの言い出すようなことはしないでください。やれと言うならやりますし、結果も次の月を跨ぐ頃には出るように致しましょう」


「お前にそれが出来るのか?」

「出来るか出来ないかじゃない、どうせやるしかないんでしょう?」

「私の力は」

「いらない、いらない」


 大雑把に答えながらケーキを口に運ぶペネロペを見つめたアンドレスは、口元に凄みのある笑みを浮かべながら瞳を細める。


 目の前の形ばかりの婚約者は、宰相補佐であり侯爵家の当主でもあるアンドレスを頼ろうとは考えないらしい。彼女の力のみで、正妃イスベルに対抗しようということなのだろうが、

「面白い!」

 と、言って、アンドレスは全てをペネロペに任せると断言した。彼は後からこのことを物凄く後悔することになるのだが、後悔先に立たずとはこのことを言うのだろう。



      ◇◇◇



 ペネロペとアンドレスが殺伐としたお茶会を終えた数日後、王宮内で実しやかにある噂が流れるようになったのだった。


『ロザリア王女は、実はラミレス国王陛下の子供ではない、不義の子ではないのだろうか?』


 話の内容はこういうことになるという。


 正妃となったイスベル妃は元恋人のことがいつまでも忘れられない、そんな元恋人もイスベル妃のことが忘れられない。大きな権力を前にして別れざるを得なかったけれど、元恋人は騎士となり、愛する人を守るために近衛隊に入隊した。


 騎士となった元恋人の存在を知ったイスベル妃は、奥宮を取り仕切る自分の権限を使って元恋人を大抜擢。奥宮の警備にあたることになる第二近衛部隊の部隊長となったロドリゴ・エトゥラは、妻と子が居る身でありながら、昔の恋人であるイスベル妃を恋慕うことを止めることが出来なかった。


 そうして悲恋の末に別れることになった二人の恋は再び燃え上がることとなり、そうして生まれることになったのがロザリア姫。アストゥリアス王国の王女として生を受けた姫は間違いなく、二人の燃えるような恋の証。罪の証にもなるロザリア姫からイスベル妃は自ら目を逸らすことにしたわけだ。


 そうして月日が経つうちに、ロザリア姫は離宮を与えられて生活をするようになる。その離宮に仕えることになったのが、ロドリゴ・エトゥラの娘、イバナ・エトゥラとなる。イバナとロザリア姫はいわゆる異母姉妹ということになるのだが、片や侍女として忙しく働き、片や王女として皆から傅かれる存在。


 同じ父を持ちながらこうも扱いが違うということに憤りを感じたイバナは、周りの侍女たちを巻き込んで、

「ロザリア姫は虚言癖もあり、仕える使用人に暴力を振るう問題がある王女だ」

 という噂を撒き散らした。


 実際に母親から放置された姫が、癇癪を起こすようなことも度々あった。この癇癪で壊してしまった、無くしてしまったということにして、姫に仕える侍女たちは、姫が所有する宝石を沢山盗み出していったのだ。


 姫の癇癪によって辞める侍女は増えていったが、彼女たちの懐は姫の宝石を売ったお金で温かい。誰もが悔しそうにしながらも、内心は笑顔で生家へと戻って行ったわけだ。それは本当の話かって?それは彼女たちの羽振りの良さを見れば分かることだろう?


 どうしてそんなにお金があるんだい?なんて思うことは度々だった。君たちだって本当は気付いていたんだろう?


 最後まで侍女として残ったイバナ・エトゥラは、義妹のものは全て自分のものだと言い出して、それは沢山の宝石を隠しポケットに詰め込んでいたらしい。なにしろ、護衛についていた兵士はセルジオ・コルテスって奴なんだけど、イバナの恋人で、二人はグルなんだから幾らでも姫を言いくるめられると思ったんだろうな。


 だけど、イバナは隠しポケットに宝石を詰め込み過ぎた。ポケットから溢れた宝石がポロポロと落ちてしまって、結局、盗みがバレてしまったわけだ。二人は即座に牢屋に入れられたんだが、イバナはイスベル妃が愛する男の娘だろう?


 宝石はお妃様が直接下賜したんだってことで無罪放免にされたんだけど、これってやっぱりおかしいだろう?下賜するには宝石の量があまりにも多過ぎたんだよ。


 それでどうなるんだって?ああ、そんな事だからイバナの恋人のセルジオって奴も近々牢屋から出られる予定で居るんだが、そもそものところだよ、ロザリア姫の血が疑われているってんで姫は幽閉予定でいるらしい。じゃあ、イスベル妃はどうなるんだって?さあね、浮気した正妃の末路なんて、大概は想像できるものだと思うけどね!


 

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