第9話  ああ言えばこう言う

 ペネロペの直属の上司であり、現在、婚約者となったアンドレス・マルティネスの執務室へと呼び出されることになったペネロペは、ソファに座り、目の前に美味しそうな紅茶と焼き菓子を置かれたことにも気が付かない様子で、頭を抱えて項垂れていたのだった。


 目の前の婚約者、宰相補佐でもあるアンドレスの方には見向きもせずに、

「あんな風に姫様が流れるように嘘をつかれるお姿を見て、思わずこの王宮を滅ぼしてやろうかと思ってしまいましたわ」

 とんでもないことをグチグチと言い出した為、アンドレスは即座に人払いを行った。


 今までは特に問題がなかったとしても、ペネロペは今ではアンドレスの婚約者となったのだ。何処で足を引っ張られるか分からない状況であり、発言には十分に気を付けなければならないというのに、

「姫様にあんなことを言わせるだなんて、万死に値するわ」

 問題発言が多すぎる。


 アンドレスにもペネロペが項垂れる気持ちはよくわかる。


 姫は、アンドレスの胸に顔を埋めたまま動こうとしないマカレナ嬢に対して、

「国王陛下であるお父様は王宮の乱れた風紀を好まないと聞いたし、取り締まりを厳しくしようとも言っていたわ」 

 と言っていたのだが、陛下はそんな発言なんかしたこともないし、そもそもこの父娘は普段から交流を持っていやしないのだ。


 完全なる嘘を即座に作り出して滔々と語り、最後には、

「誰に向かって口をきいているつもりなの?不敬罪で牢屋に送り込んでも良いのだけど?」

 と言って二人の令嬢を追い出した。


 十歳とは到底思えない鮮やかな手並みだとは思うけれど、ペネロペは彼女の細い肩が小さく震えていたことに気が付いている。いくら自分がこの国の王女だったとしても、誰もが見向きもしない、問題児扱いをされている王女なのだ。


 正妃はロザリアに見向きもせずに自分の息子だけに夢中となり、父は国政を行うのに夢中で娘を気にかけもしない。集まってくるのは自分を利用しようと企む輩ばかりで、離宮に勤めていた使用人たちは、すべからく、王女であるロザリアを見下していたのだ。


 そんな環境の中で、肩肘を張って威勢よく敵と判断してきた相手を排除してきたロザリア姫が利用出来るものは、咄嗟に嘘を作り出せる頭の回転の速さと、彼女の持つ空っぽの権力だけしかない。


「陛下の名前まで持ち出した上で嘘をつくのは問題です。ですが、そうならなくては生き残れないほど姫様を追い詰めた周りの大人が数百倍悪いです」


 頭を抱えていたペネロペは、

「そして、あの場で姫様にあんな嘘をつかせてしまった私も悪いですし、王宮の公共の場で女性と抱き合っている貴方はもっと悪いですよ」

 と言って、アンドレスを殺気を込めて睨み上げてきた。


「本当に!不可抗力だったんだ!」

 アンドレスは柄にもなく降参するように両手を自分の肩よりも上に掲げながら言い出した。


「無理矢理にでも剥がせば、何処かの家具にぶつかって転がり、傷物にした!責任を取れ!と言い出していたのに違いない。ペドロウサ侯爵夫人は正妃であるイスベル様の親友とも言われている方なのでな、そんな家の娘を我が家が貰い受けるわけにはいかないのだ」


「ですがね、抱き合っている姿を他の人に見られても同じことだったのではないですか?二人は恋人同士だった、王宮の応接室で逢瀬を交わし合うような仲だったのだ、責任取れとなりませんか?」


「ブランカ嬢が居たというのに、二人の逢瀬にされたら堪ったものじゃない。そもそもあの令嬢はパンツの紐の緩さで有名なところがあるから、私に引っ付いた程度のことで結婚に結びつけられるわけがない」


「ぱ・・」


 パンツの紐の緩さとはなんだ?と、天を仰ぎながら考え込んだペネロペは、顔を真っ赤にしながら前を向く。


「その言い方はなんなのですか?レディを前にして言うような言葉ではないですよね?」

「そもそも君はレディだったのか?知らなかったな」

「むぐぐぐぐぐぐ」


 口を一文字にしてペネロペは唸り声を上げた後、何度も深呼吸をして自分を落ち着かせながら言い出した。


「今日はそんなことを話し合いに来たのではありません。イケメンは碌でもないのです、浮気をするのも当たり前なのです。女性と抱き合うのであれば、公共の場ではなく人の目がないところでやってください。そして金貨百枚を用意してください」


「私は浮気などしていない、あのよく分からない女が遂に真面目な婚約者から婚約破棄を突きつけられたかなにかして、それで私の所へ捨て身の覚悟で来たのだろう」


「捨て身って、本当に宰相補佐様が突き放したらテーブルの角にでも頭を打ちつけて、傷物になるつもりだったのですか?」


 令嬢が自ら傷を付けに行くとは到底思えないペネロペが驚きの声を上げると、アンドレスは屈託なく笑いながら言い出した。


「そもそも彼女はすでに男の味を何人も知っている。主な恋人は騎士見習いとして王宮に勤めている男のようだが、夜会などで派手に遊んでいるのは有名な話だよ。そんな令嬢にとって、私に突き飛ばされて出来た傷は『名誉の負傷』ということになるのだろう。小さな傷一つで、生涯、マルティネス侯爵家の金を貪って悠々自適に生活出来るのだから、何の問題もないと考える」


「そうすると、まんまと結婚した後も、浮気三昧の楽しい生活を送りそうですよね」


「顔立ちが良くて、周りからちやほやされてきた女なんてそんなものだ。初めては不慣れな人間ではない方が良いと言って純潔を簡単に散らし、結婚までの間のことだからということで、閨の技術に長けた者との官能の世界を楽しむわけだ。そう考えると君が言う通り、顔の良い奴には女も同様に碌な奴がいないということになるのかもしれないな」


「いいですか!私の周りの美人は身持ちも堅い方ばかりですし!全ての美人の女性がマカレナ様たちと同様などとは思って欲しくないのですけど!」


「君は私が今と同様のことを言っても耳を傾けることはないというのに、私に対してはそういうことを主張するのだな」


「ああ言えばこう言う」

「君に言われたくない」


 ペネロペが憎々しく睨みつけているというのに、アンドレスは余裕たっぷりの笑顔でペネロペの年齢の割には幼さが残る可憐で可愛らしい顔を見つめる。


 金貨百枚を払えと言っても、断固として払わないと主張するアンドレスに対して、

「じゃあいいですよ!金貨百枚を今ここで払わなくても良いですから、宰相補佐様に一つだけ、お願いを聞いて欲しいのです!」 

 と、ペネロペが言い出した時には、何処かの夜会に行く時にエスコートしろとか、ドレスを用意しろとか、宝飾品を用意しろとか、そんなことを言い出すのだろうなと思っていたのだが・・


「ロザリア姫の名誉を回復してください!」

 そう言い出したペネロペの、膝の上に置かれた握りこぶしがブルブルと大きく震えている。


「何故、今でも姫様は虚言を多く吐き出す問題王女なのですか!姫様のわがままで離宮の使用人を全員解雇したことになっているのですか!王族の私物を盗んだ侍女たちの問題が隠蔽されて、離宮の護衛の兵士たちの怠慢が何の問題にもなっていないのは何故なのですか?」


 ペネロペの質問に、思わずアンドレスは眉を顰めてしまったのだった。

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