第10話  自分勝手な妃

 アストゥリアス王国には二人の王子が居た。一人は正妃イスベルから生まれたアドルフォ王子であり、もう一人は側妃ジブリールから生まれたハビエル王子。そして、正妃から生まれたロザリア王女を含めた三人がラミレス王の子供ということになるのだが、婚約者を裏切り、廃嫡となったアドルフォ王子の代わりに、次の王位を継ぐのは帝国の血が混ざらないロザリア王女であると大半の者たちがそのように見ていることになる。


 正妃イスベルと彼女の後ろ盾となるシドニア公爵家は、ロザリア王女と隣国ボルゴーニャ王国のアルフォンソ王子を結婚させようと企んでいる。つまり、彼らの中ではロザリア王女を女王に担ぎ上げるのは決定しているようなものであり、傀儡にするためにはバカのままでいて欲しいとさえ考えている。


 姫の専属の侍女が宝石を盗み出すという盗難事件についても、離宮の使用人を入れ替えたことについても、全ては姫に仕える側に大きな問題があったからだ。だというのに、王宮では、姫の我儘により全ての者が解雇されたという噂が蔓延している。


「いやー、まいった、まいった」


 宰相であるガスパール・ベドゥルナは、疲れ果てた様子で自分の執務室へと戻ってくると、どかりと革張りの椅子に座りながら大きなため息を吐き出した。


「奥の宮の人事を任されているのは正妃であるイスベル妃殿下ということになるので、我々が勝手に行った人事移動が気に食わないらしい。しかも王女の宝石を盗んだなどいうことになれば、家を巻き込んだ状態で罪に問われる事になる。そのため、奴らは妃殿下に泣きついた。結果、侍女たちが盗んだものはイスベル妃殿下が下賜されたものであるとして、ロザリア姫が勘違いして大騒ぎをしたということで納められそうだ」


 ということは、過去、盗みを働いていた専属侍女たちも、無罪放免が決定したという事になるのだろう。


「イスベル妃殿下に呼び出されて、罵倒され、扇子を叩きつけられてきたよ」


 よく見れば、酷薄そのものに見える宰相ガスパールの頬には、幾筋もの血の線が出来ている。恐らく扇子で殴りつけられた時に出来た傷だろう。


「君はすでに知ってのことだとは思うが、私は、やられたらやり返す」


 執務机に肘をつき、組んだ両手に顎を乗せながらガスパールは蛇のような眼差しで目の前に立つアンドレスの顔を見上げた。


「不名誉な窃盗の罪から免れた専属侍女のイバナ・エトゥラは、近衛第二部隊長であるロドリゴ・エトゥラの娘なのだが」


「イスベル妃殿下の恋人だったという噂もあった男ですね」

「イバナと一緒に姫の宝飾品を盗もうとしていた男もまた、復職する予定でいるらしい」

「無茶苦茶ですね」


 本来、王家の私物を盗んだ時点で死刑だ、しかも彼らは現行犯で捕まえられているのだから逃れようがない。だというのに、全ては正妃イスベルの差配によって無かったことにしようとしているのだ。


「であるからして、アンドレス君、ストーリーを作りたまえ」


 いつもは暇さえあれば神経質そうにメガネを指先で押し上げているガスパールが、自分の眼鏡が鼻先まで下がって来ていることにも気が付かずに笑みを浮かべている。


「姫を巻き込む事になるから、君の婚約者と相談の上で対策してもらっても構わない。全ては君に任せることにしよう」


 アンドレスは、婚約者に相談の上とはどういった事だろうかと考えた。王宮に出仕しているとはいえ、彼女はまだ学生の身分であり、王家の裏側に深く関わるような案件に巻き込んで良いようには思えない。


 正妃イスベルは大きな罪を自分の都合で簡単に隠蔽しようとしている。死罪にもなるような罪をイスベル妃の自己都合でどうにでも出来るという事になれば、王宮の秩序が一気に崩れるのは目に見えている。


 宰相が言う通り、やられたらやり返さなくてはならない案件なのだが・・・

「本当にペネロペ嬢への相談が必要なのですか?」

「くどい」

 ガスパールは話は終わりだとばかりに、手にした書類をテーブルの上に投げつけた。


 

        ◇◇◇



 侯爵令嬢であるマカレナの秘密の恋人であるカルレス・オルモは騎士見習いとして働いていた。


アストリゥリアス王国の王都オビエドには王立学園と魔法学校とがそれぞれあり、魔力を持つ者は魔法学校へ、魔力が少ない者は王立学園へ、通う学校は保有する魔力量と本人の意思で決められる。騎士科もある王立学園に男爵家の次男であるカルレスが通い始めたのと同じ頃に入学したのがマカレナであり、顔立ちも整ったカルレスはマカレナに押し切られるような形で交際を始めることになったのだ。


 女性からも人気があるカルレスは、剣術大会でも4位の成績を残すジョゼップ・マルケスと人気を二分していたのだが、ジョゼップが下手を打って退場となってからは女性の人気を独り占めするようになっていた。


 そんなカルレスを秘密の恋人として持つマカレナはいつでも鼻高々で、マカレナの婚約者である伯爵令息さえいなければ自分が結婚出来るのにと、歯噛みするような思いを抱えているのだった。


 その日、王宮で盗みがばれて牢屋に放り込まれることになった従兄のセルジオ・コルテスの元へ、家族から頼まれた差し入れを持って訪れることになったカルレスは、牢屋の中で悠々自適に過ごしているセルジオからとんでもない話を聞くことになったのだ。


「えええ!マカレナが遂に婚約者と婚約を解消しただって?」


 マカレナと逢瀬を楽しんだのは五日ほど前のことになるのだが、そんなことを彼女は一言も言ってはいなかった。


「マカレナ嬢の婚約者も遂に堪忍袋の緒が切れたということなんだろう。婚約者の浮気相手だったお前のことも十分に把握しているみたいだから、近々、お前の方にも慰謝料を請求されるんじゃないかな?」


「はあ?俺が慰謝料を請求されるだって?」

 それは信じられない話だった。


「悪いのは婚約者だったマカレナだろ?」

「そりゃあそうだが、その浮気相手であるお前だって十分に悪いということになるんだろう」

「そんな・・慰謝料なんて払えるわけがないよ・・」


 カルレスの家は貧乏男爵家であり、家の家計を助けるために自分の給料を全て送っているような状態なのだ。マカレナが与えてくれる小遣いがなければ生活もままならなくなると言っても良いだろう。


「お前の慰謝料、俺の口利きでなんとか出来るかもしれないぞ?」


 牢屋の中のセルジオは、指先で金のサインを出しながら言い出した。

「俺の恋人はイスベル妃とめちゃくちゃ懇意で、俺の罪だって消してくれるような力を持っているんだよ」

「お・・お・・お前の罪が消えるのか?」


 セルジオはロザリア姫の宝飾品を盗むところを現行犯で捕まっているのである。死罪は間違いなしという状況なのに、確かに彼は悠々自適の生活を送っていた。


「近々、牢屋から出る予定でいるんだよ。だからさ、お前がある程度の金が用意できるようであれば、マカレナ嬢と浮気した罪、慰謝料諸々無しってことにしてやるよ」


 セルジオはそう言うと、太々しいまでに明るい笑みを浮かべたのだった。

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