第8話  言いたいことが言える仲

 王家の権力を大いに使って二人を応接室から追い出すことに成功したロザリア姫に飛びつくようにして抱きしめたペネロペは言い出した。

「姫様!姫様がそんなことまでしなくても大丈夫だったのですよ!」


 姫が二人の令嬢を追い出す姿を見て、ペネロペは自分の胸が抉れるような痛みを感じたのだった。


「イケメンに碌な奴がいないのはこの世の真理!美人がいれば、カケラでいいから食べちゃいたいと思うのが男っていうものなのです!だったら食べさせてやればいいじゃないですか!私は大金が手に入る!あちらは美女のご馳走が食べられる!ウィンウィンだったんです!ウィンウィン!」


「ウィンウィン言うな!」


 ぎゅっと姫を抱きしめるペネロペの頭を鷲掴みにしたアンドレスは、ぎりぎりと力を込めながら言い出した。


「誰が食べちゃいたいだ!食当たりを即座に起こしそうなゲテモノだったじゃないか!私にも好みというものがあるんだぞ!そもそも職場で不埒なことをするわけがないだろう!」


「痛い痛い痛い痛い」


 頭を締め付けられたペネロペが悲鳴をあげると、

「それにしても大胆なお嬢様たちでございましたね」

 侍女のマリーが言い出した。


「大胆どころの騒ぎではない、いくらペドロウサ侯爵家の令嬢であっても、許されることと許されないことがあるのが分かっていない」

「痛い痛い痛い痛い」

「美しい令嬢たちでしたが、閣下の胸を揺さぶるほどではなかったのですね」

「痛い痛い痛い痛い」

「ねえ、アンドレス、あんまりペネロペに酷いことをしないでちょうだい」


 アンドレスは侍女のマリーと会話をしている間も、ペネロペの頭を鷲掴みにしたままだったので、ロザリア姫の不安そうな訴えを聞いたアンドレスの力は弱まった。そのため、大きな手から逃げ出したペネロペは、その場にしゃがみ込んで姫を見上げた。


「悪者を追い出そうとする姫様は騎士のようで格好良かったですよ」

「そうかしら?」


 ツンと澄ました顔をしながら、嬉しそうに頬を緩ませるロザリア姫を見て、ペネロペの胸はぐりぐりと抉られる。彼女はこうやって自分の身を自分自身で守って来たのだ。


 そうして今は、ペネロペを守るために二人を追い出した。マカレナ嬢が抱きついていたアンドレスの婚約者はペネロペなのだ、もしそのことを彼女たちが知ったら、明確な悪意をペネロペに向けることになるだろう。


 姫の気持ちがよく分かるペネロペはロザリアの手を握りしめて、懇願するように言い出した。


「ですが、姫様は守られるべき人であるのです。いつでもどこでも、姫様を守ろうとする人間は身近に居るのです。まずは周りの人間を頼ってください、お願いです」


「でも・・でも・・私の周りにはそんな人居ないわ」

 思わず瞳を涙で曇らせる王女の頬を撫でたペネロペは悲しくなってしまった。


 確かに今までロザリアの周囲には彼女を守ってくれるような人間が居なかっただろう。母親である正妃に放置された姫は、周囲からも軽んじられていたのは間違いない。しかも護衛の兵士は、宝石を盗む片棒を担いでいたのだ。誰かを信用しろと言って早々、信用できるものではない。


「ペネロペはいつでも姫様の近くにおりますわ。それにマリーは暗器の使い手なので、いつでも姫様をお守り出来るのです」

「暗器?」

「マリー、見せてあげてくれる?」

「はい」


 鷹の嘴と呼ばれるサボタージュナイフを一瞬でスカートの中から取り出したマリーを見上げて、

「うわあああ!凄い!凄い!」

 ロザリア姫が興奮の声をあげている。


 ペネロペが王宮に出仕することが決まった時に、彼女の父親となるバルデム伯爵が、

「婚約クラッシャーとまで言われているペネロペは、多くの恨みを買っているでしょう。我が娘の安全を守るためにも、是非とも侍女を一人つけさせてもらいたい」

 と言っていたのだが、彼女が暗器使いだったとは聞いてはいない。


「それにしても、さっきから私が全く当てにされていないのは何故なのだ?」

 微笑みを浮かべるペネロペにアンドレスが声をかけると、

「問題の元凶が何を言っているのかしら?」

 ペネロペが怒りの声をあげてアンドレスを睨みあげてきた。


「美人に目が眩んで昼間からお楽しみになるのは結構!ですが、鍵くらいはかけておいてくださらないと困ります!」

「不埒な行為をしようなんて考えてもいないのは分かるだろう?突然、ご令嬢が私に飛び掛かってきたんだ!頭がおかしいのに違いない!」


「そもそも、お約束していたから顔を合わせたのでしょう?」

「約束などしていない!急にやって来たんだ!」

「では、何故、何の約束もなく急にやってきたご令嬢とお会いすることになったのかしら?」

「相手が侯爵令嬢だったからだが、それがどうした?」

「まあああ!高位身分の貴族令嬢だったら誰でも会うのね!」

「何かの陳情に来たのかもしれないだろう?」

「まあ!あのような方が何の陳情だと言うのかしら?想像も出来ないわ〜」


 自分の隣で激しく口論を始めた二人を見上げたロザリア姫は、

「ねえ、あの二人って本当に婚約者同士なのよね?」

 と、ナイフを仕舞い込んだ侍女のマリーに語りかけた。


 マリーは二人の様子をチラッと見ながら、

「言いたいことが言える仲っていうのは良いことなのではないでしょうか?」

 と言い出した。


 今まで言いたいことも言えない、聞いても貰えない状態で日々を送ってきたロザリア姫は、

「そんなこともあるのか」

 と言って、激しく言い争いを続ける二人を見上げてため息を吐き出したのだった。


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