第7話  姫のやり方

 マカレナ・ペドロウサは、アンドレスとの面会にまでこぎ着けることが出来たなら、それで勝利は決まったものだと考えていた。


「私・・私・・婚約者に浮気をされて捨てられて・・もうどうして良いか分からなくて・・」


 浮気をしていたのはマカレナであり、元婚約者は不義理など何も行っていないだろう。出会い頭で嘘を言い出したマカレナは、物凄い勢いでアンドレスの胸に飛び込んだ。


 付き添いでここまで来てしまったブランカ・ウガルテが瞬きを二回している程度の時間のうちに、マカレナは悲壮感たっぷりな様子でアンドレスにしなだれ掛かっている。


「でも・・でも・・親が決めた婚約者と別れられたというのなら、今度こそ本当に好きな人と結婚出来るということに気が付いたのです!」

「離れろ」

「アンドレス様!お慕いしております!」

「離れないか」


 ガッツリと抱きついたマカレナは自分の豊満な胸を彼の逞しい胸板にグイグイと押し付けた。


 ここでマカレナの豊満な胸の虜となったらそれで良いし、

「やめないか!」

 と言って突き放された時には、突き飛ばされた勢いでテーブルの角に自分の額をぶつける予定でいる。令嬢とは思えない捨て身の作戦と言えるだろうが、マカレナがここで傷物となったら、侯爵は責任を取らなくてはならなくなる。


 元々、アドルフォ王子の婚約者候補だったマカレナは、自分の家と同じ爵位であるアンドレスに対してそれほど興味を持っていなかった。だとしても、元婚約者が伯爵家であったことを考えれば、まだ我慢が出来るかもしれない。


『さあ!私を抱きしめても良いのよ!それとも突き飛ばす?いいのよ突き飛ばしても!そうなったら傷物となって生涯あなたの人生に寄り添い続けてあげるから!』


 恐ろしい女の執念のようなものを感じたアンドレスが、マカレナに抱きつかれたまま体を硬直させたちょうどその時に、

「アンドレス!アンドレス!ちょっと話を聞かせてちょうだい!」

 可愛らしい声が扉の外から聞こえてきたかと思いきや、ノックもなしに扉が開かれることとなったのだ。


「アンドレスったら!」

「「まあ!」」


 貴族用の応接室へと乱入して来たのはロザリア姫であり、姫の付き添いとして後に控えるペネロペと侍女のマリーが、女性と抱き合うアンドレスを見つめて驚きの声をあげている。


 一瞬、唖然となったものの、ロザリア姫は憤慨した様子で、

「不埒だわ!日中から信じられない!」

 と、怒りの声をあげている。


「不埒ではありません、こちらの令嬢がいきなり私にめがけて飛び掛かってきたのです」


 アンドレスは姫にそう答えながらマカレナを剥ぎ取ろうとしているけれど、それでもマカレナはアンドレスの胸に自分の顔を埋めて、しがみつくようにして動かない。


「ですよね・・ですよね!」

 胸の前で神に祈りを捧げるように両手を握り締めたペネロペは、

「金貨百枚いただきです!最っ高に楽な賭けでした!ありがとうございます!」

 顔を真っ赤にして喜びの声をあげている。


「待て、待て、待て、待て!私は大事な婚約者が居るというのに、他の女に手を出すような不埒者ではないぞ!」


「じゃあ、その腕の中の令嬢はなんなのです?」

「知るか!いきなり飛び掛かってきたんだ!」

「えー?本当にアンドレスに向かって飛び掛かってきたの?」

「そうです!」


 ロザリア姫は未だにアンドレスの胸に顔を埋めたままのマカレナをじっと見つめると、

「国王陛下であるお父様は王宮の乱れた風紀を好まないと聞いたし、取り締まりを厳しくしようとも言っていたわ」 

 十歳のロザリア姫は自分の胸の前で腕を組み、片手を自分の頬に添えながら、小首を傾げて言い出した。


「ペドロウサ侯爵家の令嬢と宰相補佐であるマルティネス卿が、こともあろうに王宮の応接室を利用して不埒な行為に耽ろうとしていたのなら大問題。両家とも爵位を剥奪してやろうかしら」


 爵位剥奪を姫の口から示唆されたマカレナはパッとアンドレスの体から離れると、乱れた自分の髪の毛を整えながら、

「侯爵閣下には気分が悪かったところを介抱して頂いただけですわ」

 妖艶な笑みを浮かべながら言い出した。


「あら、気分が悪かったの?」

 ロザリア姫はそう言ってマカレナを見上げると、

「だったらすぐにお帰りなさいな、貴女の香水の匂いが不快なの!今すぐ出て行って頂戴!」

 今まで見たことがないほど居丈高に言い出したので、

「姫様」

 ロザリア姫の細い肩が微かに震えていることに気がついたペネロペは、何故、姫様が言う通りにこんな場所まで出向いてしまったのだろうと後悔することになったのだった。


「そんな・・私は!」

「うるさい、誰に向かって口をきいているつもりなの?不敬罪で牢屋に送り込んでも良いのだけど?」

「マカレナ様!」


 すでに真っ青になっているブランカ嬢が、何度も頭を下げながら引きずるようにしてマカレナを外へと連れ出していく。マカレナの同伴者であったブランカ・ウガルデ嬢は、もしもマカレナがここで不敬に問われれば、連座で捕らえられることもあるわけだ。


「失礼致しました、ご容赦くださいませ!」


 ひたすら謝りながら外に飛び出すと、すでに扉の外には衛兵が待ち構えるようにして立っていたのだった。

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