第6話  マカレナという女

「閣下、バルデム伯爵様は閣下とペネロペ嬢の婚約に同意しサインをして下さいました」


 王宮へと戻ってきたアンドレスの部下は、バルデム伯爵へ、挨拶には後日伺うということをきっちりと伝えて来てくれたようで、

「そうか、それではこの書類を提出し、婚約証明書を発行するように担当の役人に頼んできてくれ」

 書類に不備がないか確認したアンドレスが書類を渡すと、秘書官の一人が慌てたようにして、

「閣下、ペドロウサ侯爵令嬢が閣下にお会いしたいと言ってやって来ているのですが、何かお約束などされていましたでしょうか?」

 と、言い出した。


「ペドロウサ侯爵令嬢というと、マカレナ嬢ということか?」

「はい」


 マカレナ・ペドロウサ侯爵令嬢、一時期はアドルフォ王子の婚約者候補に名前が挙がっていたこともあったものの、頭のバカさ加減が酷いこともあって候補から脱落。王立学園でも成績は最底辺を行ったり来たりといった調子で、侯爵家の顔だけ令嬢とも呼ばれているような人物だ。


「どういった用件で私に会いたいと令嬢は言っているんだ?」

「会ってからでないとお話は出来ないの一点張りでして」

「そうか・・・」


 マカレナ嬢自身は、顔だけはやたらと美しいものの、パンツの紐の緩さは相当なものだと言われているような令嬢だ。


 結婚も令嬢のわがままで一年、二年と伸ばしているような状態だったのだが、昨今の婚約破棄ブームが広がる風潮の中で、真面目で堅実だと言える令嬢の婚約者が、そろそろ三行半を下すのではないかと噂になっていることは知っている。


 令嬢自身はおバカ過ぎて視界にも入れたくないアンドレスは、令嬢の母親である侯爵夫人が正妃イスベルと親友同士の間柄ということを知っている。


 正妃イスベルの後ろ盾となるシドニア公は、ハビエル王子とラミレス国王を廃して国を牛耳ろうと企んでいるのは間違いない。もしかしたら、自分たちの勢力を拡大するためにアンドレスにまで声をかけて来たということになるのだろうか?


「本当に面会を希望しているのはマカレナ・ペドロウサ嬢に間違いないのだな?」

「ブランカ・ウガルテ嬢が一緒ですが、何か問題がありますでしょうか?」


 ウガルテ伯爵家はシドニア公爵傘下の貴族となる。令嬢二人でアンドレスを訪問することによって、派閥の勧誘に来たということか?


「遂に動き出したのか・・」


 ロザリア姫を女王に担ぎ上げることによって、王国を手中に収めようと企んでいるシドニア公が、自分を勧誘するために二人の美人の女性を送り込んで来たというのなら、随分と見誤った見方をされたものだと呆れ返るばかり。


 アンドレスは別に美人を前にして鼻の下も伸ばさないし、美人に良い顔をするために自分の言動を変えるようなことなどしない。二人の妙齢の令嬢が送り込まれて来たということは、アンドレスの好きにして良いと言っているようなもので不快感が拭えない。


「随分と舐めてくれたものだな・・・」

 憤慨したアンドレスは立ち上がり、二人の令嬢が案内された応接室へと移動することになったのだが、

「アンドレス様!」

 品のある家具で取り揃えられた貴族用の応接室で待っていた様子のマカレナ嬢は、興奮で顔を赤らめながら席から立ち上がる。


 隣のブランカ嬢は恭しくカーテシーをしているというのに、マカレナはまともな挨拶一つしない状態で、

「アンドレス様!私と結婚してください!」

 と、興奮に顔を赤らめながら言い出したのだった。



      ◇◇◇



 ロザリア姫の専属侍女として王宮に仕えているペネロペは、離宮の人員不足を補うために、朝から晩まで離宮に詰めているような状態だった。


 身近に置く者をまだまだ増やすことが出来ない。人間不信が酷いことになっているロザリア姫は、家庭教師とは上手く交流出来るようになったものの、今まで仕えていた侍女たちが酷過ぎてトラウマとなってしまっているらしい。


 今日も今日とて、午後のお茶をロザリア姫と取りながら、勉強の成果や感想、今後の勉強方法などについて話をしていたペネロペは、

「お嬢様、旦那様からお手紙が届いております」

 伯爵家から連れて来た侍女のマリーから手紙を受け取って、

「すぐに手紙の内容を確認してもらいたいとのことでしたが・・」

 と、マリーは眉をハの字に下げながら言い出した。


「ペネロペ、大事な手紙かもしれないからここで見ても良いわよ」

 ロザリア姫は十歳、焼き菓子を口に放り込みながら言い出したので、ペネロペは遠慮せずに手紙の中身を読むことにしたのだが、

「宰相補佐様が私の父へ、婚約申込書を送りつけて来たみたいですね」

 そう言って開いた手紙を無表情のままたたみだす。


 すると、ロザリア姫と侍女のマリーが声を揃えて、

「「婚約申込書ですって!」」

 驚きの声をあげた。


 二人は一瞬、目と目を合わせると、一つ頷きながらロザリア姫が言い出した。


「ペネロペ、アンドレスと婚約するつもりなの?」

「ええ・・まあ・・」


 ペネロペの歯に物が挟まったような物言いに気がついた様子の姫と侍女は、お互いに目と目を見合わせると、侍女のマリーが笑顔を浮かべながら言い出した。


「お嬢様は王宮に狩場を移して、王宮内に潜伏する大物狙いで婚活すると言っていましたものね?無事に大物を射止めたということでしょうか?おめでとうございます!お嬢様!」


「う・・うん、うん、ありがとう」


 超大物を射止めたというのに、ちっとも嬉しそうにしないペネロペを眺めた二人が視線と視線を交わし合っていると、ペネロペはしどろもどろとなって言い出した。


「あ・・愛とか恋とかそういうのではなくて・・結婚希望の女性たちのアピールに辟易としていた宰相補佐様としては・・私を虫除けの線香にするのにちょうど良いと思ったのでは無いかしら?」


 虫除けにもなるハーブを乾燥させて粉状にしたものを、タブ粉と混ぜて練り上げる。成形して乾燥させたものは持ち運びも良く、火をつけて虫除けにも使うのだが、ペネロペは女避けの線香の役割を担うために婚約者に抜擢されたと言うのだった。


 アンドレスから賭け事のこと、期限は一年ということ。この婚約は契約みたいなものであり、アンドレスが賭けに負けたら金貨百枚と共に結婚相手を用意して貰うということは口外厳禁であると言われているペネロペが、


「閣下に良い人が現れるまでの繋ぎの婚約者みたいな?本当は婚約者じゃ無いんだけど、邪魔な女性を近づけないために私を利用したい的な、そんな感じな・・」

 と、しどろもどろで要領をえないことを言い出したため、

「まだ次の家庭教師が来るまでに時間があったわよね!」

 と、言いながら、ロザリア姫は勢い良く立ち上がったのだった。

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