第5話 横行する婚約破棄
マカレナ・ペドロウサはペドロウサ侯爵家の三女であり、二人の姉はすでに嫁いでいるし、一人いる兄も結婚をして子供もいる。
三女のマカレナはアストゥリアス王立学園を卒業後、伯爵家の嫡男と結婚をする予定となっていたのではあるが、
「私、まだまだ学びたいのです!結婚まで一年待って欲しいんです!」
と言って、結婚まで一年の猶予を得ることに成功した。
花嫁修行だと言っても何をするでもなく、学生の時に交際をしていた騎士を目指す恋人との逢瀬を楽しんでいたのだった。
マカレナの婚約者はすでに王宮に官吏として勤めていて、
「完璧な状態で伯爵家に嫁ぎたいのですわ!」
というマカレナの望むように結婚を更に一年引き延ばすことを了承した。
マカレナが卒業した次の年には、アドルフォ王子が婚約者である侯爵令嬢と婚約を破棄したり、初等部を卒業する公爵家の嫡男が婚約破棄を宣言して男爵令嬢の手を取ったりと、卒業シーズンに世間を騒がすような大事件が連発して起こってはいたものの、すでに学園を卒業したマカレナには関係のないことだ。
騎士見習いとなって王宮に仕えることになった恋人との逢瀬が楽しくて、
「あと一年!勉強がしたいのです!」
と言って結婚を更に引き延ばしたマカレナは、遊びと恋にうつつをぬかしていたのだが、
「マカレナ嬢、貴女との婚約は、貴女の有責で破棄したい」
浮気の証拠を山のように提示されたマカレナは、両親が揃った場で婚約破棄を突きつけられることになったのだった。
マカレナの婚約者は伯爵家、マカレナの家は侯爵家。こちらの爵位が上なのはもちろんのこと、格上の家を相手に何を言い出すのかとマカレナの父は憤ったのだが、
「マカレナ嬢はすでに純潔ではないのですよ」
という爆弾発言が投下されることによって、侯爵家の応接室はシンと静まり返ることになったのだった。
「マカレナ嬢の恋人は騎士の寄宿舎に住み暮らしていることもあり、二人は月に4・5回程度の頻度で逢引き宿を利用しております」
証拠の写真と相引き宿の場所と証言をまとめたものをテーブルの上に置いた婚約者は、
「最近では、初夜を誤魔化す方法などというものが淑女の間に出回っているそうで、マカレナ嬢もそれで誤魔化せるものと考えたのでしょう」
と言ってため息を吐き出した。
「だ・・だが・・君はマカレナのことを愛していたのだろう?」
侯爵の言葉に婚約者は首を振りながら答えた。
「全く、全然、政略結婚だとしてもお断りだと考えておりました」
「君!あまりにも無礼だぞ!」
「そうですか?」
マカレナの婚約者は呆れた様子でため息を吐きながら、今までいかに、マカレナが自分という格下の婚約者を軽く扱ってきたか、今までいかに、格下の伯爵家のことを馬鹿にしてきたかということを淡々と述べると、
「これも良い機会なのです、私のような格下ではなく格上の相手と結婚をしたら良いのでは?」
と言うと、
「そちらの有責なので慰謝料は請求いたします。もしも支払いをしない場合は、この情報を新聞社に売るつもりなので、そこのところはご理解ください」
テーブルの上に並べた書類を整理する。
「き・・きみだって、そのような年齢になって結婚相手が居なくなるのも困るだろうに」
侯爵の言葉に顔を上げた婚約者は、今まで見たこともないような笑顔を浮かべながら言い出した。
「今は婚約破棄が無事に成立する風潮にありますので、フリーになった淑女達が婚姻目的で活動を行っているのです。特に王宮では結婚を希望する者達を集めたお茶会などが計画されることも多いため、何も困ることなどないのですよ」
鞄を手に持った婚約者はマカレナとその両親を見下ろしながら、
「頭の良い、身持ちの堅い子爵家の令嬢との結婚話が上司の差配で進められているような状態ですので、私の方は何の心配もないのです」
そう言って、婚約破棄に同意するサインが記された書面をテーブルの上から取り上げた。
「マカレナ嬢には騎士見習いの恋人が居るので不必要だとは思いますが、結婚を考えるのなら王宮に行ってみなさい。貴女のように婚約中も浮気三昧で楽しんだ男ほど売れずに残っている状態なので、よりどりみどりで選び放題ですよ」
と言って、侯爵家を去って行ってしまったのだった。
激怒したマカレナの父は、自由奔放に遊び過ぎた自分の娘の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとしたものの、
「お父様!顔を殴れば婚活に支障をきたすことになりますわ!」
マカレナは父親に負けじと大きな声を張り上げた。
「私は!ペドロウサ侯爵家の娘ですのよ!そもそも格下の伯爵家に嫁ぐこと自体が間違いだったのです!」
「だったらお前は!純潔を失った身の上で、格上の男と結婚出来るとでも言うのか!」
「ええ!出来ますとも!」
侯爵家の三人娘の中でも一番の美姫と言われるマカレナならば、王宮に行けばいくらでも相手を選べる。それこそ今出て行った婚約者の言う通り、よりどりみどりで選び放題に違いない。
「お父様!お母様!少しの間、待っていてください。すぐにも素晴らしい伴侶を見つけて来ますから!」
そう言って王宮へと出かけて行ったマカレナは、早速、学園時代に仲が良かったブランカ・ウガルテと顔を合わせることになるのだが、
「確かに婚約破棄が横行しているのだから、フリーの相手を見つけるのは簡単だっていう話もあるわよね」
と言って、ブランカはカールした自分の髪の毛を指先でくるくる絡め出す。
「ペネロペ・バルデムの所為で王宮内に婚活ブームが巻き起こったんだけど、そのペネロペ・バルデムの所為で、私たちみたいな令嬢は相手にされなくなってしまっているのもまた事実なのよ」
と、マカレナにとっては意味不明なことを彼女は言い出した。
「ちょっと、そのペネロペ・バルデムっていう娘の名前からしてよく知らないのだけど、バルデムというのなら伯爵家の令嬢ということよね?」
「そう、その伯爵家の令嬢が王宮に勤める官吏の婚活を進めているんだけど、身持ちの堅い令嬢限定、この意味わかる?」
「はあ?」
意味がわからずマカレナが顔を顰めると、ブランカはマカレナの耳元で囁いた。
「今まで男と派手に遊んだことがない令嬢限定、貞淑な淑女限定、つまりは純潔重視の婚活事業になっているってことよ」
「えーっと、処女なんてそんなに重要じゃないじゃない?それに、痛がったフリして最後にシーツに用意した血液を塗りつければ問題ないってみんなで言っていたじゃない?」
「アドルフォ王子の婚約破棄騒動があってから、男性側の浮気が問題視されるようになって婚約破棄が連続して起こるようになったのよ。世間の風潮が婚約破棄を後押しするような形となったため、格下の家からの婚約破棄も許されるし、相手の有責に持っていける。特に女性の場合は、浮気をすることで別の男の子供を産み落とされる恐れが大きくなっているため、男遊びをしていなかったどうかということが重視されるようになったのよ」
「えーっと・・」
ブランカが言う言葉は難しくてよくわからない、よくわからないなりに考えてみたマカレナは、
「でもね、一発逆転でアンドレス様と結婚すれば何の問題もないのじゃないかしら?」
と、能天気なことを言い出した。
「そりゃ、難攻不落の宰相補佐様を落としたら、何の問題もないのでしょうけど」
あんたにそんなこと出来るの?そんな眼差しでブランカはマカレナの美しい顔を見下ろした。
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