【第二・三・四部】アストゥリアスの花

第4話 ペネロペの父の困惑

　ペネロペの父であるセブリアン・バルデムは、娘がロザリア姫の専属の侍女として離宮に仕えることになったという話を聞いた時には、

「一体なんの冗談だ？」

　と、思ったのは間違いのない事実。

　ペネロペはフェレと婚約を破棄した後は、アドルフォ王子と婚約破棄をしたグロリア嬢に染められたというか、ヤケを起こしてはっちゃけたというか、

「お父様、私、いつの間にか婚約クラッシャーと呼ばれるようになってしまいましたの」

　と、娘に告白された時には、そうだろう、そうだろうと思ったものだった。

　アドルフォ王子の婚約破棄に引き続いて、バシュタール公爵家のカルネッタ嬢が婚約者の小公子に断罪されるという事件が続いたことにより、婚約中の浮気は白い目で見られる風潮になっていたわけだ。

　貴族と貴族の結婚は政略的に結ばれるものが多いのもまた事実ではあるけれど、今、この時期に浮気を自重できないような男は、将来的には嫁の家に泥を塗りつけることになるのは目に見えている。

　カサス侯爵家のグロリア嬢とバシュタール公爵家のカルネッタ様が婚約に問題が発生した時には後ろ盾となってくれる。そんなこともあって、たとえ相手の家が格上であろうと、相手の有責での婚約破棄が簡単に行えるようになったのだ。

　二人の令嬢と親しい立場にいる自分の娘が陰で暗躍をした所為で、幾つもの縁談が潰れていったと話に聞いたし、大勢から嫌味を言われることにもなったのだが、

「近隣諸国との太い販路がある我が家としては、少々の高位貴族を敵に回しても、何の問題もないから心配しないで良いのだよ」

　と、娘には言って安心させるようにしていたのだ。

　娘のペネロペは敵と同じだけ味方を作り出し、その味方も強力な家の者が多い関係から、バルデム家の損害はそれほど大したものにはならなかった。更にはペネロペのお陰で、今までは縁もゆかりもなかった家との繋がりも持てるようになったわけだ。

　伯爵家への損害はプラスマイナスゼロといったところではあったものの、ペネロペの結婚相手を探すという点においては暗礁に乗り上げることになる。

「お父様、婚活の場を王宮に移すために学校を休学して王宮に出仕することに決めました」

　と、ペネロペが言い出した時には、何の冗談だろうかと思ったものの、

「お前が出仕するのか、とにかく、精一杯頑張りなさい」

　と言って送り出すことにしたのだ。

　ペネロペは王宮に婚活の場を移すとは言っていたけれど、きっと結婚相手を見つけることなど出来ないだろう。婚約クラッシャーという異名を持つほどの娘は多くの恨みを買っている。そんな娘と結婚をしよう等という男が王宮内に居るとは到底思えない。

　鉱山開発が暗礁に乗り上げたアルボラン伯爵家の息子フェレがバルデム家の金欲しさに復縁を求めて来るかもしれないが、それだけは絶対に許さないと伯爵は心に決めていた。

　娘に言われて婚約者の浮気調査をしたところ、出るわ、出るわ、今のご時世でここまで浮気をしているというのなら、一生、何処かの女と浮気し続けるだろうと判断した。フェレと結婚するくらいなら、娘は一生独身で構わない。

　なにしろ娘の好みの男性というのは、三日で顔を忘れてしまいそうな凡庸な顔立ちの男だというのだから、そもそも、色男のフェレでは娘の好みに合わなかったのだ。

「はーっ、末の娘だからと甘やかし続けてしまったかな」

　元婚約者のフェレとの交流を見ていた限りでいえば、末娘のペネロペは可憐でおとなしい性質の娘であり、いつでもフェレを前にして頬を染めて俯いてしまうような娘だったのだ。

　その可憐な娘が婚約クラッシャー、グロリア侯爵令嬢やカルネッタ公爵令嬢に懇意にしてもらっているという時点で、自分の娘は相当に根性が据わった性格をしていたことになるのだろう。そんなことにはちっとも気が付かなかった伯爵が二度目のため息を吐き出していると、

「旦那様・・旦那様・・」

　と、家令から声がかけられたのだった。

「旦那様、マルティネス侯爵家から封書が届きました。使者が言うには早急の対応を望まれているとのことでございまして」

「マルティネス侯爵家から？」

　ペネロペの父は思わずキリキリと痛む自分の胃の辺りを手のひらで押さえつけた。

「急ぎの対応だって？」

　アンドレス・マルティネスはペネロペを王宮に出仕させた張本人である。

「またペネロペが何かしたのだろうか・・・」

　なにしろペネロペの父は、昨日、宰相のガスパール・ベドゥルナから直々に、

「バルデム伯爵、あなたの娘さんはいろいろ(・・・・)な意味で面白いですね」

　と言われたのだ。

　宰相閣下が言葉の暗に含めた部分に、娘の問題行動が色々と含まれているようで、

「ううー、見たくないなー！」

　侯爵家からの封書を前に思わず呻き声を上げてしまう。

　それでも格上の相手から早急の対応を求められているのだ。覚悟を決めた伯爵が封書を開いて眺め下すと、

「はああああああ？」

　と、屋敷に轟くほどの驚きの声を上げたのだった。

　マルティネス侯爵家から送られて来たのは、偽造でも何でもない婚約申込書に他ならない。すでにペネロペの了承は得ているため、早急に婚約を進めたいという内容の手紙も同封されており、

「ええええええ・・ペネロペの好みとは真逆をいくタイプだと思うんだけどなあ・・」

　娘から三日経てば忘れてしまうような凡庸な顔の男が好みだと聞いていた伯爵は、

「マルティネス侯爵、娘の好みと全く、真逆の容姿だと思うのだが・・」

　と呟きながら頭を悩ました。

　娘に婚約を申し込んできたアンドレス・マルティネスは、天才彫刻家が作り上げたのかと思うほどバランスの取れた美丈夫で、一度見たら忘れられないし、三日経っても忘れられない容姿の持ち主ということになるのだが・・

「旦那様、侯爵家の使者様がお待ちなのですが？」

　家令の言葉にハッと我に返って、

「そうだよね、急がないとまずいよね」

　と、自分に言い聞かせるようにしてペンを走らせたのだった。