第3話 元婚約者の思い
「またペネロペ嬢を王宮でお見かけしましたわ」
「やっぱりフェレ様のことを未練に思っていらっしゃるのよ」
「何でも人が集まらないロザリア様の離宮に自ら志願されたのですって」
「よっぽどフェレ様の近くに居たいと思っていらっしゃるのね」
「別れてからその大切さに気がつくって良くあることですもの。きっと、ペネロペ嬢もフェレ様の大切さに気が付いたのではなくて?」
財務部のエリートであり、見目麗しいフェレ・アルボランは入職当初から良く女性に話しかけられては居たのだが、最近は元婚約者のペネロペを引き合いに出して話しかけてくる令嬢がやけに多い。
当初はフェレも、自分恋しさに無理をしてペネロペが王宮に潜り込んできたのかと思ったのだが、どうやら彼女は、ロザリア姫の専属侍女として働いているらしいと人の噂で聞くことになった。
アドルフォ王子が廃嫡となり、王位継承一位に躍り出たロザリア姫は問題のある方だった。嘘をつき、周りの人間を貶め排除する。誰も彼もがロザリア姫の離宮に勤めることを嫌い、遂に最後の一人までも牢屋に入れてしまった姫様の元に、急遽あてがわれることになったバルデム伯爵家の娘であるペネロペのみが残る形となったらしい。
フェレと婚約を破棄することになったペネロペは自暴自棄に陥り、仲の良かった友人とその婚約者との関係にチャチャを入れ、最終的には友人の両親までも巻き込んだ上で破局にまで持っていく。
『婚約クラッシャー』の異名まで付けられることになったペネロペの結婚は絶望的だからこそフェレとの復縁を望んで、誰もが就きたがらないロザリア姫の専属侍女の座にしがみついて王宮へ出仕をしているのだろう。
そんな彼女をスカウトしたのが宰相補佐であるアンドレス・マルティネス侯爵ということになるのだが、特別仲が良さそうに見えたのはペネロペがあざとさを披露した時だけのことで、マルティネス侯爵自身はペネロペに対して何の感情も動かしていないという。
なにしろあれほど仲良さそうに見えた二人だけれど、未だに二人が婚約しているという話が出て来ない。結局のところ宰相補佐は通常運転に戻っただけで、ペネロペ嬢はただ遊ばれただけとも言われているのだった。
「ああ、僕が婚約破棄になどならなければこんなことにはならなかったのに・・」
そもそも生意気にも浮気の報告書なるものまで作って提出してきたペネロペが悪いということになるんだよな。
「ペネロペはきっと後悔しているのに違いない、ここで彼女に救いの手を伸ばすべきなんじゃないだろうか?」
そんなことを考えながら家に帰ると、最近、髪の毛が極端に薄くなった父と顔を合わせることになり、
「やはり鉱山は閉めなければならないようだよ」
という言葉を聞いて、
「何故ですか?深くまで掘り進めれば良いという話ではないですか?」
フェレは疑問の声をあげることになったのだ。
くたびれ果てた父の話を聞いてみると、やはり、鉱床があるかどうかが不確か過ぎるという話になり、出資を考えてくれる人など居ないような状態だと言うのだ。
「バルデム伯爵ほど親身に考えてくれる人などいる訳がないのだよ、バルデム伯爵と縁を切った時点で鉱山経営は終わりだ。フェレ、今まで王宮の給料はお前の管理に任せていたが、今後は伯爵家の管理とさせてもらうことになるよ」
フェレは目をパチパチと瞬かせながら言い出した。
「なんですって?何を言っているのですか?」
「今までは鉱山の収益で伯爵家は上向き続けていた訳だが、これからはそうはいかない事になる」
「そうしたら、僕が必死に働いて稼いだお金は何処に行くのです?」
「伯爵家に行くに決まっているじゃないか」
「冗談ですよね?」
フェレの父は呆然とした後に、顔を真っ赤にして怒りを見せる息子の姿を仰ぎ見て、今まで甘やかし続けたツケが来たのだと悟ることになる。
「家のために出仕して働いているのだから、家に金を入れるのは当たり前であろう?今までは鉱山の収益があったからお前から金を徴収することはなかったが、これからはそういう訳にはいかないのはお前にも分かるだろう?」
「伯爵家の領地から上がる税収があるじゃないですか?僕の給料に手をつける必要なんてないでしょう?」
「バカモンが!」
額に無数の血管を浮き上がらせて激怒したのは父の方だった。
「私だって若い時には王宮に出仕した!その時には金の3分の2は家に入れていたものだ!それが官吏として働く者の勤めだと何故分からない!」
「で・・ですが!」
「領地の税収があるだろう?ふざけるな!その税収が鉱山の閉山によって落ちるだろうことはちょっと考えただけで分かるものだろう!お前が女にうつつを抜かして婚約者に捨てられなければこんなことにはならなかったんだ!全部お前の所為なんだぞ!」
フェレは生唾を飲み込んだ。
鉱山を閉山することにより、自分の給料に手を付けられるような事態に陥るとは思いもしなかったからだ。
「お前はいいよなぁ、給料もまるまる使える訳だろ?」
「俺なんて給料のほとんどを持っていかれちまうんだからさ」
「貧乏子爵家とは雲泥の差だよ」
「本当にお前が羨ましい」
能力主義の財務部には子爵家や男爵家出身の者も多く、彼らはその給料のほとんどを家に取られてしまうのだと嘆いていた。
高位の貴族の家や内情が豊かな家ならいざ知らず、大概の官吏は給料を家や家庭に費やすことになる。
「自由に使える金?何それ?」
「わずかだよ!ほーんのわずか!」
「分かった、分かった、今日は僕が会計を持ってやるからさ」
そう言って同僚に施しを与えてきたフェレは、今後は施しを与えられる側に落ちることになるわけだ。どうしてこんなことになったのか?誰が悪い?本当は誰が悪いって?
「父上、実はペネロペとは復縁が出来そうなんです」
「なんだって?」
「実はペネロペは、僕に会うために王宮にわざわざ出仕しているのですが、僕の方で対応をどうしようかと考えていたところで・・」
「それは本当の話なのか?」
ペネロペはあれほどフェレに惚れ抜いていたのだ。婚約を破棄したからって、すぐさま愛情が消えてしまう訳がない。
「ええ、父上、ペネロペは僕に惚れていますから」
自分の父にそう言い切ったフェレは、ペネロペ宛に何度も手紙とプレゼントを送り続けたのだが、相手の方からは一切の返信はなし。プレゼントを送り返されてきても、
「いつまで拗ねているんだろう?ペネロペは素直じゃないからな・・」
安易に考えていたフェレの元へ、ペネロペの婚約の情報が持ち込まれるのはそう未来(さき)の話ではないことは確かなことだ。
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