第2話  男と女では考え方が違うのです

「私は常々思うのだけれど、私たち貴族は家を守るために政略的な意味で結婚相手を選ばれることになるわよね?」

「そうですね」


「女性側はなるべく愛ある結婚生活を送りたいと考えることから、男性側に対して下手に出るし、男性側は、下手に出る女性の態度を見て、こいつはそこまで俺に惚れているのだなと考えるわけ」

「それはありますね」


「女性は立場が弱く、夫に傅くものだと考える貴族男性は多いわ。だからこそ、学生中の男性側の浮気は許されても、女性側は許されない。結婚して子供を産んでからは、それぞれ愛人を作って楽しめば良いじゃないという風潮があるけれど、女性側は第一子を産むまでの間は貞淑を求められることになるわけよね?」

「まあ、そうです」


 貴族は血を残すのが命題である。万が一にも妻が浮気をして、自分の血を引かぬ子供を産み落とすことなどないように、女側の純潔、貞淑が求められるわけだ。


「他の男に見向きもせずに、自分だけを見て愛を求める婚約者は『自分に惚れ切っている女』ということになるのでしょう。男性の場合、一度でも自分に惚れたことがあるのなら、その後も自分に惚れ直すことがあるのだろうと思うわけ」


「実際に女性側が愛してもいないのに、やけに自信たっぷりな男が多いなと思ったらそういう理由で自惚れていたわけですか」


「そうよ」


 グロリアはチョコ菓子を口に運びながら言い出した。


「そうして女性の場合はということになるのだけれど、愛した人をズルズルと引き摺りながら未練たらたらとなっている方も確かにいます。そうして都合の良いストック女となった方達は、同じ男に泣かされ続けることになります。ですが、私とペネロペは違うでしょう?」


「確かに年上の婚約者であるフェレに恋に恋した時期はありましたけど、それはもう過去のものだと断言できますね」


「そうでしょう?復縁を求めて来たって馬鹿じゃないの?と思うでしょう?その気持ちはよく分かります。私は思うに、大半の女性は男性よりも割り切りが早いのではないかしら?」


 確かにペネロペも自分の中でフェレに見切りを付けるのは早かった。彼の自己都合による発言や、嘘まみれの愛情、こちらを都合の良い存在にしか考えない浅はかさを垣間見て『ないわ!ないわ!ないわ!』と思ったのは確かだ。


「男性側がストック型だとするのなら、女性側はパッチリ、ガッツリ断絶派が多いんじゃないかしら?」


「確かに私はもう無理って思いました。特に、父が用意してくれた浮気報告書を見て生理的に無理の域に達しましたもの」


「でも、婚約中のペネロペは愛らしく彼のことを慕っていたわけでしょう?あの頃のペネロペが戻ってくると彼は思っているのではないかしら?」


「いやいや」


「それにペネロペと噂になったのが宰相補佐様だったというところがまずいわよね?『結婚したい男ランキング』で毎年上位をキープする伊達男と噂になっているのだもの、ペネロペと宰相補佐様を近付けたくない淑女たちがフェレ様を焚き付けているという話も耳にしているわ」


「それですよね」


 ペネロペは思わず自分の頭を抱えてしまった。


 アリカンテ魔法学校に通うペネロペは、友人たちの相談に乗っている間に男性側の身勝手さ、そして裏切りの行為に走って浮気三昧となっている男性たちを相手にするうちに、

「こんな男と結婚するくらいだったら、きっと他にも良い人がおりますわよ!」

 と、身震いしながら奔走し、結果、不道徳な婚約者との別離からの新しい出会い(官吏として勤める次男三男の斡旋)まで行い『婚約クラッシャー』の異名まで付けられることになってしまったのだ。


 理事長に目を付けられるほどの問題児となったペネロペが学内で自分の結婚相手を見つけるのは絶望的。だったら、王宮に狩場を移動した方が良いんじゃないかと言われて、ロザリア姫の専属侍女兼教育係の地位に就くことになったのだが、

「私の小判鮫的習性が発揮された末のこのザマですよ」

 ペネロペはそう言ってがっくりと項垂れた。


 伯爵家出身のペネロペと、財務部に勤めるエリート様であるフェレとの婚約は親同士が決めたものだったけれど、それをやっかむ人間はかなりの数に上ったわけだ。


 ペネロペは攻撃してくる令嬢たちを撃退するのにグロリア先輩の威光を使い続けた。何せ次期王子妃、次期王妃様と言われるグロリア先輩の威光だったのだ。羽虫どもは尻尾を巻いて逃げ出したのは言うまでもない。


 そうして宰相閣下の執務室から廊下に出たペネロペは、ペネロペのことを攻撃対象としてロックオンしようとしている淑女たちの視線を敏感に察知した。


 更にタイミングが悪いことに元婚約者のフェレが自分の名前を呼んできたわけだ。絶体絶命の危機、ペネロペを排除しようとする勢力は、この廊下での出来事を利用してペネロペを地の底まで追いやろうと企んでいるだろう。


 そこでペネロペは、グロリア先輩の代わりに宰相補佐様を利用することにしたわけだ。大きなサメのお腹の下に隠れて移動する小判鮫のごとく、彼の威光を使って、

『私に手を出したらタダでは済まないんだからね!』

 と、暗に含めて主張する。ペネロペは小判鮫なのだ、凶暴な魚の威光は最大限に使わなければ損じゃないか。


 アリカンテ魔法学校の凶暴なお魚(グロリア様)は、ペネロペのことを面白がって可愛がってくれたけれど、王宮の凶暴なお魚(宰相補佐)が何処までペネロペを保護してくれるかなんて分からない。


 しかも、王宮の凶暴なお魚(宰相補佐)は諸刃の剣だ。害意に溢れた令嬢たちから身を守る為には凶暴なお魚と仲良くして盾の代わりに使ったほうが良いとは分かっていても、凶暴なお魚と仲良くすればするほど、他のお魚(婚活相手)がペネロペの近くから逃げて行ってしまうことになる。


 ペネロペは王宮に何をしに来たって、婚活をするためにやって来たのだ。

「ここで頓挫してどうするのよ・・」

 頭を抱えたペネロペが、思わず呻くようにして言い出すと、

「だったら宰相補佐と付き合えば良いじゃないの?」

 と、グロリアが勝手なことを言い出した。


「別れた相手をギャフンと言わせるのなら、その別れた相手よりも数倍良い男を見せびらかすように連れ歩けば良いのよ。バシュタール公爵家のカルネッタ様もそう言っていたでしょう?隣国の王弟殿下と一緒にいる所を見た元婚約者の顔は最高に傑作だったって」


「確かに、宰相補佐様と私が一緒に居る所を見たフェレ様の顔は最高でしたけど、結局、補佐様と私は上司と部下のような関係ですし」

「そういう時は押して!押して!押してみれば良いのよ!」


 はしゃいだ声をあげるグロリアの美しい顔をつくづくと見つめたペネロペは、

「グロリア様、他人事だと思っているでしょう?」

 年齢よりも幼く見える可憐で可愛らしい顔をくちゃくちゃにして見せたのだった。

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