【第二・三・四部】アストゥリアスの花 

もちづき 裕

第二部  革命

第1話  恋愛と結婚は別物ね!

こちら第一部の続編となります。第一部を読んで頂いた後に第二部に進めて頂ければ幸いです。


            ※※※※※※※※※※



 伯爵令嬢であるペネロペ・バルデムは、アリカンテ魔法学校に院生として通うグロリア・カサスの研究室を訪れると、大きなため息を吐き出しながら言い出した。


「フェレ様ときたら王宮に勤める女性と半同棲状態だったということが判明したと言うのに、本当は私の方が好きだった。結婚するまでのことだった。結婚したら、半同棲していた女性とはキッパリと手を切って、ペネロペ一筋でいくつもりだったって、未だに手紙に書いて送ってくるの。いちいち洒落たプレゼントを付けて送ってくるあたりが腹が立つというか、何というか、グロリア様はどう思います?」


 これはペネロペが宰相補佐であるアンドレスとの婚約を決める前のことであり、アンドレスと噂になってはいるものの、本当はペネロペ自身がフェレとの復縁を希望しているのではないかという噂が王宮を駆け巡り出している頃の話である。


「うー〜ん、その話を聞いて思うことはただ一つよ」


 艶やかな黒髪に緋色の瞳をしたグロリアは、薔薇の花が咲き誇るような美しさを持つ令嬢で、アドルフォ第一王子の元婚約者だった侯爵令嬢である。


 アドルフォ王子はアリカンテ魔法学校に通っている最中に、子爵家の令嬢と恋人関係となり、最終学年を迎えた王子は、いかにグロリアが悪女であるかという噂をばら撒いた末に、卒業パーティーでグロリアを断罪し、冤罪をかけて追放処分としようとした。


 アドルフォ王子にも、彼を取り囲む側近たちにも酷く失望したグロリア嬢は、男性関係が奔放だった子爵令嬢に病気持ちのイケメンを差し向けて、子爵令嬢を介して周囲の人間に病を広げるきっかけを与えることにしたわけだ。


 結果、病院通いをすることになった王子と側近たちの受診経過及び、診断書などを取り揃えていたグロリアは、卒業パーティーの場で証拠付きの状態で暴露したため、会場は混乱の坩堝と化してしまったのだった。


 そうしてアドルフォ王子との婚約を相手の有責で破棄することに成功したグロリア嬢は、学校卒業後は院に進み、院生として空間魔法の研究をしながらも、婚約者に悩む生徒たちの相談にも乗っているのだった。


 伯爵令嬢のペネロペと、1学年上であるグロリアとは先輩、後輩の間柄で、二人は信頼関係によって結ばれていると言っても良いだろう。


「男性の脳と女性の脳はそもそも構造が若干違うのよ」


 才女としても有名なグロリアは、焦茶の髪色の男子生徒からお茶を受け取りながら言い出した。


「男性は別れた女性をストックするの。一度は愛を向けてくれた女性は、再び愛を向けてくれるだろうと考えて、自分が暇な時の時間潰しに利用するために、アドレス帳に名前を残しておくのよ」

「グロリア様、それは極端な意見じゃないですかね?」

「あらそう?」


 紅茶をペネロペの前に置きながら呆れた声を上げる男子生徒に胡乱な眼差しを向けたグロリアは、

「でもね、あんなことをやらかしたアドルフォ様でさえ、私に復縁を申し込んできたのよ?子爵令嬢とのことは完全に気の迷いだった、私ともう一度やり直したいって。正妃様の子である自分が、まさか廃嫡されるとは思いもしなかったみたいで、私とやり直せば元の地位に戻るものだと考えていたみたいだけど」


 グロリアは男子生徒が淹れてくれた紅茶を飲みながら言い出した。


「お前はあんなに俺のことを愛していただろうって言われた時には、全身に鳥肌が立って空に舞い上がりそうになったわ。その時のお父様の冷気もまた凄くって、今考えれば、殿下の言葉に鳥肌が立ったのか、お父様の冷気で鳥肌が立ったのか、どっちだったか判断がつかないわね」


 そう言ってティーカップをソーサーの上に戻したグロリアは、にこりと焦茶の髪の男子学生を見上げて、

「エル、随分と紅茶を淹れるのが上手になったわね?これだったら私でも飲めるわ」

 と、微笑を浮かべて言い出した。


 焦茶の髪の男子生徒はグロリアの遠い親戚にあたるカルミラ王国の子爵家の嫡男で、公爵家の伝手を使って留学をしてきた魔法使いらしい。弟のようにエルと呼んでグロリアが可愛がっている関係で、グロリアの研究室に良く出入りしているのだった。


「グロリア様に認めて頂ければ嬉しいです!用意したお茶菓子はカルミラ王国ではよく食べる焼き菓子なのですが、ペネロペ嬢も良かったら食べてくださいね」


 焦茶のもしゃもしゃの髪の毛のエルはグロリアの三歳年下ということもあって、弟として姉を慕っているようにも見えるし、茶色の毛がもしゃもしゃとした大型犬が、ご主人様相手に尻尾をブンブン振っているように見えるのはいつものことで、


「それでは僕は失礼しますね」


と言って、研究室を後にする後ろ姿を眺めながら、

「え?グロリア様、もしかしてカルミラ王国に輿入れするとか言い出しませんよね?」

と、冗談まじりにペネロペが言うと、グロリアが顔を真っ赤にして怒り出すのだった。


 侯爵令嬢と他国の子爵家の嫡男では身分差があり過ぎて結婚など到底無理になるけれど、王子と婚約破棄をした令嬢(しかもえげつない方法で報復措置に出ている)と、裕福な他国の子爵家であれば、もしかしたら障害と言えるものがドンと低くなるのかもしれない。


 テーブルの上に用意された焼き菓子は分厚くチョコレートがコーティングされているものであり、宝箱のようなパッケージからも分かる通り、お値段は相当なものであるはずだ。


「グロリア様、息苦しいアストゥリアス王国に居るよりも、カルミラ王国に嫁いだ方が良いと思いますよ。向こうにはグロリア様が無惨な報復措置を行ったなんて噂も届いていないでしょうし、青い海、純白のパティオに咲き乱れる鮮やかなピンク色のブーゲンビリアの花々。リゾート地に輿入れ、最高じゃないですか!」


 帝国が北大陸への侵攻を考えているというような中で、アルボラン海峡からも近いカルミラ王国に嫁ぐのはなかなかにリスクがある話でもある。


 ペネロペが本気で言っている訳ではないのは明白なため、グロリアは大きなため息を吐き出すと、宝石箱のようなパッケージから焼き菓子を摘んで口に運ぶ。


「冗談はその辺りでもう十分よ。それよりも、ペネロペの元婚約者であるフェレが復縁を希望しているという話だけれど、それはそうでしょうね。アルボラン伯爵領の鉱山にはかつて王家の測量技師も調査に入ったことがあるのだけれど、遥か地下深くに鉱床が残っているかも(・・)しれないという程度の話でしかないのだもの。誰もが採掘のための資金援助をするのを躊躇うわ」


「お父様も、浮気が理由で婚約破棄にまで持ち込めて本当に良かったって言っていましたわ。私が輿入れするからという理由だけで、仕方ないから援助をしてやっても良いかな程度のもので、採掘量については期待していないみたいでしたもの」


「それはそうでしょうね、うちの父だって私の結婚相手として選ぶことはないわ」


 浮気者のフェレに美し過ぎるグロリア先輩は勿体なさ過ぎると思いながら、ペネロペは自分の頭をブルブルと振った。いくらグロリアが王子との婚約破棄でいわゆる『傷物』となったとしても、落ち目の伯爵家に嫁がせても何の旨みもないのに違いない。


「顔の良い男は、次から次へと女性を取っ替え引っ替えすることが可能だと思っていたのですが、イケメン面を使っても、多額の資金の融資も可能な女性を捕まえるのは難しいってことなのですかね?」


「それはそうよ!恋愛と結婚は別物ですからね!」

 グロリアはそう言って意地悪そうな笑みを口元に浮かべた。

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