第11話 成井さん(謎)の告白

 気がつくと俺は休憩室のソファに寝てた。しましまの成井さんの膝枕で。目を開けた途端固まった。

「よかった、大丈夫ですか?」

「……うん」

「本当に?」

「うん。ちょっと休めば多分。なんで膝枕?」

「その、堀渕さんが」

「やっぱり」

「嫌ですか?」

 嫌というかそれ以前になんていうか。なんて言っていいのかよくわからないけどとりあえず。

「柔らかい」

「えっ?」

「あっごめん、セクハラだよね」

 成井さんの輪切りになった目のある部分の皮膚が赤っぽくなった。なんだか不思議だ。目が浮いている。眉毛は両方揃っていて、鼻がない。なんかだ面白い。

 ぼんやり見ているとだんだん目が近づいてきて、唇にそっと何かが触れた。うん? と思って目を下に向けると、浮いた唇が離れていくところだった。ああ、鼻がなければキスしてる時唇が見えるんだ。……キス!?

 そう思って成井さんの目を見ると、これ以上なく真っ赤で、多分照れていて、異界だった。


 成井さんは俺が好き?


「成井さん修行どうだったの?」

「よく、わかりません」

「うん? 滝に打たれたりとかじゃないの?」

「最初は打たれてみたんですけど、冷たかったです」

 まあ、もうすっかり冬だもんな。そりゃそうだろう。膝枕が温かい。

「風邪ひいたりしなかった?」

「それは大丈夫でした。その後は何か部屋に呼ばれて、写経をしなさいっていわれました」

「写経? 写経ってあのお経書き写すやつ?」

「そうです。でも経文の内容より自分のことを考えなさいって言われました」

「自分のこと?」

「そうです。私には霊力は少ないんじゃなくてどちらかというと多くて、それを偏らないようにするのがいいと言われました」

 どうみても偏りすぎてると思うんだけど、どうしてこうなった。

 というかそもそも霊力が偏ると実体が見えなくなるの? そんな馬鹿な。霊が漏れてエクトプラズムみたいなのが漏れるならともかくさ。

「ええと、成井さんはまだ結構偏ってるけど、前みたいに中途半端な感じじゃなくなったと思う」

「そうですか! よかった。自分じゃわからないし他の人にもわからないみたいなんです、主任しか」

 そっか、俺だけがわかるのか、これ。自分じゃわからないのか。他の人も違和感ないみたいだし。まあ毎日鏡みてこのシマシマがわかるなら、なんていうかもう少し。

 そうするとやっぱり、これは成井さんのせいじゃなくて俺のせいなんだな。

「成井さん、俺、どうしていいかわからない」

「私じゃだめですか?」

 ?

「ううん、そうじゃなくて、多分俺がおかしいんだ。俺が原因なんだよね。」

「そんなことありません、主任は誰も気づかなかった私の足りないものに気づいてくれたんですよね?」


 気づいたというか、むしろ眉毛に気づかなかったというか。気づくもなにもみたまんま存在しなかったというか。

「成井さんは何かが足りないわけじゃないと思う」

「そうですか?」

「うん、今も俺には足りてないように見えるけど、俺が見えないだけで足りてることは知ってるから。だから俺の問題なんだ、これは」

 そう、俺がどうしたいか。

 成井さんが普通に戻れば興味がなくなると思っていたけど、より普通じゃなくなって戻ってきた。俺はそれにびっくりした。それはもう強烈なインパクトで驚きで。正直その意外性に心臓は掴まれた気はする。

 すごいドキドキしてる。俺のサム・ライニ。

 思い返せば成井さんの『見えない左眉』からいつ異界の扉が開くのか、そんなホラーでいうと来るぞ来るぞ状態が延々続いていた気がする。その先にはどんな恐怖があるのかわからなくて不安になっていた。斧を振り上げたジェィソンが本当に斧を振り下ろすのかわからない恐怖。

 でも成井さんは異界の扉をフルオープンにして、そこに怖いものはない、恐れることはないと俺に示した。安全な異界?

「ええと、こんなことを聞くのもどうかと思うんだけど、成井さんは俺のどこが好きなの?」

 成井さんの目は少し宙をさまよい、考え込んでいるようだった。

「私、変じゃないですか?」

「変?」

「私、よく変わってるって言われるんです」

「そうかな」

 眉毛以外で変わってるところってどこかあったっけ。ううん?

「そういうところです」

「そういうところ?」

「私、よく浮いちゃってて、でも主任はずっと私に普通に接してくれました。私を変な目でじゃなくて普通に見てくれてる気がして、そんなの初めてで」


 その途端に感じた罪悪感。

 俺は成井さんを普通になんて全然見てなかった。多分『見えない左眉』しか見てなくて、それをカバーする逃避行動として右側を見て話していた。それだけで、全然成井さんを見てのことじゃない。

 なんだかものすごく反省した。成井さんは俺をみて、俺を好きになってくれた。なのに俺はそもそも成井さんを全然見ていなかった。それなのに勝手に普通に戻ったら好きにならないだろうとか思ってしまって。そもそも見てなかったんじゃないか。


 なんか急にすごく恥ずかしくなった。カッコ悪かった。

 恥ずかしくなって、帯みたいな成井さんの目を見たら、目とその下の帯にある口がニコッと笑った。ドキッとした。

「成井さん、ごめん。俺は成井さんが思ってるようなやつじゃなくて」

「え?」

「でももう1日だけ頂戴。ほんとに。きちんと考えるから」

 成井さんはなんだかよくわからない表情をした後、また微笑んだ。


 昼休みを挟んで仕事に復帰した俺は、早速堀渕の首根っこを掴んで休憩室に逆戻りした。

「なんすか主任」

「成井さんのことなんだけど、成井さんって変わってるの?」

「ハァ?」

 なんだその鳩が豆鉄砲を食ったような顔は。

「えっ。主任、成井さんに引いてんの? それ、めっちゃ男らしくない。それはダメ」

「待て待て、違う。成井さんに自分が変だって言われたんだけど、どこが変なのかわかんないんだ」

 堀渕は目をぱちぱちした後、面白そうにニヤッとした。

「そんならオッケ。うーん、成井さんかぁ。変わってるっていうと変わってると思います」

「どんなところが?」

「うーん。成井さん結構空気読まない。突然よくわかんないこと話し始めるし、発想が突飛?」

「そう、だったかな」

「こないだの飲み会も延々主任とスプラッタの話してたでしょ? 主任は珍しくだいぶん酔っ払ってたから気づかなかったかもしれないけど、周り結構引いてた」

 どうだったかな、正直何話したかも覚えてない。そういえばジェィソンが引き出した腸はシリーズ合計で何本かとか話してた気がする。げぇ、みんなごめん。


「えっ、ひょっとして成井さん社内で浮いてる?」

「あー、他のとこなら厳しいかもだけど、うちはもっととんでもないのがいるから」

「あぁ、鮎川さんか……」

 鮎川さんに比べればたいていの変な人は普通の人だと思う。

「主任、何悩んでんの」

「何ってその」

「主任の成井さんへの愛はその程度だったの」

「いやお前こそ何言ってるんだよ」

 と思って見上げた堀渕の目は案外真剣だった。戸惑う。

「俺、成井さんが好きかどうかよくわかんないんだよ」

「嫌いなの?」

「嫌いってことはないけどさ」

「じゃあなんであんなに成井さんガン見してたの」

「それは気になったからで」

「じゃあ好きなんじゃないの」

 まあ、普通はそう捉えるよな。そもそも俺は見えない左眉が気になってた。

 ……でも冷静によく考えると、普通そんなに気にならないような気もする。最初はびっくりしても1週間も経てば気にならなくなるような。

 俺は気になり続けた。なんでだろう。それは異界の扉が開きかけてたから。そこから出てくるものがジェィソンなのかスパイダー麺なのかはよくわからないけど、ひょっとしたらその未知さ加減には惹かれていたのかもしれない。


 そして今は完全に未知になった。未知との遭遇、まさに宇宙への旅。

 俺は地上でモノリスを見つけて、2001年はとうの昔に過ぎ去ったけど、今は月の上で巨大なモノリスに向き合ってる。ここから一歩を踏み出せば、俺は木星に到達できるだろう。成井さんの異界は俺にそんな予言を告げていた。壮大なるオデッセイ。

 俺も自分が何言ってんのかよくわかんないや。

 でもここ何日かの俺は何だか胸が高鳴っていた。成井さんを見て冒険を前にワクワクしているような。これが、恋? 恋ってなんだ。ゲシュタルト崩壊する。

「俺は成井さんが好きなのかな」

「主任、鈍感すぎ」

「えぇ~そんなこと」

 無茶だろ、普通そこで恋愛って考えないだろ。俺が変なのかな。やっぱり。あれ? うーん。成井さんと一緒なら、一生退屈はしない気がする。

 これは、ときめき?

 今の成井さんは怖くはない。それどころかすごいドキドキする。なんか、他人にこんなにドキドキしたのって初めてかも。

 やっぱ好きなのかな、この気持。なんだかそんな気がしてきた。

「堀渕、俺、告ってくる」

「やめて、せめて終業後に雰囲気あるところにしてあげて」

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