第9話 成井さんと謎の占い結果

「だからお兄さんはそっちのお姉さんの顔の左半分が認識できないのさ」

「「え」」

 俺と成井さんの声がかぶさった。えっこの人マジもんなの?


「顔の左半分が認識できないって、どういうことなんですか」

「お姉さんも心当たりないかい? 顔の左半分を見られている感じがあるとか」

「そういえば……そうなんですか? 主任」

 成井さんの左半分は恐ろしい顔で俺をにらみつける。

「ええと、いや、なんていうか」

「はっきりして下さい」

 なんで俺詰められてるの? だけど魔女みたいな2人と深淵の魔女見たいな成井さんに見つめられたら、吐くしかなかった。俺の息の根が止まりそうだったし。

「えと、はい、すいません」

「なんで言ってくれないんですか!」

「あの、なんて言っていいかわからなかったもので」

「お姉さん、そう責めるものじゃない。このお兄さんも見たくなくて見てないんじゃないんだ」

「そう、です、よね。主任すみません」

「いやえと、はい」

 なんだこの流れ。

 見えないのは左半分じゃなくて左眉毛だけだけど。でもなんとなく言い出せなかった。成井さんの左目がそれは世界の禁忌だと主張していたから。深淵を覗くと深淵に覗かれるんだ。俺はそっと目を逸らした。


「それはどうやったら治るんでしょう。主任から人魚を取り出せばいいんでしょうか」

 やめて、俺は解剖されちゃうの?

「あの、食べたの半年前だしもう胃の中にはないです」

「そうだねぇ。お兄さんが食べたのは九百比丘尼くおびくにのモノホンさ。どこかの寺か何かから盗み出されたものだろう。人魚自体の影響はないが、人魚を守ってた寺の結界が悪さをしているのさ。お兄さんの方は人魚だけが問題なら、その影響が体から抜けたらなんとかなるかもしれない」

 鮎川さん何てことしてるんだよ! そして何てもの食わせるんだよ!

 そういえば鮎川さんはいつもお土産だからと言って、残っても食べずに捨てていた気がする。ひょっとして今まで食べたのは全部それ系なのか? まじで? うちの島には魔女しかいないの?


「お祓いとかすれば大丈夫でしょうか」

「ううん、もともと悪しきものを祓うための結界だからお祓いは効果があるかねぇ? でも人魚の方は時間がたてば影響はなくなると思うよ。原因はもう消化されちゃってるだろうからさ」

 人魚消化とかそれだれで子孫代々呪われそうなんだけど。鱗生えてきたりしないかな。あれでも人魚って不老不死になるんだっけ?

「ただ家系の方が問題なら治らないかもしれないねぇ。さすがにDNAを全て書き換えるのは無理だろう」

 占い師はもう手遅れだとでも言わんばかりに、不吉な顔で俺を眺める。

 やめて、やっぱり解剖されるの? いや、改造されるの? バッタ人間になるのは嫌。成井さんの方は恐ろしすぎてもう顔が見れない。見た瞬間バラバラにされそうだ。

「だからお兄さんをなんとかするよりお姉さんをなんとかした方がいいと思う」

「私を、ですか?」

 成井さんの声はきょとんとしていた。

「そう、お姉さんの問題は霊的なバランスのものでね。何故か左半分が弱いんだ」

「左半分が?」

「そう、でもそういうバランスが違う人は時々いてね、そんなにおかしいものでもない。このお兄さんがちょっと特殊だったってだけさ。それも運命だ」

「運命……」

 占い師らの視線が優しい。

 え、やっぱり俺のせいなの? 解せぬ。

 そして運命という言葉が俺を更に深い泥沼に雁字搦めにしていく、気がする。運命=人の意思をこえて幸・不幸を与える力、元から定められている巡り合わせ。

 俺の周りの女の人、みんな人の意思超えてない?


「お姉さん本当になんとかしたいなら、魂を鍛えるのがいい」

「魂を鍛える?」

「そうさ、修行だね。昔は滝に打たれたり山に篭ったりが定番だったけどねぇ」

「やります! 私やり遂げます!」

「いや今はもう少し簡単なんだよ。この壺に霊力を込めればいいんだ。やり方は取扱説明書に書いてある。3万円ぽっきりだ」

 なんか急に胡散臭くなったぞ。でも3万円て。ぽっきりって。騙されても諦めきれるような絶妙すぎる価格設定。

「あの、私、どうせなら修行のほうがいいです。強くなれそうです」

「そうかい」

 占い師は残念そうだったがあっさり引き下がった。意図がよくわからん。


 そんなこんなでよくわからない経緯で成井さんは修行をすることになった。

 俺は置いてきぼりだけど、口の挟みようがない。挟めばドツボにハマる気しかしない。もうすっかりハマっているというのに。俺はどうしたらよかったんだろう。まじで。

 その後、城でアフタヌーンティー的なものをして、たくさんのお土産物をチェックして、神津駅に向かう特急に乗った。デートみたいだったけど、俺は運命ってなんだろうと自問自答し続けて、ほとんど記憶がない。

「主任、私に足りないものがわかりました。必ずやり遂げますから!!」

「お、おう」

 成井さんの右目は修行をやり遂げるという決意に燃え、左目は夜と闇を引き連れて進軍するバックベアードのように世界の全てを飲み込もうとしていた、気がする。

 成井さんに足りないのは左眉毛で左半分ではないんだけど。


「あれ?」

「どうかしましたか?」

 俺はあることに気がついた。

 占いの間中、俺はずっと成井さんの左眉毛のあるあたりを見ていた。つまり左半分を。

 ひょっとしたら占い師はそれを見て、成井さんの左半分にいちゃもんつけた可能性もあるのか。占い師って客を観察して占いを言うもんだよな。そうするとそもそもの話、全部与太話で、霊力とか全然無関係な可能性があるのかも。

 というか常識的にはありえないだろ。

 あれ、でも人魚の干物とか安倍晴暗とかチョイスからして騙そうとしてるとすら思えないレベルだ。騙そうとするなら普通はもっとさ、不幸な先祖とか呪われた職場とか、適当なところに悪霊が、とかいうものだよな。わざわざそんな胡散臭い話しない。胡散臭が天元突破してる気がする。

 でも鮎川さんのお土産で腹壊したのは確かで。

 うーん、真実は闇の中。

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