第7話 成井さんと謎の占いの館
朝。改めて成井さんの左眉について考えた。
このテーマパークは化粧をしてくれる。思い返せば昨日の成井さんはいつもより濃いめの化粧を施されていて、右眉はいつもより濃く書き込まれていたように思われる。そうすると普通は左眉も同じように書くだろ? でも書かれてなかっだろ? でも多分メイクの人はプロだ。書かないはずがあろうか、いや、ない。
そうすると、成井さんの眉毛はおそらく書かれていたはずだ。俺は書かれた眉毛も見えなかった、つまりホラー映画のパターンだと俺だけ見えない1人幻覚に陥っている説だ。あるいは左眉の存在自体をみんなが認識することができなくて、メイクのプロすら認識阻害されているのに俺だけが貫通して見えている俺の特殊能力説。
どっちだ、あるいはそれ以外か。
まあそんな人知を超えたことを推測しても仕方がないといえば仕方がない。そもそも、そんな馬鹿な。
ホラー映画的には直接成井さんに聞いてみる案はバッドエンドしか浮かばない。
でもここはホラーじゃないとする。そうすると成井さんは普通の成井さんという人間で、そういう前提なら直接聞いてみたほうがいいのかもしれない。うーん。
そんなことを考えながらホテルのカフェで成井さんと向かい合ってモーニングを食べていた。
今日もテーマパークを巡る予定だけど、昨日めぼしいところはあらかた回ってしまったからそんなに急ぐ感じでもない。まだ乗ってないゴンドラに乗って、昨日はスルーした劇場にでも行って劇を見て、お茶でもして、スイーツでも吟味して、物販を見て、お土産を見て、それはどう考えてもデートプラン。
旅行代理店として意識を傾けるべきものは昨日さっさと終わらせてしまって、なんとなく避けていたデートっぽいものが残ってしまっている。
「昨日もう少しゆっくり見て回ればよかったかな、ごめんね」
昨日は仕事のことを考えすぎて、必死に急いで回った感がある。もう少し余裕を持って回ればよかったのかもしれない。俺の余裕は失われたかもしれなかったけど。
「いえ、楽しかったです、本当に。私が行きたいところばっかり行っちゃってすみません」
「えっと、それは全然構わなくて、というか元々ここには男性向けのものが少なすぎるんだ」
「でも村沢主任には一緒について回って来て頂けましたし。普通はもっとつまらなそうにするものですよ」
「それはまあ、仕事だから」
それから必死だったから。肉食獣に追い立てられるように。成井さんの右側は少しだけ寂しそうに微笑んだ。左側は何か得体の知れない策略を練っているかのように微笑んだ。
昨日の仮面の影響なのか、宿屋で一夜を明かした俺は成井さんの右側と左側を別々のものと認識できるスキルを手に入れた。何かのレベルが上がったのかも知れない。
テレレレッレツレッレー。
「じゃあ今日は村沢主任が行きたいところに行きましょう。どこかありませんか」
うーんどこかと言われても、本当にここは女性向けなんだよな。どうせなら1人でぼんやり茶でも飲んでいたい所なんだけど。
こうなれば消去法だ。まだ行っていないところ。ビリヤード、球技苦手なんだよな。劇場、恋愛話だよな。フラグだめ、絶対。リフレクソロジー、くすぐったそう。ラインストーン、ごめん全然わからない。占い、うーん、まあ、無難?
というか、ひょっとしたら成井さんの左眉について相談できるかもしれない。……あまり期待してないんだけど。
「ええとじゃあ、もし成井さんが嫌じゃないなら占いとか行ってみる?」
「村沢主任、占い好きなんですか?」
「いや、そういうわけでもないけど他に選択肢がないというか」
「ふふ、まあそうですね。じゃあ行ってみましょうか占い。その前に仮装ですね」
そう、とりあえずこのテーマパークでは仮装をしないと格好がつかない。みんな仮装してるから。仮装しないと多分江戸時代に紛れ込んだ現代日本人みたいな違和感が発生するだろう。
そして俺は占いをチョイスをしたことを少し誇った。
成井さんは占いに合わせて魔女っぽい、とはいっても量販店のようなペラペラの安っぽいやつじゃなくて、しっかりした魔女の服装をしている。
ハイネックの黒くてしっとりしたワンピースは体のラインにそって腰でくびれて足元で少し広がって波打つ。これに黒革のショートベストと黒革のブーツ、細かい模様の入った黒をベースのチュールレースでできたマントをまとっている。なんか大人っぽくて色っぽい。
そして魔女はつばの広い帽子を被っているのがデフォルトだ。その帽子の凹凸に見えない左眉がすっかり隠れてしまうのだ。しかもこのスタイルだと屋外でも日よけになるからいい。どうして昨日思いつかなかったのだろう。
俺はあわせて吸血鬼っぽい格好になった。とはいっても少し赤の入った丈の長いスリーピースにマントを羽織っているだけなのだけど。
そんなわけで訪れた占いの館はなんとなく魔女のイメージのある屋根のとんがった古びた建物だった。建物自体は新しいはず。
「何を占います? 健康運とかですか?」
「ああ、うーん、どうしよ」
「あれ? 何か占いたいことがあったんじゃないんですか?」
普通はそういうもんなの?
「ああええと、仕事とかかな」
「なんだ、ちょっと残念です」
「ん?」
成井さんの右側は言葉とは違って悪戯っぽくにこにこしていて、左側は言葉通り俺を呪うような深い沼の底のような目で俺を見ていた。
ええと。
ああ、ひょっとしたら成井さんは俺が好き、なのかも、しれない、のか。ゴクリと喉が鳴った。恋愛運とか期待されてたのかな、それはドツボなのでお断りします。
「成井さんはどうするの?」
「ああ、私はそうですね……やっぱり恋愛運とかかな、女子的には! リサーチでしょう!?」
女子といえば恋愛運なのか? そういわれるとそんな気は、する。恋愛?
「そういえば成井さん彼氏いないの?」
「いませんよ! いたら来るわけないじゃないですか!」
「ああ……そうですね」
しまった。自分で退路を塞いだかもしれない。
その瞬間の成井さんの左側はあまりにも怖かった。『ハン2バル』のベクター博士の顔左半分だけ浮かび上がるポスターのように負のオーラがすごすぎた。
俺はその無音の眼力に屈して何故か一緒に人生運と恋愛運を占うことになった。仕事運はどこに行った。
おそるおそる中に入れば、緞帳のようなカーテンの奥には思ったより若い女性がいた。ヴェールから覗く顔は30代くらいだろうか。その前に水晶玉が設置されている。水晶玉占いかな。
威厳のありそうな声で着座を進められ、事前に生年月日とかを書いたシートを渡す。思ったより優しそうな声で、隣から感じる成井さんの左眉の圧に比べると凄くいい人に思えた。
「お1人ずつの人生運とお2人の恋愛運ですね」
あれ? 2人の、なの?
そう思ったけど成井さんがどんどん話を進めて行ってしまって俺は口を挟むすき間がない。占い師を挟んで三角形に座った俺を刺す成井さんの鋭い左目はどこを見ているのかわからなくて、その視線は錐のように鋭かった。心に穴が空いた。
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