第6話 成井さんと謎テーマパーク

 問題のテーマパーク。一通り資料には目を通していたけど、男にとって正直ここはつまらない。俺は今、それを実感している。すれ違うキャストは成井さんを女王様のように恭しく讃え、男の俺はなんとなく添え物感がある。やっぱりこれ、女性向けのイメクラだ。

 全体的に女性向けに作られていて、極め付けは案内人システムだろう。イケメンの執事とか馬丁とかそういうコスチュームを着たキャストに案内を頼める。一応男も女性の案内人メイドをたのめはするのだけれど、やっぱりイメクラ感が強い。利用者が多くなればキャストが足りなくなさそうだ。

 試しに馬丁1人と2頭立ての馬車を依頼してテーマパーク内を巡った。他の移動手段には、乗り合いバスとテーマパーク内にある川沿いに設置されたゴンドラがある。


 建物の外に出た途端、俺は誤算を認識した。

 春は奇麗そうな花畑予定地とか中世の建物を巡るのだけど、室内ならともかく、正直マスクは屋外だとおかしい。冬に近いとはいえまだ高いところにある太陽が地面と僕らを照らす中、ドレスとタキシードは100歩譲っても仮面はやはりおかしかった。そういった理由で僕はやっぱり成井さんの右側に回ることになった。

 やむをえない。だって豪奢なドレスに凹凸のくっきりしたメイクは左眉の不自然さを否が応にも引き立たせるんだもの。

 魔女のような暗殺者のような。例えるなら『ドラゴン・タトゥーの女性』のヒロインのルーニ・マラーのような迫力というか、とにかくその異様に目力のある左目でギロリと射抜かれると俺のチキンなハートはキュンと萎縮してしまう。


 そんなことより仕事だ仕事。俺は頑張って頭を仕事に切り替えた。

 ジェットコースターのようなアトラクションはないものの、体験サービスもたくさんある。香水やアロマ的な石鹸造り、ハーバリウム作り、リース作りなんかの女性受けする工房とか、テーブルマナーやマニキュア講座なんかがあった。劇場では恋愛ものの寸劇をやっているらしい。

「どこか行きたいところはあるかな。体験工房とか演劇とか」

「そうですね、香水造り体験に興味があります」

「ではそちらにご案内致しますね」

 俺が返事をするまでもなく、馬丁のキャストは工房街方向に馬車を向けた。やはり男性ユーザーはおまけである。男性向けの施設は申し訳程度にレストランに併設されたビール工房とビリヤード場くらいしかない。飲食もスイーツが多い。

 大抵のスポンサーであるご亭主は居心地がわるいのではなかろうか。だからそもそも熟年夫婦より女性グループ用のツアーを組み立てた方がいい。男は最初からターゲットから外そう。そんな風に頑張って頭を仕事に傾けた。


 香水の所要時間は40分。成井さんが香水を作っている間ボーッと見てても仕方ない。俺は周辺施設の案内を馬丁に依頼した。

「やっぱ男1人で来てる人ってないよね」

「そうですね、プレオープンは今日で5日目ですけど、僕の記憶では無いです」

「エスコートって大変?」

 馬丁の青年の顔が引きつる。

「なかなか慣れませんね。演劇とかそういうのだと思えばなんとか。僕、この近くの大学の馬術部なんですよ。馬に慣れてるからバイト代がよくて。でも重労働です、精神的に」

 青年は苦笑する。なんとなく馬丁の青年と仲良くなって、人気のあるスポットやおすすめの場所、それから少しの愚痴うぃ聞いた。

 プレオープンでもやはり女性ばかりで、グループで1台馬車を頼むならともかく1人1台で借りて張り合う人が多くて大変らしい。心理的負担が。

「女性の敵は女性って本当なんだって思いました」

 その言葉はあまりに実感がこもっている。成井さんはそんな人じゃなさそうでよかった。仕事で来てるのもあるのかもしれないけど。

 ビール工房ではおそらく連れ合いさんと別れた男性諸氏が1人で飲んでいた。物悲しい。


 そうして夜。

 片道1時間ちょっとで日帰りが可能にもかかわらず、何故このテーマパークの出張が何故1泊2日で設定されたか。それは必ずしも堀渕と部長の奸計だけではない。それなら断れた。断れなかったのには理由がある。

 ここは女性の夢の詰まったテーマパーク。ドレス、お姫様気分とくれば、次は美味しい食事、つまりパーティだ。

 そう銘打たれているわけでないが、このテーマパークの隠れた売り、宿泊とセットでイケメン執事と給仕にサーブされる豪華なディナープランである。満足できるレベルの美味しい食事の費用対効果は追加料金のドリンクで賄われている。

 周囲のテーブルのご婦人方は同伴の男性を差し置いてイケメン給仕に頻繁にワインを注文していた。こういう回収システムはホストクラブを彷彿とさせ、貸借対照表が透けて見える。


 お姫様扱いというのは女性の夢なのかな。成井さんもニコニコと料理に舌鼓を打っている。

 今、俺は成井さんと隣り合ってマジックショーを見ながら食事をとっていた。成井さんは俺の右隣にいるけど大丈夫。今日のホラータイムはもう終わりで、今はちゃんと仮面をつけている。でもホラーだとするとホッと一息ついた後に惨殺されるのも定番だというのも同時に思い浮かぶ。一応警戒はしておこう。

 マジシャンが鳩を出したりハンカチをつなげたりして、それを2人で眺めている。人体切断マジックには嫌な予感におなかがヒュッとした。脱出マジックでは歓声が上げた。俺も生きて抜け出せるといい。

 警戒しているせいかドキドキと心拍数が上がっている。

「今日1日はどうだった?」

「すごく楽しかったです! お城も教会も街並みも素敵で。でも主任はつまらなかったでしょう?」

「まあ、でもこのテーマパークのコンセプトが女性向けだからそこは仕方ないんじゃないかな。成井さんが楽しければそれはそれでいいんだと思う」

「でも折角だから村沢主任ももっと楽しめればいいのにと思って」

 成井さんははにかみながらそう呟いた。

 女性はディナー前にお色直しがある。半日たって少し落ちかけていたメイクがまた奇麗に塗り直されて、成井さんの唇はつやつやになっていた。ほんの少し前まではいつ刺されるのだろうというありえない想像にどきどきしていた。落差が激しすぎる。いや、上昇差というべきか? 

 そういえばフォークとナイフを持つ手が優雅に動いている。多分仮面がなければハン2バル・ベクターと食事を共にするような気持ちだった。ロールキャベツが人の脳に見えていたに違いない。


 今日のテーマパークの感想や会社の雰囲気の話をしていると、いつのまにか思い出が混じり始める。

 この間の飲み会から流れで行くことになったZ級映画。よく考えるとそんなに面白くもなかったかも。

「じゃあこれまで見た面白かった映画は何? ホラー映画はどこが好きなの?」

「そうですねぇ、やっぱりスプラッタかな。ドキドキするのが好きなんです」

 俺の心臓もドキンと刎ねた。

 俺はなんていうのかな、普通の中に普通じゃないものが混ざっているところが好きなんだ。殺人鬼も、ゾンビも、吸血鬼も、普通の人間の世界に普通じゃないものが混じっている。成井さんは主任は面白いですね、と相槌を打つ。

 それから好きなキャラクター。成井さんはジェィソンも好きだけどカートゥーンも好きで、よく親と千葉の大型テーマパークに通ったこと。最近は行ってないという話から旅行の話になって、前に行ったどこそこの観光地が楽しかったとか。それからその観光地に一緒に行った友達の話や旅行業に興味がある理由とか、将来行ってみたいところとか、そんな履歴書にないことをいろいろ聞いた。

 そこで語られる成井さんはとても普通の女の子で、その裏で夜な夜な人を殺して首を掲げて高笑いしたりはしないんだなと思う一方、やはり月の裏側に隠された見えない左眉は『本当にそう思ってるの?』というよくわからない思念を俺に送っている、ような気がしたけど全部気のせいに違いない。


 いつのまにかディナータイムは終わってしまい、ちょうど白と赤のワインが1本ずつ空いて、少し顔が赤くなった成井さんと一緒にドレスを返しに行って、それから暗黒面に落ちた成井さんの右隣りを歩きながら部屋に送って。

「また明日」

「ええ主任。今日はありがとうございます」

 そう言って別れた。

 成井さんの右半分は少しだけ残念そうな表情をしたような気がしたけど、左半分は俺を捕食し損ねたとでもいうようなそんな獰猛な表情にも思われて、そういえば豹とか肉食獣もかっこいいよなというよくわからないことを考えながら自室に戻った。少し酔っ払っていたのかもしれない。

 なんとなく堀渕が高笑いをしているような気がした。どういう意味かはよくわからないが。

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