第2話 成井さんと謎歓迎会

「それでは成井さんの入社を祝って乾杯」

「乾杯!」

 カツリとジョッキが打ち付けられる音がそこかしこで響く。

 うちの会社はわりと体育会系だから飲み会は結構多い。でも参加は自由だから、実際参加するのは半分弱くらいのメンバーだ。俺も半分くらいは欠席してる。

 今回は心底欠席したかったんだけどできなかった。成井さんの担当主任ってことで幹事を押し付けられたから。そんなわけで今日は部内の歓迎会。行きつけの会社近くの焼き鳥屋に全部で11人が参加した。貸切個室だ。もっとおしゃれなとこにした方が良かったんじゃないかとか言われたけど、押し付けたんだから勘弁して欲しい。

 そして何故か席次だけは部長が決めた。新入社員は真ん中で担当主任がその隣だとか当然のようにいわれたけれど、そんな決まりがどこにあるんだよ。だが俺は成井さんの右隣だけは死守した。眉毛のない左隣に座るのは平常心を保てる自信がない。本当に。

「抵抗してんすか、ちっちぇえ」

「うるさい堀渕。全ッ全違うからな!」

 そしてそれは丁度結婚式と反対の並びだった。でも左隣じゃそれどこじゃないの。本当に。

 それで堀渕はこれまたニヤニヤしてこっちをチラチラ見ながら成井さんに話しかけるんだよ。うざい。

「成井さんって趣味なぁに?」

「えっ趣味ですか? 映画は好きです。最近はネットばっかりですけど」

「そうなの? アモプラとかニャットフリとか?」

「そうそう、ニャトフリに登録してます。オリジナル作品が結構たくさんあって」

「村沢主任も映画好きですよね」

 ぼんやり聞いてたら被弾した。聞こえないふりしようと思ったのに堀渕は半分空いた俺のグラス近くにビールを構える。これじゃ無視できないじゃないか。堀渕は飲み会慣れしすぎだ。パリピ感がある。仕方なくグラスを傾ける。

「俺は別に。たまに映画館行くくらいだし」

「村沢主任はどんな映画がお好きなんですか?」

 こちらを振り向いた成井さんの顔のインパクトに思わずのけぞる。正面から見ればやっぱり左眉がない。居酒屋の隣の席っていうのは30センチくらいしか距離が離れていなくて、そういえばこんなに至近距離で成井さんの顔を見るのは初めてだった。

 まじまじとその『存在しない左眉』をよく見ると、剃り跡もない気がする。産毛もない。なにもない。そうすると剃ってるんじゃなくて、もともと生えてないのかな。何故だ。気になる。


「ちょっと主任~、ガン見するから成井さん真っ赤じゃないですか」

「えっえっ、えと、ああ。普通の流行ってるやつ。『バット麺』とか『スパイダー麺』とか」

「あっ、アメコミがお好きなんですね。迫力があって面白いですよね」

 パッと成井さんの表情が明るくなる。そういえば少し顔も赤いような。そうしてちょっと照れるように少しうるんだ目がふわっと逸らされる。

 ……何だこのリアクション。いやまさか。酔っぱらってるだけだろ。間が持たない。

「ええと、成井さんはどういう映画が好きなの?」

「あの……ひかないでくださいね。あの、ホラーなんです」

「えっまじで。成井さんホラー好きなの!? なんかイメージ違うかも、ね、主任」

 だから何故そこで俺に振るんだ、堀渕よ。ニヤニヤするな。

「私、怖いのが結構好きで」

「……『リソグ』とか『口兄怨』とか?」

「そういうのも好きなんですけど、その、本当に好きなのはスプラッタ映画で」

 ちょっと予想外でドキッとした。その少し食い気味なところに。

「『14日の金曜日』とかそういうの?」

「そう! そうなんです! ひょっとして主任はお詳しいですか? なんかかっこいいですよね!?」

 かっこいい? 14金のかっこいい要素だと?

「ジェィソンのこと? ええと、うん、まあ」

 かっこいいといえばかっこいいかな、ジェィソン。ガタイは結構いいような。でも俺はどっちかっていうとフレデイ派だ。『エルム町の悪夢』の。『ジェィソンvsフレデイ』は面白かった。


 俺もホラー映画は結構好きだ。意外な共通点に少し嫌な予感がした。それにどちらかというとジェイソンより成井さんの左眉の方がホラーな気がする。ホラーとは何か。日常との乖離。日常的ではない成井さんの左眉。成井さんはジェィソンのように突然襲いかかってきたりはしないはずだ。

「主っ任~、成井さんと一緒に映画とか見に行ったらどうですか?」

 堀渕がただひたすらにうざい。こういうのを恋愛脳っていうんだろ?

「ちゃかすなよ、成井さんだって嫌、だよね?」

「いえ、私はそんなことは……」

「じゃあ明日の土曜にデートってことで」

「ちょ堀渕まて、落ち着け」

 気がついた時には堀渕の魔の手はするりと伸びて、俺の内ポケットから勝手にスマホを取り上げる。

「おい、いい加減にしろ堀渕」

「その、デートとか、そんな」

 成井さんもなんなんだ、そのちょっとポッとした感じの表情は眉毛ないと正直怖い。

 何が何だかわからないまま、明日成井さんと一緒にホラー映画を見ることが決定された。堀渕が俺のスマホで勝手にチケットを2枚買ったのだ。よりにもよって変な映画を。

「よりによって何でこれなんだよ!」

「新作でホラーで検索したら出たし。明日公開だから2人とも見てないでしょ?」

「誰が見るか!」

 『恐怖の毒々フライングキラー・ママ』。何と何が混ざってるんだ。どう考えてもB級どころかZ級だ。普通こんなのデートに選んだら映画館に入る前に振られると思う。

「わぁ、私これ行きたかったんです。主任、いいんですか?」

「まじで!?」

 B級ホラー顔にはB級ホラータイトルが似合うのか。いや、言い過ぎた。さすがに失礼だ。成井さんは顔が怖いだけでいい人だっていうのはわかってる。本当に。

「あの、主任?」

「本当にこんな映画で本当いいの?」

「もちろんです。気になってたんですけど1人では行きにくくって」

「ああ、まあ確かに1人で入りづらいか。このタイトルじゃ」

 チケット買うときにタイトル発音するの勇気がいる。動揺しているうちに集合時間まで決まってしまう。映画館前で午後2時。というかこの映画のチケットはもう支払いが完了してしまった。クレカ決済のWEBチケットだから他に譲ることもできないし、こんなの他に一緒に行くあてなんぞない。

 それに……いつの間にかまわりが温かな空気になっているのも解せん。地雷踏んだ気がする。「糞。今日は飲むぞ!」

「主任、どんどん行って~。明日寝坊しないで~」

「うるさい堀渕!」

 やけだ。やけっぱちだ。いつもより結構飲んだ。けれども俺は飲んだら寝る派だ。ぼんやりするにうち自然に会話からアウトしていけば、気づけば成井さんは他の人と話していた。俺からは成井さんの右側の顔しか見えなくなった。こちらは眉毛がある。うん。こっちは普通。眉毛が上がったり下がったりしている。うん。なんだか安心する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る