海洋しげん探索機構 承
次の日から実際にロボットの訓練が始まった。何をやるかというと、俺たちはただ繭の様なカプセルの中で寝ているだけだ。
そのカプセルの中で寝ていると意識がすっと抜けていく様な感覚を覚えた後、海中にある探索ロボットに意識が移る。どういう技術なのかはわからないのだが、ロボットが自分であると認識できている。
少しのタイムラグの様な物は感じる事があるが、ほぼ不自由なく人の身と同じ様に全身を動かす事ができる。そんな訓練も十日もすればもう慣れた物だ。
「隼人…聞こえるか?」
「ぁあ、どうした雄太?」
「いや…スキューバってこんな感じなのかなかと思ってさ。」
「いや…、真っ暗闇で全然生物いないし、いたとしても甲殻類とか気持ち悪い魚だけだからな…、俺らの知っているスキューバではないだろ。」
深海でのしげん探索がメインなので、暗闇の中、各所についたライトと目線のカメラだけがその現状を顕にする。ただ真っ暗な砂漠を懐中電灯一つでひたすら歩き続けるといったイメージに近い。
「なぁ、雄太。明日からちょっと冒険してみないか?近場はもう見尽くしたと思うんだ。」
「遠出するって事か。」
「あぁ、猿渡さんが言ってたんだけど、この先にめちゃめちゃでかい海溝があるらしいんだ。」
「海溝ってあの地震の震源地に良くなるあの海溝か?」
「そうそう、地震のエネルギーが溜まっていて、さらなる深海に続いているところだよ。まだ誰も探索してないらしいんだ。」
隼人はなんとしてもしげんを見つけたい様であった。まぁ、しげんを見つけた場合のバックはかなり大きいので、俺もその案には賛成だ。そもそも、体はコロニーの中にあり、自分の意思でロボットとのシンクロナイズも止める事ができる、危険はないのだ。
「よし、わかった。ツーマンセル、バディの俺がいないと始まらないしな。」
「流石、雄太!猿渡さん経由で室長に遠出の許可を出してもらっておくよ。今日は戻るか。」
明日に向けてロボットとのシンクロナイズをシャットダウンした。
シャットダウンした後、白昼夢から覚めた様にベッドから起き上がる。この感じはいつになっても慣れない、まるでワープしてきたかの様な錯覚に陥るのだ。
「雄太、明日からも頑張ろうな!俺は先に猿渡さんに話を付けに行ってくるわ!」
「おう、じゃあ、食堂で落ち合おう!」
今日の日替わり定食はなんだろうと考えながら食堂へ向かう。
食堂は全面ガラス張りでかなりの解放感がある。しかし…皆が望んでいる様な水族館の様な綺麗な魚が見られるという事は決してない…、暗い暗い闇が広がっているだけだ。
「ゆうちゃん!こっち席空いてるで!」
「智さん、定食貰ったらそっち行きますね!」
智さんはこの会社の連携職員で食堂で隼人と二人で食べていた時に声を掛けてくれた唯一の人だ。一応、どこかの大学の偉い先生らしいが、あまりそこは聞き出せていない。
「どう?仕事も慣れたか?あのロボット動かしにくいだろ?」
「はじめに比べるとだいぶいいですね。智さんに教えてもらったコツのおかげで自分の手足の様に動かせる様になってきましたね。」
「そうかそうか、そりゃよかった。あんまり無理すんなよ…。肉体は元気だろうが精神的には消耗してんだからな。」
「そうだ、智さん…今度。いや、明日からちょっと遠出して海溝あたりを探索しようと思っているんですが。」
海溝という言葉を聞いた智さんは顔色を変えた。
「ゆうちゃん…海溝はやめとけ…。何も遠出する必要なんてないんだ、近場でも出る可能性はあるんだから…。」
「結構近場は探したんですがね…全然ダメで。」
そんなことを話していると隼人がホクホクした顔で食堂にやってきた。
「智さん、お疲れ様っす!雄太にはこれを渡しておこう。」
隼人から遠出許可証と遠出に対して割増な手当がつくという説明がついた紙を渡された。
「隼人…ちょっと見せてくれ。」
「どうしたんすか?智さん怖い顔して。」
智さんは隼人が持ってきた紙を難しい顔をしながら確認している。
「隼人…遠出許可証とは名ばかりのこれは命令書や。明日からお前たちはその海溝の探索しか選択肢は無い…、嫌なら辞めろって内容や、わかってんのか?あの野郎ついにやりやがったな…。」
「ちょっと智さん、どこいくんすか?飯残ってますよ。」
智さんはその指示書を読んで飯も食わずに顔色を変えて席を立ってどこかに行ってしまった。
「智さん、なんか怖かったな。しかし、遠出手当含めると日当100万だぜ?この仕事終わったら一年は働かなくて良さそうだな。」
「あぁ、そうだな。」
俺は智さんの言葉が少し引っかかっていた…、海溝にはいくな…その言葉だ。
次の日の早朝、智さんが部屋を訪ねてきた。
「ゆうちゃん、隼人、もしなんかあったらすぐにシンクロ切るんやで。こっちでも動ける事ないかおもて動いてたけど、根回しされとってどうしょうもない。なんかおかしいな思ったらすぐに戻ってこい。」
まだ寝ぼけている俺たち二人にそんな言葉を残してまた急いで部屋を出て行った。
「智さん、どうしたんだろ。」
「んー、智さんと昨日海溝の話をした時、ちょっと顔色変わってたな。もしかすると危ない場所なのかもしれないな。」
未知の場所…、少しの不安を感じながらも仕事の準備を始めた。
そして、繭型のカプセルに寝転がった。カプセルの天井に何かメモが書かれているのを発見した。
ゆうちゃん、ばれへん様にここに貼っとく。もし隼人がやばい目におおたら、ケーブルを引きちぎれ。多分、自分ではどうしようもなくなる思うから、ゆうちゃんだけが頼りになるはずや。ゆうちゃんのロボにケーブルカッターを昨日のうちに仕込ませたから。そして、なにもわからなくなったら、生をイメージしろ。
メモにはそう走り書かれていた。探索ロボには給電用のケーブルとシンクロナイズするためのケーブルが伸びていた、そのケーブルの事を言っているのであろうが、よく意味は理解できなかった。
「雄太、お先に!」
「あぁ、俺も行く!」
付けられたメモを隠す様にズボンの中に押し込み、探索ロボとのシンクロを行った。
「隼人、海溝の場所はわかるのか?」
「昨日、猿渡さんが場所のインプットしてくれたので、迷う事はないよ。俺が先導するからついて来てくれればいい。」
一寸先見えない暗闇の中、隼人は迷う事なく足を進める。誰も探索をした事が無いという割には地図ができているのか…という疑問が生まれたが、その海溝に着いた時にはその疑問は消し飛んだ。
「ふっかいなぁ…。全く下が見えない。これ、水圧とかケーブル長さとか大丈夫か?」
「あぁ、猿渡さんが計算してくれたらしいんだけど、問題ないらしい。でもここから下には誰も行った事無いんだってさ。」
「そりゃこれ見たら、誰もが後退りしちゃうよな…、シンプルに怖いな。」
「よし、雄太、俺はお先に!」
そう隼人は言うと、海溝に身を委ねた。あっという間に探査ロボはその海溝の深淵の中に消えて行った。
「おい、隼人?大丈夫か?こっちから全く姿が見えん。」
「大丈夫、水圧、ケーブル共に問題ない。そして、お宝の匂いがぷんぷんするぞ。この辺りの岩肌、どうやら金属っぽい。」
「わかった俺も行く。」
暗く広がる深淵の口に俺も飛び込んだ。無限に続くようにも思えたその暗闇をじっと我慢して終着点を待つ。
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