大切な場面で失敗した俺は好きな人と顔を合わせづらい

陸沢宝史

第1話

 微かに暗い空には月が浮かんでいる。大通りに植えられた桜から桃色の花びらが散り石で舗装された道に沈んでいく。


 道の端にある多くの店舗の明かりが道に差し込み、大勢の人たちが道を歩いていた。その中には笑顔で歩くカップルが何組を見かけた。


 俺、土沢邦岳つちざわくにたけは待ち合わせの目印となるとある飲食店の前でスマホを片手に立っていた。


 ひんやりとした空気が右手に触れる。


 俺は右手で持つスマホに表示された時刻を力の抜けた瞳で見る。


 時刻は既に十八時を回っており待ち合わせの時間を十分近く超えている。


 待ち合わせ時刻は十八時だ。俺は授業が終わると高校から帰宅し、家で時間を潰してから十七時四十五分にはこの場に着いた。


 待ち合わせをしている深井瀬那ふかせらいなは約束を破る友人ではない。


 だが周囲を見渡しても瀬那の姿は目視で確認できない。俺は苦い顔をしながら後二十分は待とうと決める。


 俺の目の前を何十人の人が通過し五分が経過した。だが瀬那は依然として来ない。


 俺は薄々と瀬那が来ないと悟り始めていた。


 今日好きな女の子に告白する予定だったがその機会は訪れないようだ。


 俺は明日のことを思い浮かべ、ため息をつくとスマホが鳴った。


 すぐにスマホの画面に目を通すと瀬那からのメッセージが届いてた。


『待ち合わせの場所に来てるけど全然、邦岳どこ?』


 メッセージを確認した俺は顔をしかめながら左手で額を抑えた。


 左手を離すと嫌な感覚を覚えつつも瀬那とのメッセージ履歴を数日分遡る。


 すると今俺が待ち合わせしている場所とは違う場所を誤って待ち合わせ場所として伝えていた。


 瀬那が来ない理由に気づいた俺はすぐさま謝罪のメッセージを送る。


『瀬那には間違って誤った待ち合わせの場所を送っていたみたい。本当に申し訳ない』


 瀬那からは僅か数秒でに返事が送られてくる。


『瀬那どこにいるの? 今からそっちに行きたいから』


 全く俺を責めない瀬那のメッセージを見て自分の不甲斐なさを痛感する。瀬那の申し出は有り難い。


 だが瀬那のいる場所からここまでは少し距離もある。時間も遅いこともあり俺は申し出を断るメッセージを送信した。


『距離もあるし時間も遅いから無理しなくていいよ。俺が悪いのに気を使ってくれてありがとう』


『気は使ってないけどな。まあ邦岳と会いたかったけど、それなら今日は帰るね。それじゃまた明日学校で!』


 瀬那からのメッセージを見た俺はスマホをズボンの右ポケットに収納し歩き出す。


 背中を丸まり足取りはあまりにも遅すぎた。こんな姿を瀬那には見せたくなかった。


 自宅帰った俺は二階にある自室のベッドに横になりながら今日のことをひたすら悔いていた。


 今回の件で瀬那には呆れられたはずだ。もう告白など出来ない。


 俺は反発力のあるベッドに拳を軽く打ち付ける。ベッドは浅く沈みすぐに反発する。


 瀬那との記憶が無意識のうちに頭の中を流れる。


 愉快な思い出に触れるたびに懐かしさを覚える。その中でも一番記憶に残る時間を思い返す。


 あれは美術部の部活終わりに普段から立ち寄っているハンバーガーショップに行った日のことだ。


 沈みかけの夕日がガラス張りの店内を照らす。窓側の席に座った俺と瀬那はフライドポテトなどを食しながら話しあっていた。


「今日の部活動は集中しすぎて疲れた」


 俺は両腕を上に目一杯伸ばす。


 面積の小さい机を挟んだ向こう側にいる瀬那は目尻を下げて言葉を発した。


「その分絵書くの頑張ってたじゃん」


「確かに今日のは自信あったけど他と比べるとまだ努力が足りない気がするんだよね」


 俺はぼやけるような低い声で話す。そんな俺を瀬那はのどかな眼差しで見ていた。


「邦岳の絵は素晴らしかったよ。構図なんか特に良かったし」


 瀬那から褒められて俺は照れてしまい顔が緩みそうになるが、なんとか心のなかでその感情を留める。


「今日の絵は確かに構図にはこだわったな。だけどもう少し上手く描きたいんだよな」


 俺がそう言うと瀬那はそよ風のような声で俺に語りかける。


「本当邦岳は頑張るよね。けどね今日の絵ならわたしはずっと見ていても飽きないよ。何なら自宅で飾りたいぐらい」


 瀬那の言葉が耳を介して心に伝わった瞬間心臓の鼓動が急激に速くなる。


 俺は目を見開いたまま瀬那の顔に目を奪われた。


 あのあと瀬那への言葉が中々口から出ず少し心配された。


 瀬那との楽しい一時を振り返ると余計に今日の失態に絶望してしまい明日瀬那と顔を合わせにくい。


 翌朝学校に登校した俺は廊下で自分の教室の扉に身を隠しながら教室の中をうかがう。


 既に瀬那は登校しており友人たちと盛り上がるように会話をしている。


 俺は瀬那には見つからないことを願いながら教室の中に入る。


 教室に足を踏み入れた時点では誰も俺に気づかなかい。


 その状況に安心を覚えながらも俯きながらそっと自席まで歩いた。


 結局誰にも声をかけられず自席に座れた。鞄から筆記用具と一限目の教科書を取り出す。


 そのままロッカーに鞄を収納しようと鞄に手をかけるが、瀬那が居た方向を見てしまう。


 視線の先には瀬那の友人たちは残っていたが瀬那はいない。俺はそのまま立ち上がろうとするが、右側から話しかけられる。


「邦岳おはおう」


 その声が耳に入った一瞬、体の動きは停止した。いつもなら話しかけられただけで嬉しい。


 だけど今は昨日の罪悪感を抱いているせいで瀬那と目を合わせることに怯えていた。


「おはよう」


 俺はゆっくりと首を捻り瀬那の方を向く。だが目は瀬那の瞳を捉えていない。


「邦岳様子変だけど体大丈夫?」


 瀬那は不安げな口調で言った。異変を察知された俺は一先ず昨日のことを謝ろうと腹をくくる。


少なくとも向こうから声をかけてくれる時点で嫌われてはいないはずだ。


「昨日悪かったな。待ち合わせ場所伝え間違えて」


「特に怒ってもいないし、謝らなくてもいいよ」


 瀬那は頬を緩めるがその表情は自然的だった。瀬那は許してくれたようだが個人的に罪悪感がどうしても消えずにいた。


「そういえば、今日ね朝ごはんに目玉焼き作ったんだけどちょっと焦がして最悪だったな」


 湿っぽい空気を変えようと配慮してくれるように瀬那は話題を強引に変えた。


「瀬那が調理でミスるなんて珍しいな」


 俺は愛想笑いをしながら話題に乗っかる。その後も話を続けたが罪悪感は消えず会話もあまり膨らまずに終わった。


 全ての授業が終わり俺は一人で教室に残っていた。普段は授業が終われば瀬那を誘って美術室に向かう。


 だが今日は誰も居なくなるまで教室で座り続けていた。結局瀬那と話したのは朝だけでそれ以降は口すら利いていない。


 俺は椅子の背もたれにもたれかかり目を瞑った。静かな教室には何も聞こえない。


 今日に限っては部活を休むことすら視野に入れていたが休む決断を出来ずにいた。


 俺はそのまま三十秒ほど目を瞑っていると寂れた教室に扉が横滑りする音が流れ込む。


 俺は目を開き扉の方を見る。すると瀬那が俺を見詰めたまま立ち止まっていた。


 俺は思わず自分の膝を見てしまう。瀬那の足音が耳に入る。


 それは一度止まりそして再び音を立てる。


その音はこちらに着実と近づきやがて収まった。


「部活行かないの」


 切なげな声で瀬那は聞いてくる。俺は下を向いたままぼそっとした声で返事をした。


「いくか迷っている」


「そっか」


 瀬那はそう呟くと隣の席の椅子が引かれる音がする。俺は隣を向くと瀬那が着席しており、こちらを見据えていた。


「瀬那はなんでここに居るんだ。そっちも部活あるだろう」


 俺が尋ねると瀬那は自らの手先を見ながら答える。


「鞄を机に置いたままだったから取りに来たの。だけど邦岳がまだ教室に残っているのは驚いたな」


「鞄あったの見逃してたよ」


 瀬那の席に鞄があるのに気がついていたら教室を離れていた。


 俺は口をつぐみこのまま部活に行くべきか悩んでいると瀬那が前かがみになる。


 瀬那と自分の顔の距離は拳二つ程度しか離れていない。


 俺は恥ずかしくなって顔を逸らす。すると瀬那はからかうように俺に質問してきた。


「ねえどうして昨日わたしを呼んだの?」


 瀬那の問いに俺は閉じた口を歪めながら言い訳を必死に探していた。


 そして言い訳が浮かびそれを口にしようとしたが別の言葉が喉から飛びてしまう。


「瀬那と会いたかったから……あ」


 俺は口を開いたまま頭を抱えてしまう。


 瀬那の表情には顔からはみ出そうな笑みが広がっていた。そして瀬那は優しい声で俺に言った。


「わたしはね邦岳が頑張っている姿に尊敬するし、いつも一緒にいると楽しい。だから邦岳のことが恋愛的な意味で好き」


 突然の告白に俺の心は急激に熱くなっていた。


 昨日言おうとして想いをまさか瀬那に伝えられるとは想定外過ぎた。


 俺は返事を言えないまま瀬那に見惚れてしまう。


 もっとも瀬那は返事を欲しそうな眼差しで俺を目していた。俺は微かに深呼吸をし心に穏やかすると口を開いた。


「俺も好きだよ。瀬那のこと。ずっと付き合いたいと思ってた」


 口から想いを吐き出すと凄まじい疲労感を感じる。


 想いを伝えるのはかなり苦労すると身に沁みた。


 瀬那は俺の手を取ると口を動かす。


「これからよろしくね邦岳」


 瀬那の温もりが手から伝わってくる。俺は瀬那と恋人になったと実感させれる。


 だが瀬那は急に怪しげな笑みを浮かべる。その異変に俺は何度も瞬きをしてしまう。


「それで昨日わたしを呼んだ本当の理由は何?」


 柔らかくも威圧感を覚える声に俺は顔を引きずる。どうやら見抜かれていたようだ。


「昨日呼んだのは瀬那に告白するためです。嘘言ってごめん」


 俺は手を握られたまま頭を深々と下げた。


 瀬那は手を解くと「やっと言ってくれた」と納得したような口ぶりで話した。


 俺は瀬那には隠し事は無駄だと思い知らされた。


 瀬那は自分の鞄を手に取ると立ち上がりこう言った。


「今日の部活終わり、大通りに行かない? 初デートということで」


 瀬那の提案に「いいよ」と頷くと立ち上がる。俺の告白は失敗したが瀬那と無事付き合えて幸せが胸の中に吹いていた。

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大切な場面で失敗した俺は好きな人と顔を合わせづらい 陸沢宝史 @rizokipeke

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