第5話 低地同盟

 それは巨人ギガントの襲撃事件から7日が経過した日のことだった。

 エリザベートがフルトヴァンゲンに住むようになってから、初めて雨が降ったのだ。

 農作業は中断し、小人ホビットたちは家で内職をしたり、家族たちとゆったり過ごすなど、おだやかなひとときを楽しんでいた。


 ミナの家もまた、その家々のなかの一軒だった。


「ミナ。昨日干しておいた肉、食料棚ラックに置いておくぞ」

「ありがとうございます」


 エリザはすでにこの生活に順応しており、家事の手伝いと、レイラの子守をライフワークとしていた。

 廃城で得られなかった何かが、彼女の胸をゆっくりと満たし始めていた。


「ねー、えりぃ、お絵かきしよ?」

せつは行かねばならんところがあるんじゃ。すまんのぅ、ママといっしょにおってくれんか?」

「だめ!えりぃがいーい!」


 レイラはぎゅっとエリザに抱きついて離れようとしない。やれやれしょーがないのぅ、とエリザはミナに視線を送った。ミナは可愛くて仕方ないという表情をしながら、「じゃあ三人でいきましょうか」と言った。


 エリザはエドワルドから里の役場に呼ばれていた。

 ここ最近エドとは会っていないし、ふたりの顔を見せに行こうと思い、三人で役場に向かうことにした。

 雨具をレイラに着せて、しとしとと降る雨粒を感じながら里を歩いた。

 ぬかるみも、幼児のレイラには至高のエンタメなのだろう、バチャバチャと深く踏み入れて泥はねが服を汚し、ミナに怒られて涙目になっている。


 それをエリザは遠くから孫と娘を眺める老婆のような表情で見つめていた。


 役場に着き、扉を開ける。


「エド、来たぞ」

「お待ちしておりました。あれ?ミナとレイラも来たんですか?」


 扉を開けたエドワルドは暖かそうな緑色の綿の服を着ていた。


「うむ、レイラがついてくると聞かなくての」

「そういうことでしたら中へ」

「ごめんね、エドくん」

「いやいや、最近行けてなかったし良かったよ。レイラちゃんも元気みたいだし」

「うん、おかげさまで。エリザ様もレイラの子守してくれて助かってるんだ」

 うれしそうにエドに報告するミナを尻目に、エリザはそれを聞いて不思議そうな顔をした。

「拙は大したことはしとらんぞ?」

「そんなことないですっ!」

「そ、そうか・・・」

 ミナの勢いに気圧されるエリザベートなのだった。


 一行は話しながら役場の中に入った。初日の顔合わせで会った里長のルートヴィヒもいた。役場は中央のホールからいくつかの部屋につながっている。平屋建てだがそこそこの大きさだ。


「えどー!」

 とレイラはエドに抱きついた。

「ははっレイラ。元気にしてたかい?」

「うんっあのね、えりざがきてからね、たのしいの」

「そうかぁよかったねえ」

「うんっ」


 エリザは照れて頬をかいた。


「ではエリザ様、こちらへ」

「んむ?なんじゃ」

「私とエドワルドと、何人か貴方様を待っている方がいらっしゃいます」

「ふむ。わかったのじゃ」


 里長ルートヴィヒはエリザを一つの部屋へと案内した。無人のソファと大きな机、木製の椅子が複数置かれていた。来客応対のための部屋に見えた。エリザは一番座り心地の良さそうなソファに座った。


「机にお菓子がございますので、どうぞご自由に召し上がってください」

「気が利くのぅお主は。かたじけない」

「いまお茶をお持ちしますね。エドもすぐに参ります」

「あいわかった」


 ぼーっとしながらエリザが待っていると、ガチャッとドアが開き、一人の男性が入ってきた。

「なんじゃきさまは」

「ガッハッハ!!!!本当におるではないか!!!ヴァンパイアの生き残りが!!!」


 その声は馬鹿みたいに大きく、そのヒゲは濃く、その身長は小さい。


「お初にお目にかかる!ワシはドワーフ族代表、やじりのローレンじゃ」


 ドワーフ。

 廃城に来ることのなかった種族だ。


 警戒心をにじませながら、エリザはソファを立ち、やじりのローレンと名乗ったそのドワーフと対峙した。


せつ、はヴァンパイア族が末娘すえむすめ、エリザベートじゃ。何用なにようでここに?」

「おや、聞いておらぬのか!われら同盟ユニオンの記念すべき二回目の会合だというのに」

「ゆにおん?」

 と、そこで部屋にルートヴィヒとエド、そして三人の亜人あじんがいた。


「ローレン様、われわれの許可なく動かれるのは遺憾です」

 とルートヴィヒは苦言を呈した。

「スマンスマン!では、役者も揃ったことだ。始めよう!」

「・・・?」


 状況がつかめずに困惑するエリザベートを見ながら、エドは言った。


「ギガントとの戦争を終わらせます。今日はそのための・・・そうですね、作戦会議とでもいったところでしょうか」

「・・・拙は協力しないと申したよな。エド、貴様は嘘をついたのか?」

「違います。この里を取り巻く状況を知っておいてほしいのです。エリザ、あなたはわたしの大切な二人を守ってくれた恩人だ。だからこそ、この会議を聞いておいてほしい」


 と、そこであとからやってきた三人の亜人のうちのひとりが口を開いた。


「エリザ嬢、俺たちの話を聞いておいて損はないぜ。なぜならこれは、俺たち同盟の、エルフとギガントに対する反撃はんげき狼煙のろしだからな」


 するともうひとりは「そうだよ。弱小種族たちが束になって、最強の種族連合を打ち倒す、その可能性がはっきり見えるくらいの、強固な仕組みができたんだ。俺たちみたいな雑魚の軍事協力なんて、ぼんやり夢想したことはあっても、誰もやろうとなんてしなかった」と言った。


 最後の亜人は「うむ」とうなずいただけだった。


「・・・そういうことならば聞こう」

 とエリザは折れた。

「ありがとうございます!」

 とエドは喜び、彼女の手を握って上下にブンブン振った。

「ふぇっさっ・・・さわるなっ!」

 と言い、顔を真っ赤に染めながらエリザは手を振り払った。


 その様子を見た一同は、なんだかいいものを見たとでも言いたげに口角を上げながら、思い思いの席に着くのだった。

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