第3話 防衛戦
夜が深まり、草木も眠る
『敵が来たぞ!』
『杭を運べ』
『女子供は家にいるように伝えろ』
などとホビットの男たちが大声で叫んでいた。内容から察するに、どうやら
しかし、今はミナとレイラの身の安全が最優先である。自分が行かなくとも、あれだけの戦闘力を持つエドならば大丈夫だろう。そう考え、エリザは最前線に向かうのではなく、ここで二人を守ることに決めた。玄関の扉がきちんと閉まっているか確認し、強度も大まかに見定めた。
エリザがベッドに戻ると、ミナはすでに起床しており、こちらを不安そうに見つめていた。窓から差し込む月光と頼りなく揺れるロウソクの灯火が、部屋全体をうすぼんやりと照らしていた。
外の様子をエリザはミナに伝えた。すると、ミナは知っていることをエリザに共有し始めた。
「それはギガントですね」
「ギガント?」
「巨人族とも言います。長年、この森の
「強いのか?」
「身体能力では適いませんが、あまり組織的な動きを取らないので、彼らを打ち破るのはさして難しくありません。これまでも何回か撃退しています」
「ふむ。拙が前線に加勢する必要はあるか?」
「エリザさんも戦えるんですか?」
「それなりには戦えるぞ」
「前線ではエドくんが指揮を取っていると思うので、大丈夫だと思います。彼が里を率いてからは負けたことがないので」
「やはりか」
考えた通り、エドワルドは強いようだ。その後のやり取りから、あらためて家で待機することにした。すると、二人の話し声でレイラが目をこすりながら起きてくる。ミナはぐずる娘をあやし、いつでも外に出られるよう靴下と靴を履かせた。
エリザはまず玄関の扉が開かないよう細工をし始めた。小指から軽く出血させ己の血液を操作し、鍵の形状に添わせて固定化した。次に屋根裏の出入り口から屋根の上に上がって外の様子を観察し始めた。
前線の情報を得るため、家よりもさらに背の高い木に飛び移り、さらに目を凝らした。すぐ目の前に巨人族の
敵主力は南西部から迫ってきているが、
しかし北西部から別のギガント集団が柵と堀を乗り越え、こちらに迫ってきていた。それに気付いたエドワルドが、少数の兵をこちらに向かわせているが、ギガント集団のほうが早くホビットたちの集落に到達しそうである。
ミナ家の近所の男たちも装備を整えていたようで、敵兵に矢を射かける。
何名かに痛手を負わせるが、勢いを削ぐことはできなかった。
男たちは鉄の槍や良く研がれた農具などを手に取り、敵集団との乱戦へ身を投じていった。
エリザは家に戻り、簡潔に状況を説明し、ミナとレイラを屋根裏から避難させようとした。
次の瞬間、玄関ドアをぶち破り、ギガント兵が屋内に侵入してきた。
「いやあああああああああああああ!!!」
悲鳴を上げながらも、ミナはレイラとエリザを抱きしめ、兵に背を向けた状態で二人をかばった。
エリザは、レイラだけでなく自分も守ろうとするミナの
その体は恐怖に震えていたが、しかし身を
それはまぎれもなく、母親としての愛ゆえの行動だった。
その対象に自分も入っているということが、エリザには全く理解できなかった。
エリザは、こちらに大きな棍棒を叩きつけようとしている敵兵の
「もう大丈夫じゃ」
エリザは泣き叫ぶレイラをあやし、極度の緊張と恐怖で苦しそうに呼吸しているミナの背を撫でて
二人の様子が落ち着いてから、
ほとんどのギガント兵が、急いで救援にきたエドワルドと里の男たちによって討ち取られていた。生き残った敵兵は散り散りになって逃げていったようだ。
エリザは「勝ったようじゃの」とエドに声をかけた。
「あぁ、ミナとレイラを守ってくださったんですね。ありがとうございます。私だけでは守り切れませんでした」
とエドは深々と頭を下げた。
「よせ。大したことはしていない」
それに、とエリザは続けた。
「あやつらの目的は、
「さすがに、わかってしまいますか」
「動きを見ていればわかる。
「おそらく、
「すべてバレてしまったな」
「それはしかたがないことですよ。今夜の来襲をお伝えしていなかった、私の落ち度です」
「予測していたのか?」
「はい。日中はこの準備に追われていました」
「話が違うではないか。拙がここに来ることで、
「いえ、明日以降こういったことはほとんど起きなくなると思います。あなたが
「ならよいが・・・」
あらためて目の前のホビットを見る。廃城にいたときの英国貴族風の衣装のとは違い、なめし革の防具を身に付けている。
顔は土ぼこりで汚れ、額には汗が浮かんでいた。
さすがのエドワルドでも余裕とは行かなかったようだ。
なにか力になれることはないだろうか。争いの原因は自分にあるのだから、なにか埋め合わせをしなければいけないとエリザは思った。
「今回の犠牲者は?」
「死者はいませんが、ケガ人が何人かいます」
「治療している場所に案内してくれぬか」
「わかりました」
いったん家に戻り、ミナとレイラに状況を説明し、二人を休ませる。その後エドと共にケガ人のもとへ向かった。
集落の中央にある役場にケガ人たちが集められていた。心配そうに彼らを見つめる村人たちの間を通り、簡易的なベッドに寝かされた患者の様子を見る。
骨が折れてしまった者には添え木が付けられ、出血がひどい者は清潔な布で止血がされていた。
それぞれ適切な処置がされていたが、その中の一人は出血が多く、このままだと失血死は避けられない様子だった。
彼の横では家族たちが
エリザは患者に近づき、「見せてくれ」と言った。患者の傷に手を添え、目を閉じる。すると傷がみるみる塞がっていった。
その様子を周囲の村人たちは
「エリザさん、いまのは・・・?」
「体液と免疫の動きを操作し、回復を早めただけじゃ。まだ本人の体力が残っていたから助かったのじゃろうな」
ミナの家に戻ると、食卓に置かれたロウソクの明かりがぼんやりと部屋全体を照らしていた。ミナは椅子に座り、エリザの帰りを待っていた。
「おかえりなさい」
レイラはベットでおだやかに寝息を立てている。エリザはその様子に安心し、返事をした。
「ただいま、じゃ」
ミナはエリザをぎゅっと抱きしめた。
「無事でよかった・・・」
「・・・拙は強いといったじゃろう?」
「そうでしたね」
ふふっと笑ってミナは体を離した。
対して、エリザは暗い表情だった。
「すまぬ。今回のことは拙が原因じゃ。これからもこういったことが起きるじゃろう。じゃから・・・」
ぽすっという音とともに、暖かなふくらみがエリザの視界をおおった。
ミナに抱きしめられたと気付くのに、さほど時間はかからなかった。
そしてミナは静かに、ヴァンパイアの少女の頭をなでた。
もはや言葉はいらなかった。
一緒に暮らすという強い意思が、その抱擁から、あふれんばかりに感じられたからだ。
戦いに慣れたエリザの様子を見て、ミナは
だからエリザはこれまで一人で生きてきたし、これからもそうしていこうとしているのだと。
ミナは決意した。そんなことはさせない、と。
この小さなヴァンパイアの女の子がこれまで味わってきた絶望と苦しみを塗りつぶし、この子がおぼれそうになるほどの幸せと、おだやかな日々を与えてあげよう、と。
そうでなければならない。
報われてなくてはならない。
そうでなければ、生まれてきた意味がわからない。
ぺしぺし、とミナの腕を叩く小さな手の感触を感じた。
どうやら強く抱きしめすぎて、エリザの呼吸を止めてしまっていたようだ。
「くっ・・・くるしいぞ」
「あっ、ごめんなさい」
あわてて
それが一段落したあと、エリザは
「のぅ、ミナよ」
「なんですか?」
「ひとつだけ約束してくれんか?・・・拙を置いて、死なない、と」
「もちろんです!わたしもレイラも、絶対に死にませんから」
二人はゆびきりをして約束した。
子どもっぽいのぅと苦笑いしながら、でも悪くないな、とエリザは思った。
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