巨太陽

路地表

巨太陽

 目がやられる程の白さで、気が付いた。

「…太陽、大きくなっていないか?」



 私の住むアパートは、玄関扉を開けると、直線上に太陽が見える。出勤前の体には堪えるが、その眩しさのお陰で、強制的に目が覚める。


 ある日、いつもの様に寝ぼけ眼を擦りながら玄関扉を開けると、日頃の数倍の白さが私を襲った。目を細めて太陽を見ると、数ミリではあるが、明らかに太陽が大きく、白くなっていた。太陽が地球に近付いているのか、はたまた膨張しているのかは分からないが、明らかに大きくなっていた。初めて太陽拳を食らった悟空は、こんな気持ちだったのだろうか──そんな事を考えながら、出勤した。

 お昼を回って午後になっても、太陽の残影が目から消えない。視界にこびりついてしまっている。

「巨大な太陽…、略して巨太陽だな」

 そんなくだらない事を考えながら、その日を終えた。


 翌朝も、やはり太陽は大きく白かった。心無しか、昨日よりも大きくなっているように──いや、確実に大きくなっていた。既にいつもの二回り以上の大きさだったが、ニュースや新聞だけでは無く、ネット記事やSNSにすら、太陽の大きさについての記述を見つけることが出来なかった。そして、昨日と同様に、太陽の残影は一日中目にこびりついていた。


 そんな日々が一週間続いた。休日も関係無く、太陽は大きくなり続けていた。…それはそうだ、太陽に私の意思など関係ある筈が無い。彼らから見たら、私など蟻よりも遥かに小さな、取るに足らない存在だろう。

 現在、太陽は視界の四分の一を占める程の大きさに迫っていた。太陽はどんどん──地球に近付いて来ている。しかし、媒体を問わず、相変わらずニュースにはなっていない。残念ながら、私には友人が居らず、会社でも使えない社員として愛想を尽かされている為、相談できる相手はいなかった。しかし、誰とも話さずとも、人々を見ていれば分かる。この違和感に気が付いている者は、誰一人としていなかった。みな当たり前の様に、今日もスーツを着て、忙しなく働いているだけだ。誰も空なんか見ない。見る暇も無い。だから、誰も気が付かないのだ。

 相変わらず、太陽の残影はこびりついている。日常生活にも、多少の不便さが出てきた。それでも、今日も会社に行かねばならない。太陽の残影は辛いが、日々の業務に比べたら、幾分かマシなものだ。

 太陽から目を逸らし、出勤する。


 あくる日の朝、遂に太陽が空を覆い尽くす程にまで大きくなってしまった。──その時、ある違和感に気が付いた。なぜ、気温は変わらないままなんだ? 太陽がこんなにも近くにあったら、人間、いや生物が生きていける訳がない。


 …まあいいか、取り敢えずは会社に向かおう。


 電車に揺られている間も、視界の半分は太陽の残影で覆われている。ここまで来ると、流石に生きることに支障を来してくる。…どうにかならないものか。ただでさえ仕事が出来ないのに、こんな状態では、更に使えない社員になってしまう。太陽がこんなにも大きくなっているのに、まだ仕事のことを考えている自分に、嫌気が差した。


 会社に着き、受付嬢のお姉さんと顔を合わせる。すると、私と目が合った途端に、彼女が悲鳴を上げた。


「あの…、目が…、目が、白くなってますよ!」


 ああ、そうか。

 太陽が大きくなっていたんじゃなかった。


 私の目が、失明しただけだ。

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