第13話 正義(ジャスティス)のブラック

 未公開ダンジョンのおかげで、みるみるうちに同接が増えていく。

 凄い、これが、企業案件の力。


「――ブラックパンチ」


 ”一撃でメガトンベアーを倒すなw”

 ”ブラックつけたら何でもええもんちゃうぞw”

 ”全部が必殺技なんよもうw”

 ”新ダンジョンとはいえ、今のモンスターって相当強いよな?”

 ”Bクラスの探索者でも手こずるよ。それを一撃ブラック”


「あ、あの」

「どうした美琴」


 怯えた美琴の後に、風華さんが補足する。


「ブラック様、あまりにも私たちが添え物すぎます。このままではよくいるモブヒロイン、テレビで例えるならば、水着を着て隅っこにいる女の子と同じになります」

「なんか急に饒舌だな」


 とはいえ確かに俺が前に出すぎていた。

 俺はおんぶに抱っこにしているブラックということを肝に銘じなきゃいけない。


 それに、美琴は凄くカワイイ。

 彼女を差し置いて、黒い俺が画面を占領するなんて……配信者としてあるまじき行為だ。


 ブラック自重。


「では風華、美琴、頼む」

「頑張りましょう。御船さん!」

「そうね、風華さん!」


 ”女子の活躍も見たいぞブラック”

 ”その通りだ”

 ”しかし二人ともマジで可愛いな”

 ”風華ちゃんはわかるが、この子も相当綺麗だな”

 ”前回の放送見る限りでも、かなり強いよな?”


 すると、見たことのないモンスターが前から現れた。

 ヘビのようだが、見た目がつるつるしている。

 

 飴っぽい。


「先に私が!」

 

 すると美琴が前に出る。ヘビは長い尻尾で攻撃を仕掛ける。だが彼女は身体強化の能力を授かっている。

 攻守ともにバランスが良く、誰もが欲しがるものだ。


 自然治癒も高いので、長生きで風邪もひきづらく、生牡蛎に当たっても勝てるらしい。うらやまブラック。


「――任せて!」


 そしてスイッチ、次に風華さんが光の剣でヘビを叩き切る。

 バリンと音がして、飴玉のように分かれていく。


 二人は、嬉しそうにバトンタッチした。


「やった! 風華ちゃん!」

「えへへ、やったね」


 ”カワ(・∀・)イイ!!”

 ”何気にめちゃくちゃ凄いんだよな”

 ”ブラックも規格外だけど、この二人も相当”

 ”今の攻撃速度もヤバイ”


 コメントの通り、二人は凄い。

 そのとき、後ろから同じヘビが十体ほどやって来た。


 今の見せ場に追加モンスターは必要ない。


 ということで、俺が呪いを付与して倒しておこう。


 ふう、一安心。おっと、図らずしも映ってしまった。少し下がろう。


 ”後ろでえげつないことしてるw”

 ”ブラック様、見切れてますよw”

 ”添え物がメインになっとるw”

 ”今のパンチ俺でなきゃ見逃しちゃう”


 それから俺たちは、モンスターを倒し、グルメを楽しみ、時には視聴者のコメントにも返しつつ前に進んでいった。


 そしてついに、下層までの階段を見つけた。

 紹介動画なのでここまで行く必要もない。案件でも、安全の為、中層までで大丈夫と書かれていた。


 しかし――。


 ”もう下層か、すげえ”

 ”どうするブラック”

 ”見応えたっぷりだったから今度でもいいよ”

 ”ブラック様、無理しないで!”


 視聴者のコメントは、俺への気遣いで溢れている。


 美琴と風華さんに視線を向けると、二人は頷いていた。


 うむ、やはりわかっている。


「――行くぞお前たち。配信にはメインが必要だ」

「「はい!」」


 やっぱりそこはブラックとは言わないのか。


 ”さすがブラック様!”

 ”どんなモンスターが出るんだろう”

 ”もしかしていきなりボスとか?”

 ”そんなことあるのかな?”

 ”無理しないでブラック”

 ”美琴、風華コンビも肝が据わってる”


 長い階段を降りると、広い部屋に辿り着く。

 柱がいっぱい立っていた。


 これは――ボスだ。


 ダンジョンは基本的に入るたびに部屋が変わる。


 つまりこれは、当たりの部類だろう。


「ボスだ。敵に備えろ」


 次の瞬間、目の前に現れたのは、大きなウィンディーネだった。

 女性型の人魚姫、足がない。あるけど。


『我の眠気を妨げるものは誰じゃ』

「ブラックだ」


 ”即レスwwwwww”

 ”返事が早いww”

 ”うわー、人語タイプだ”

 ”そんなヤバイの?”

 ”喋るタイプはA+災害指定が多い”

 ”知能も高そう”

 ”これはさすがに逃げたほうがいいんじゃないか?”


『愚か者たちめ。食欲を満たし帰ればよかったものを』

「食事には、デザートが必要だからな」


 ”かっこブラック”

 ”相手怒ってるw”

 ”デカくない?”

 ”相当デカい”

 ”逃げたほうがよくないか?”


 そして俺は、ダンモンカードを取り出した。一旦元に戻しておいたミカエルを取り出し、その場に放つ。

 他にも色々いるが、配信の画面外で戦わせても無意味だろう。


「いけ、ミカエル! 君に決めたッ!」

「ミカミカッ!」


 ミカエルはふよふよと近づいて、ウィンディーネの頬に、やっぱりメガトンパンチを食わらせた。


 ”文言変えたほうがいいww”

 ”任〇堂に怒られるよwww”

 ”もうピ〇ピ〇なにょ”

 ”相変わらずごり押し脳筋で草w”

 ”なんで見た目が天使で肉弾戦なんだよ”

 ”おもろww”

 ”ブラック様の配信安心してみれるわ”

 ”いや、単体でも強すぎるんよw”


『貴様らあ! よくもよくもよくよくも!』

「美琴、風華、左右に散れ。部下は任せたぞ。本体は、俺とミカミカちゃんでやる」

「「了解」」


 ”いつのまにミカミカちゃん”

 ”全員にあだ名付けてそう”

 ”剛力ちゃんの間違いです”


 ウィンディーネは、すぐに小さな人魚たちを出現させた。

 そのどれもが高密度の魔力に覆われた槍を持っている。


 数はかなり多い。普通なら相当ビビるだろう。


 だが美琴も、風華さんも、真っ直ぐに前を向いていた。


 ”すげえ、マジかっけえ”

 ”この配信、すごすぎね?”

 ”美琴風華、頑張って!”


 よし俺も、とある能力を見せるか。


「実は調伏にはもう一つ効果がある。それを見せよう。――ミカ、お前は左に回れ」

「ミカミカ」


 ”何がはじまるっていうんです?”

 ”気になる”

 ”マジで動きヤバイ”


『この下等種族がッ!』


 俺は、ウィンディーネの尻尾をひょいと避ける。

 そして、右手に呪力を漲らせた。


 その瞬間、ミカもだ。


『ヌ、ヌオオオオオオオオ!?』


 全く同じ光が輝いて、左右から同時に頬を殴る。

 轟音が響いて、ウィンディーネがあっちょんぶりけ。


「使役した魔物の能力の一部を、使えるようになるんです」


 ミカは力が強い。つまり今俺は、剛力を追加呪術として扱える。


 そのまま着地、呪いを付与したが、カウントが1000だ。

 想像以上に強いらしい。


 一応、白文字にしたが、後から変更することもできる。


 しかし、コメントの読み上げが機能していない。


 ……もしかして壊れた? いや、やはり地味な術を披露したからか?


 もっと女の子を移せばよかったか。


 と思っていたら――。


 ”いやいや、ヤバすぎだろw”

 ”調伏するほど強くなるってこと!?”

 ”ブラック様の強さの理由がwww”

 ”止まらねえ!wwwwww” 

 ”能力の概念を根本から覆すw”

 ”え、もしかして今までの呪術って”

 ”全部、奪ったものってこと?”


「半分正解で、半分はまあ、秘密だ」


 全てを伝えると面白みがないだろう。

 ミステリアス、それが、ブラックの良さでもある。


 しかしウィンディーネは俺が想像しているもタフあった。


 そのまま攻撃を仕掛けて来たかと思えば、魔法を使って、大波を出してきた。


「美琴、風華、こっちへ来い」

「――はい!」

「今、行きます!」


 二人は人魚を足蹴りにして、俺の元へ。

 容赦ないな。ちょっとかわいそう。


『許さんぞ、人間どもめええええええええ』


 怒ったウィンディーネ、結構怖いな。


 そして俺たちは、6メートルの大波にさらわれた。


 ”これはやべええええええ”

 ”流石に息ができないぞ”

 ”こんなの誰が勝てるんだ”

 ”消えた……”

 ”大丈夫!?”

 

『ふふふ、ははははは! 何がブラックだ! ならば私はブルー、え?』

「天気予報は雨と書いていたが、意外にも小雨だったな」


 しかし、俺たちは無傷だった。


『な、なんだその黒い球体は』

「ブラックシールドだ。何人たりとも、俺に触れることは許されぬ」


 ”規格外ブラックwww”

 ”もはや災害レベルS”

 ”ウィンディーネが可哀そうになってきた”

 ”マジでやめてあげて”

 ”逃げて!(ウィンディーネ)”


『ならば最終奥義――』

「すまないな。配信は既に二時間を超えた。――フィナーレの時間だ」


 そして俺は、ブラックパンチをお見舞いした。


 カウントダウンが減っていくと共に、ゼロとなり――ポンッ。


『――ご主人様、よろちくネ!』


 ”可愛い人魚になったwwwwwwwwww”

 ”辛うじて残ってるのがウィンディー『ネ』wwwwwww”

 ”いやもう誰が勝てるんよw”

 ”こうしてまた、ダンモンに一匹が増えた”

 ”ダンモン図鑑の完成まで14/151匹”

 ”このゲーム主人公チートすぎませんか?”

 ”手駒増やせるのはマジやばくね?”

 ”ダンジョンボスを調伏すると崩壊するんじゃないの?”

 ”核まで破壊しない限りは大体残るはず。例外もある”

 ”お疲れブラックw”


「また会おう。ブラック」

「おやすみブラック!」

「さよならブラック!」


 そして、無事、配信は終了した。


   ◇


「それでは失礼する。コラボまたよろしく」

「ありがとうございました! その、楽しかったです」


 美琴はとてもいい笑顔だった。

 俺も楽しかった。そろそろ正体を明かしてもいいような気がする。


 ガッカリさせるのは申し訳ないが。


「ブラック様、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」


 するとその時、風華さんが、真剣な瞳で俺に訪ねて来た。


 なんだろう。収益の話かな?

 そういえばどうするんだろう。割合とか。


 クゥ、難しい話は困るブラック。


「――黒羽黒斗くんって知ってますか?」


 その瞬間、心臓が鼓動した。

 なぜ、どうして。いや、確かに以前、屋上でも聞かれた。


 ……もしかして俺が、同一人物だと思っているのか?


 ……なぜ、そんな知りたいのだ?


「わからないな。誰だその人は?」

「……凄く、ブラック様に似てるんです。勇敢なところが」


 俺が、勇敢?


「それ、私も思いました。いえ、そうじゃないの? ねえ、教えて――ブラックさん」


 するとなんと、美琴までもが。

 

 なぜだ? いやでも、言ったほうのかもしれない。

 今後一緒にやるとしてもそのほうがいいはずだ。


 とはいえ、本当に悲しませることになる。


 それでいいのか……。


 そのとき、緊急サイレンが鳴り響いた。

 

 これは、ダンジョンが各地に現れてから全国的に設置されたものだ。


 ほとんど鳴ることはない。いや、鳴って・・・はいけない。


 なぜなら、ダンジョンからモンスターが抜けだしたり、危険なときがあったときに響くものだ。


「――風華、配信を付けてくれ。情報は早い方がいい」

「は、はい」


 そして俺は、機転を利かせて再び配信を開始した。


 ”あれ、またついた?”

 ”どうしたの?”

 ”サイレンなってる”


「サイレンが聞こえた。何が起きたのか知ってる人はいるか?」


 こんな使い方をするのは間違っているが、どうしても気になった。

 すると――。


 ”渋谷ダンジョンが、崩壊したって”

 ”マジ?”

 ”みんな逃げてるらしい。ヤバイ”

 ”モンスターが溢れてるとか”

 ”探索者とかは?”

 ”今日、探索者の表彰式があるから、強い人はいないはず”

 ”やべえじゃん”


「渋谷……すぐ近くだ」


 そして俺は気づけば足が動いていた。


「ブラックさん!?」

「ブラック様!?」

 

 風華の時もそうだが、人の叫び声は苦手だ。

 心臓が痛む。


 制止を無視し、近くの公園まで急いだ後、一体のモンスターを見つけた。


 子供が逃げている。


 しかし追いついた風華が、俺に言う。


「ブラック様、ダメです。私がやります」

「……俺なら確実だ」

「探索者ランクがB以上でないと、資格が――」


 こういった事例は、過去にあった。

 その時、探索者が市民の助けに入ったのだが、能力に巻き込まれて死人が出た。

 それを鑑みて、人助けとはいえダンジョン以外で能力を使う場合、B級ランク以上の資格がないとダメだとダンジョン法で決まっている。


 処罰は重く、二度とダンジョンに入れないどころか、資格を取り上げられる。

 つまり、配信は不可能。

 

 俺の人気配信者の夢はついえるだろう。


「美琴さん、いこう」

「わかった。ブラックさん、私たちに任せてください」


 美琴もBランクを超えていたはず。

 だが――。


「――俺は、人気者になりたかった」


 


 俺は、誰かの役に立ちたかった。

 この力を、呪術を使って。


 それがいつしか、配信者に向いた。


 誰かを楽しませる為には、皆が笑顔でなきゃいけない。


 俺は人より地味だが、それでも戦える。


 ならその力を――正しく使うべきだ。


「ブラックは、誰の指図も受けない。たとえそれが、国であろうとも――」


 ”ブラック!?”

 ”ブラック様!?”

 ”今の説明じゃ、手をだしたら!?”


「きゃああっああ――」

「もう大丈夫だ。立てるか?」

「え、あ、あ」

「任せろ」


 そして俺は女の子を助けた。

 同時に目の前のオーガに呪いを付与した。カウントは5秒。俺の怒りが、呪力となっているのだろう。


 だがまだ悲鳴が続いている。急がないといけない。

 すると、俺の元に風華と美琴がやってきた。


「――手伝います、ブラックさん」

「私もです。もしこれで資格を失うことになるんだったら、私も」

「……後悔するなよ。――ならついて来い」


 その瞬間、カウントがゼロになったであろうオーガが倒れた。


 そして俺は、配信に顔を向ける。


「視聴者、力を貸してくれ。戦況を把握する為、SNSで情報を集めてほしい。――頼んだぞ」


 ”ブラック様……”

 ”みんな、ブラック様の力になるんだ”

 ”わかった”

 ”うおおおお、お前ら今こそ本気をだせ

 ”嘘だろ。ブラックの配信、これで終わりなのか”

 ”……ブラック様、渋谷の西口エリアに、魔物二体”

 ”お前ら、ブラックの覚悟に続け”

 ”SNS総動員しろ”

 ”東口にもいるって!”



 ”もしこれで最後なら、俺たちで出来ることをしよう”


 そのとき、同時接続者が過去最高の100万人を超えていた。



     ◇



 そしてブラックは、黒いコートを身にまといながら、渋谷の夜に消えていく。

 後にこの映像は、世界を揺るがす配信となる。


 これこそが、ブラックの本当の伝説のはじまりであった。

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