第二部 5

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 私は衝撃を受け、その衝撃が和らぐと頭を回転させ始めた。問題が発生した場合、その問題を解決するには、いくつかの段階を踏まなくてはならない。全ての段階において最も重要な段階が最初の段階だ。それほど難しくはないが多くの人々はその重要性に気が付いていないが故に、その最初の段階で立ち往生する。最初の段階とは、〈問題を解決しようと思う〉事である。私は問題を解決しようと思い、次の段階へ進んだ。〈問題が何かを知る〉である。問題は喪失による心理的ダメージだ。後はその問題を分析し、知恵を使って解決方法を考え、その方法を勇気を持って実行すればいい。では、順番通り問題の分析を開始しよう。

 私はエリの話から状況を整理した。今から遡ること数か月前、エリはある人物に出会った。もちろん男だ。しかも相当カネを持った男だ。おまけに飲食業界方面においてシグニフィカントなリソースを保持している。言わば、エリにうってつけの男だ。

男はエリのパスタ専門店を訪れ食事をし、味とサービスを気に入った。もちろん気に入ったのは味とサービスだけではない。エリを女性としてもすこぶる気に入った。

男はエリにオファーを提示した。これから数か月、彼の店で経験豊富で有能なシェフからトレーニングを受けた上で、新しく男が出資してオープンするイタリアンレストランで店長兼ヘッドシェフとして働いてみないか。そのオファーはエリにとって断ることが出来ないほど魅力的に思えた。彼女はオファーを受け入れ、男と親密になり男女の関係へと発展する。

 このような状況で仮に目的をエリを取り戻すことに絞った場合、考えられ得る選択肢の中で、最も困難だが、比較的確実と言える解決策は男の殺害である。仮に殺害するとしたら、一体どのような方法が考えられるだろうか。毒殺、ライフルによる狙撃、拳銃による狙撃、ナイフ、絞殺具、鈍器、近接格闘等による攻撃、爆弾。

毒は入手は比較的にしやすいが、毒を盛るとなると一緒に生活しているレベルに親しい間柄じゃないと結構難しそうだな。ライフルは入手困難だし、遠距離射撃スキルの面からもコンビニ店員には無理だ。ナイフ、絞殺具、鈍器、近接格闘となるとやはり専門的に訓練を受けていないコンビニ店員には無理。爆弾はホームセンターで買える材料で作れるが、作っている最中に間違って爆発してしまうかもしれない。危ない。となると、やはり、結局、拳銃しかない。法律で民間人の所持は禁じられているが、暴力団の抗争や襲撃ではよく使われるので、犯罪組織関係者に知り合いがいれば、比較的この国でも入手出来なくもない。

私は人脈が狭いので犯罪組織関係者に知り合いはいなかったが、昔、知り合いだった誰かが犯罪組織関係者になっている可能性がある。中学の時の仲間や知り合いなどの中で将来、犯罪組織関係者になっていそうな奴を洗い出し、SNSや卒業アルバムを駆使してコンタクトを取り、拳銃密売人を紹介して貰い、高性能で軽量コンパクトな9ミリ口径自動拳銃、例えばグロック19あたりを仮に入手したとしよう。その次に必要なのは具体的襲撃計画だ。

 真っ先に思いついたのは床屋だ。男の行きつけの床屋を探り出し、奴が無防備にシェービングされている最中におもむろに入店し、グロックで殺す。グロックには安全装置が実質無いに等しいので安全装置を外し忘れて弾が出ない系の失敗は絶対無い。ただ、トリガーが死ぬほど軽いので誤射リスクが高く、人によっては敬遠される場合も多い。安全重視で多少重くてもいいのであれば、グロックをパスし、ベレッタでもいい。床屋でなければ、歯医者でもいい。外食中でもいいし、サウナで寛いでいる最中でもいい。パチンコに熱中している最中でもいいし、マッサージされている最中でもいい。私は、ここ最近見たヤクザ映画とマフィア映画の襲撃シーンを走馬灯のように思い起こし夢を膨らませた。だがそんな夢みたいな襲撃シーンを思い描くのは勝手だが、実際に実行するには男の生活パターンや襲撃当日のスケジュールの把握など、相当の情報収集能力が要求される。こういった陰謀の運用には予めある程度の人数を集めたチームを編成しておく必要がある。

私はよく言えば一匹狼、普通に言えばひとりぼっちだったのでチームなど編成出来るはずもなかった。それに仕事もあるし、ヒマじゃない。忙しくて死にそうだ。死にそうなのに余計な仕事を押し付けられ、最近はすっかり首と肩がやられ、たまに腰も痛くなり、襲撃どころではない。マッサージでも行ってみるか――私はふと思いついた。


 サイトウはマッサージに行きたくなった時、どうせなら女性スタッフにマッサージして貰いたいと思った。しかもなるべくなら若くて美しい女性がいいし、店舗のインテリアもなるべくなら、タイのリゾートホテルを彷彿とさせるようなラグジュアリアスな感じがいいし、バカンスに海外旅行する金持ち気分を安価に味わいたいと思った。彼は彼の身勝手な要望を満たすリラクゼーションサロンをネットで簡単に見つけた。しかも近所だった。歩いて十分だった。わざわざジェット機で東南アジアまで行かなくても歩いて十分で、似たような感覚を味わえる。しかも、ネットの写真では若く美しい女性たちがセラピストとして紹介されていた。彼は心をときめかせつつ予約方法を確認し、予約を実行した。すっかり楽しみになったサイトウの頭の中では既に襲撃計画は雲散霧消していた。絶望はかすかな希望へと変質しつつあった。

 予約当日の金曜日の朝、仕事を終えたサイトウは帰宅し、食事をとった後就寝。目覚まし時計で午後一時に起きようと思っていたが、楽しみ過ぎて四十五分早く起き、目覚まし時計のアラーム設定を解除し、歯磨きしてから、銭湯に行って入浴し、サウナに入ってから、スーパーで新しい下着と夕食用のステーキ肉を購入してから帰宅。予約時間まではまだ二時間ほど余裕があったので軽く薄いカナディアンクラブの水割りを飲みながらレディ・ガガを歌いながら時間を潰してから、新しい下着に着替えてから出発、リラクゼーションサロンには予約時間十分前に到着した。

 少し緊張しながら玄関に入ると、形の良い鼻と真面目そうな目をした魅力的な女性が奥からおもむろに現れた。

「四時に予約していた、サイトウと申しますが」

「ハイ、お待ちしておりました」彼女は落ち着いた様子で応じた。

 彼女はまず、アンケート用紙とペンをサイトウに渡し、記入をお願いした。記入内容は個人情報、健康状態、施術方法についての好み等で、二枚目には施術内容における注意、迷惑行為に対する警告などが書いてあり、多少、サイトウを脅かした。要するに大人しくして余計な質問や要求をしなければ悪いようにはしないってことだな。彼は内容をそのように解釈し、理解した。

時間になると、例の彼女が現れ、アンケートを受け取り、ロビーから個室にサイトウを案内した。個室はロビーより暗く、素敵な香りがし、優しいメロディがかすかな音量で流れていた。彼女はサイトウに用意されたスエット上下に着替えるように指示し、一旦立ち去った。彼は着替え、施術台にうつ伏せに横たわり、彼女の再来を待った。彼女は再来し、施術が始まった。

 施術の最中サイトウは優しいメロディを聴きながら知ってる曲があるかどうか確認していた。唯一、判別出来たのは≪アラジン≫のテーマ≪A Whole New World≫だけだった。

サイトウはインディスクライバブル・フィーリングを感じながら彼女の丁寧で力強いマッサージを堪能した。彼は癒され、満足し、解放され、期待に胸を膨らませていた。これからもここに通い続け魅力的な彼女ともっと親しくなりたいと思った。

また、来週も来よう。その時は、彼女を指名してもいいかもしれない。彼は輝かしい気分でリーズナブルな料金を支払い、店を出た。梅雨は明け、空はダイヤモンドのように晴れ渡っていた。


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