sushi

@hineyuri

第1話

 マイクを持ったレポーターが白髪交じりの少し年をとった男に話を聞く。

 「あの子は凄い子でなぁ。母親は幼いころにギャングに襲われて亡くなっていて、父親はそれに心を病んで自殺してしまって。だからあの子は祖母に育てられていたんだよなぁ。なのにめげずにいて…」

 場面は切り替わり、レポーターは警察の制服を着た中年の男に話を聞いていた。

 「あの子は幼いころから大変だったから当然荒れていてな。よくこっちでも世話をしたものだ。けどあの子は…」

~~~~


 ガンガンとなる頭の痛みを無視し、ふらつく片足を立て、手を地面につける。

 その片足と手を起点にもう片足も立て、体を完全に起こす。

 脳にかかる靄を振り払うために頭を左右に振る。

 「ハンス~?もう帰るのか?」後ろから声がかかる。

 「あぁ。」少し肌寒くなってきたから家で温まりたくなったからだ。

 「またな。」

 その声の答えとして俺は右手をひらひらと揺らし、溜まり場になっているその森から出る。

 家への道をふらつきつつ歩いていると人にぶつかってしまった。

 「おっと、すまない。考え事をしていて…ってなんだお前。」

 ぶつかっておきながらイチャモンをつけるのかと頭に血が上り、「なんだってなんだよ」と言い返す。

 「あぁ、すまない。君があまりにも痩せているし顔色が悪いもんだからな…そうだ!さっきぶつかったお詫びも含めてまだ開店前だが今からうちに食べに来るか?」

 顔色が悪いのは昨日の夜からこんな時間までドラッグをやっていたからなのだが。

 「ただで飯がもらえるって言うのなら貰っておく。」

 「それならついてこい。」

 俺はその男に着いて行った。

 「ここだ。」

 その男が案内してくれた店はこの町の中で話題になっていた、最近開店したばかりのsushi屋だった。

 大きな庭園付きの建物に入れと促され入る。

 「でけぇ。」

 「俺の店なんだぜ。いいだろ。」

 言葉を発さずに首を縦に振る。

 それから、数部屋あるうちの一つに俺を通してくれた。

 少ししてからあの男がsushiを持ってきた。

 「これが本物の寿司だ。食え。」

 差し出された皿を受け取り、sushiを口に入れる。

 瞬時に米が口の中で崩れ、生の魚の旨味と米の味と付けられていた調味料の味が見事に合わさって、今まで食べたどんな食べ物よりも美味かった。

 「美味いやろ。」男が誇った顔をしながら聞いてくる。

 「うん。ほんとに美味い。だけど、ほんとにお金は払わなくてもいいんだよな?俺は払えと言われても払えないからな?」

 「さてはお前金欠だな?」

 「まぁ、親もいねぇしな。」

 男は「そうかぁ。」と言い、「なら、従業員もまだ少ないし、うちで働くか?」等と言ってきた。

 「どうだ?お前がさっき食ったようなやつも作れるようにしてやるぞ?」

 あの最高の味が俺も作れるようになる?

 「わかった。あんたのところで働くよ。」

 「よろしく。コージだ。」男、いや、コージさんが手を差し伸べてくる。

 俺はその手をガシッと掴む。

 「よろしく。俺の名前は…」

 

 働き始めてからはとても早かった。

 一緒に暮らしている婆ちゃんといいものを食べられるようになった。

 今まですることのない暇な時間はハイになるか、寝るかだったのだけど、今では寿司についての知識を詰め込むことに必死になっている。

 高校でも俺があのsushi屋で働いているということが話題になり、居心地も少し良くなり、今まで以上に高校生活を楽しめていた。

 働いている周りの人の母国語が日本語ばかりだから日本語もかなり習得できたと思う。

 仕事では二年たってもまだお客さんに寿司を出させてもらえないのは少し悔しいけど、コージさんは昔ながらの見て真似ぶ方式らしいから仕方ない。

 俺には仕事だけじゃなく、彼女もできた。

 彼女は日本人で、この店の従業員として働いていたところを俺が一目ぼれして猛アタックした。

 一緒にいるときに見せてくれる白い歯のぞかせる笑顔や知性的な一面や顔も体も愛していた。

 俺は人前でいちゃつくのは好きじゃないから交際を公言しなかった。だけど、それが良くなかったのか。

 充実した何の変哲もないある日、いきなり彼女から話がある。とメッセージが飛んできた。

 彼女がこっちまで来るというから外に出て待っていた。

 彼女はダウンジャケットを着こんで歩いてきた。

 ハグができる位置にまで彼女が来る。

 「私と別れてほしいの」

 いきなりの言葉にのどが急速に乾き、唾を飲み込む。その音が自分の中でやけに大きく聞こえる。

 「なんで?」やっと絞り出したのはそんな言葉だった。

 「あなたは子供すぎるの。」

 「年齢は君と三歳しか変わらないよ。」

 「好きな人が他にいるの。」

 今どんな言葉を発しても彼女が離れて行ってしまうような感覚に襲われ、何も言えないでいると彼女がまた口を開いた。

 「その人はあなたとは違って仕事もできて、私と話も合うの。」

 その言葉で、もうその人とはデキていて、俺の入る隙は無いのだ。と確信させられた。

 「そっか。わかった。」なるべく明るく振舞おうとしたが、言葉尻が小さくなってしまった。

 「うん。ごめんね。」心底申し訳なさそうに言うが、俺との別れが次の人へ繋がるからだろうか声がいつもより高くなっていた。

 彼女は俺に背を向け、軽快に次の場所へ向かって行った。

 それから落ち込むことをバカバカしいと考え、一層仕事に取り組むようになった。

 働いていると彼女の姿が目に入るが、それすら一切気にならないほどがむしゃらに働いた。

 「僕、そろそろ結婚を考えているんです。」厨房で残って仕事をしていると庭園の方から日本語で話している声が聞こえてきた。

 「まじか。おめでとう。相手は***だっけ?」

 「そうです!結婚式にはコージさんを呼びますからね!」

 そうか。あいつ結婚するのか。

 …よかったな。

 彼女を見返そうと頑張って見返そうとしていたけど、それも無駄になったな。

 同じ日本人と結婚するのか。

 それは勝てないよな。

 コージさんはそっちを応援してたのか…

 仕事を終わらせて家で音楽を聴きながらSNSをボーっと見ていた。

 ふと働いているお店のSNSが目に入った。

 店がSNSをやっているのも初めて知ったし、初めて見た。

SNSではお寿司の作り方を懇切丁寧に説明していた。



 そこで俺の何かが切れた音がした。



 俺には見て真似ぶ方式だったのにSNSでは懇切丁寧に教えているのか。

 彼女との関係を阻害もされていたんだ。

 この状況にシラフではいられなかった。

 酒を飲み、透明のカプセルをスマホの角で砕き、鼻から吸った。

 頭が怒りに飲み込まれていく。

 そうだ、応援していたとコージさんは言っていた。

俺は最初からずっと裏切られていたのか。

 俺の寿司をお客さんに出させる気は最初からなかったんだろう。

 コージさんに助けられたと勝手に思っていたが、コージさんは助けるどころか利用する気でいたのか。

 酔った頭の中には裏切られたという思いしかなかった。

 人を裏切る人間は許せない。

 けど、俺が幸せになるしかないよな。

 俺は幸せにどうしたらなれるのかを必死に考えた。

 長い間頭を働かせ、幸せについて自ら定義までした。

 俺は覚悟を決め、自ら幸せをつかむために足を一歩玄関の外に踏み出した。



























 大笑いしながらスマホと調理用ナイフを掲げて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

sushi @hineyuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ